第58話
事後報告、として葛原さんを誘ったことをみんなにメールした。
みんな正直驚いたようだけど、それでも「了解」って返事だった。
しかし、当の葛原さんからは、芳しい返事はないまま数日が過ぎた。
そして明日からテストだという日に、突然OKの返事がもらえた。
葛原さんは、自宅にその絵本があるから、それで練習していくってことだった。
伍代君から渡された、予防接種の有無の紙を渡しながら、未接種なら今回の参加はもしかするとだめかもしれないと、葛原さんに伝えた。
葛原さんはそれをざっと見ると、「多分、大丈夫」でも確認する、と言ってくれた。
そして私は、テストが終わった日に小学校で上演することを伝え、当日はテストが終わり次第部室に来てくれるよう、頼んだ。
「いいものができたから、渡したい」と、生島からメールがきたのは、迷惑にもそのテスト最終日の朝の六時だった。
そういえば、以前生島は、料理(だっけ?)に凝っていて、上手くできたら私にくれるとか言っていたっけ。
「今日渡したい」なんて言ってきたので、朝、駅で待ち合わせをして受け取ることにした。
まったく。
「伍代、発熱。早退」
「……そっか。今日は、手話は、なしだね」
テストが終わり、部室へ向かう廊下で会った四条君に、伍代君が体調を崩したことを聞いた。
「ねぇ、大丈夫?」
一緒にいた岡村さんに、聞かれる。
今日は、伍代君と四条君と私と葛原さんの四人で、ミチカの小学校に行く予定だった。
伍代君が抜けてしまうのは、正直痛い。
「やるしかないし」
自分に言い聞かせるように言う。
そこに、葛原さんが来た。
岡村さんはいち早くそれに気がつき、「今日はよろしくね」と彼女の肩をぽんと叩くと、「じゃあ、頑張ってね」と去っていった。
「岡村さんは、来ないの?」
葛原さんに訊かれる。
「うん。ナレーション撮りがあるとか、なんとか」
葛原さんは、ふーんと言った。
「今からさ、部室で通しで練習したいんだ。で、あっちでのスケジュールの確認もしようと」
葛原さんに、「子どもは大丈夫?」と訊くと、「普通」と返された。
とはいえ、やっぱり葛原さんを誘って、大正解だった。
岡村さんが読む「八郎」もいいけど、葛原さんのはもっとよかった。
「いいね、故郷の言葉って」
「八郎」の余韻にひたりながら言う。
「そうかな。自分の家では普通だと思っていた言葉やイントネーションが違う時、いやになるけど」
「ふーん。そんなもんなんだ」
へぇ、と言ったところで、お腹がなった。
「昼にしようか」と四条君が言ったので、私は生島に渡された自信作とやらが入った紙袋を覗いた。
もしこれでお昼が済ませそうなら、買う必要はないし。
……。
「あら。ねぇ、どうしたの、三矢さん」
袋を覗いたまま動けなくなった私に、葛原さんが声をかけてきた。
「ど、どうもしない。大丈夫」
急いで袋を閉じる。
本当は、もう、どうかしちゃっているし、大丈夫でもありません。
心臓が、バクバクいってます。
結局みんな、お昼の用意はしていなかったので、売店に行ったのだが。
私は、我が友の感覚が、さっぱりわからなくなっていた。
生島がくれた紙袋に入っていた「いいもの」とは、ビニール袋入りの「血」(当然偽物)だったのだ。
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