第56話

 着いた先は公園だった。

 緑が多くて、気持ちいい。


 公園に着くなり双葉は振り向き、「どういうつもり」と詰め寄って来た。


「え、なにが」


 つもりもなにも、最近あんたとの交流は何もないし。

 最後に双葉と話したのは、うちの近所の図書館だ。

 あの時のことを思い出すと、答えは一つしかない。


「あ、ごめん。知らなかったんだもん」

「……知らなかった?」

「そりゃ、知らないよ。そんなこと言ったら、四条君に妹が二人いるっていうのも、最近知ったくらいだし」


 幼稚園や小学校で、小さな子とのやりとりが上手かったので、そのことを言ったらそう教えてくれたのだ。


「あ。それにね、私、伍代君と岡村さんが兄妹っていうのも、聞いてなかったし」


 もっと早くに教えてくれてもいいのにさ、とぶうたれる。


「そうそう、伍代君の『夢』の話も、国府田君のお母さんが看護師さんだってことも、全部全部、何も知らなかったんだから」


 勢いよく話す私に、逆に双葉の方がたじたじとなった。


「だから、知らなかったの。国府田君にお兄さんが二人もいて、既に結婚もしてて、つまり国府田君には、お姉さんっていうか義理のお姉さんがとっくに二人もいるってことを」


 出過ぎた真似をして、あいすみませんでしたね、と言う。

 でもそんなことくらいで、こんなわざわざ、スパイごっこなんてしなくても、いいんじゃないかって思う。


「そのことじゃないけど」

 双葉がぼそりと言う。

「え? そのことじゃない? 違うの?」

 他に、何があっただろう。


「あ、ちょっと、待って。もう一個思い出した。あの地図なによ。岡村さんの家に行く地図。みんなに大笑いされたわ」

 このことも、文句を言わないと。

「あんたにわかる? 四条君に癒しの眼差しで『ドンマイ』と言われた気持ちが。『ドンマイ』よ。しかも、二度も。まぁ、二度目は、それは違うことに関してだけど……って、両方あんた絡みだわ! もう、自分が情けないったらないわ」

「……もしかして、三矢さん。あれだけを頼りにして、行ったの?」

 自分で調べ直さないで? と、意外な顔つきで双葉が言う。

「そうだよ。国府田君が教えてくれたのに、そんなことするわけないじゃない」

「……信じたってこと?」

「当たり前でしょ」

 なにを寝ぼけたこと言っているんだ、この男は。

「それは。……ありがとう」

「はぁ?」


 なにが、ありがとうだ。

 こっちは、文句を言っているんだっていうの。

 さっぱりわからん。


「で、国府田君は、私に何が言いたくて、ここまで連れて来たのよ」

 ほら、言ってみそ、ってな感じで聞く。

「葛原さんのことだよ」

「葛原さん?」

「誘ったでしょ。彼女を」

「……あぁ、うん! 誘ったよ! だって、あの人、めっけんもんだよ。秋田弁の人なんだから」


 秋田弁? と双葉が、眉をひそめる。

 そこで私は「八郎」の絵本朗読の話と、秋田弁の関係について話した。


「だからって、なにも」

「なんで? 秋田弁で読んでもらったほうが、いいじゃない」

「いや、そーいうことじゃなくて」

「じゃあ、どーいうことよ」

「だから、意味ないだろ、そんなことしたら」

「何の意味よ」

「だぁかぁらぁ。俺が、抜けた意味だよ。なんのために、サークルを抜けたと思ってんだよっ」

「あれ。『俺』だって。ぷぷぷ」

「うるさいな」

「戻ってくればいいじゃない」

「戻れるかって、言っただろ」

「それがね、やっぱりおかしいのよ」

「……どーいう意味だよ」

「うん。あのさ、なんで、あんたの犠牲の上で、私たちが活動をしなきゃならないのよ」


 双葉が、黙る。


「あの三人、なんだかんだいって、優しいんだよね。言いたいことあるだろうに、国府田君には言わないで、受け止めている」

「なにをだよ」

「国府田君はさ、国府田君がしていること、それを伍代君たちが喜んでいると思う? 嬉しいと思う? 感謝していると思う?」

「仕方ないだろ」

「私も、そこらへんどう考えていいかわからなくて、答えが出なくてもやもやしてたけど。きっとそれは、仕方なくなんかないことなんだって、段々わかってきた」


 私は大きく息を吸った。

 

「あのね、国府田君は信じてないんだよ。みんなを」 


 そう、双葉に言った。


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