第55話

次の幼稚園の時には、私はビデオを持参し、岡村さんの演じる様子をばっちり撮った。


 これで、練習ができる。


 幼稚園での、紙芝居上演も好評だった。

 園長先生からは、「この物語は、どなたが作ったの?」と聞かれ、岡村さんが私を紹介しながら説明すると、「それは、それは」と褒められた。


 幼稚園では、紙芝居と絵本だけじゃなく、四条君の紙飛行機講座も開かれ、大好評だった。

 紙飛行機には、よく飛ぶ折り方といったものがあるようで、それを四条君は子どもたちに教えたのだ。


 教室で作った紙飛行機を、園庭で飛ばした。

 子どもたちの笑い声も、紙飛行機と一緒に、空にとけていきそうだと思った。




 幼稚園に行ったあとで、小学校に行くと、ピヨピヨの一年生といえども大きく見えた。

 小学校で私は、その日に読む二冊の絵本のうちの一冊を、担当した。

 岡村さんの朗読の研究をした成果が、少しは出ていたと思いたいけど……。

 まぁ、ともかく。

 仮に、少しは出ていたとしても、でもまだ朗読修行中の身だった。

 その岡村さんはというと、やっぱり「八郎」が読みたいと、ぎりぎりまで秋田弁を話せる人を探していたがなかなか上手くいかず、今回もまたこの物語は保留となった。





 病院でも幼稚園でも小学校でも、既存の絵本と同じように、私がアレンジしたほら話も受け入れられた。

 そのことは、私に少しの自信をくれた。

 自分がしていることを、肯定してもらえるように思えたから。

 好きで書いているんだから、ホントのことを言うと、肯定も否定も関係ない。

 否定されても、書かずにはいられないんだから。

 でも、それでも。

 受け入れてもらえるのは、感想を貰えるのは、嬉しいものなのだ。

 ここらへんが、私の物書きとしての悲しい性なんだなぁ。



「うらやましいと思うよ」

「三矢さんは産みだすことができるでしょ、物語を」

 今更ながら、あの時の双葉の言葉は、とてもありがたいものだったと思った。

 なのに。

 ちゃんとお礼、言えてないな。

 

 双葉は、もうこのサークルには、戻って来ないつもりなんだろうか……。

 






 ミチカの小学校での上演に向けて、私と伍代君で、紙芝居と絵本の朗読と手話の練習をした。

 四条君や岡村さんの前で、ダメ出しをされながら、何度も練習をした。

 絵本はともかく、紙芝居はどうしても語りよりも紙の扱いに気がいってしまい、頭でイメージしたようには、なかなか上手くいかなかった。


「三矢さんって、同時に二つのことができないとか?」

 なんて愛の言葉を、岡村さんにちくちく言われながら、ともかく練習をした。

 ―― するしかなかった。

 そうこうしているうちに、テスト一週間前になった。




「ありがとう」

 四条君から、「八郎」を借りた。

 ふと、もう一度読みたくなったのだ。

 

 絵本を持ち、クラスに戻ろうと振り向いた時、葛原さんとぶつかりそうになった。


「あ」

 お互い、同じ声をあげ、そしてそのまま立ち止ってしまった。


 サークルを抜けた双葉は、葛原さんと一緒に帰っていると聞いた。

 双葉のことが好きな葛原さんにとっては、素敵な展開といえるのだろう。

 双葉も、葛原さんのことが好きならいいのになぁと思った。

 そうでも思わないと、サークルの安泰のために双葉を犠牲にした気持ちになるから。


 そっか。

 

 腕の中にある絵本が、急に重く感じられた。

 ……あぁ、そういうことだ。


 私や岡村さんが、「八郎」に惹かれる理由。

 そして四条君が、あの場にこの絵本を持ってきた理由。




「それ、『八郎』?」

「え、知ってる?」

 葛原さんは頷くと、「うちの母親の実家、秋田だから」と言った。


 がしりと葛原さんの腕を掴む。


「お母さん、秋田弁話せる?」

「え? まぁ」

「声。録音させて」

「はぁ?」

「これ、読みたいの。でも、秋田弁だから読めなくて」

「意味がわからないってこと?」

「じゃなくて、朗読したいの。でも、イントネーションとか」

 すると葛原さんは、あぁ、と納得したようで、私の腕からするりと絵本を取ると、ページを開き、するすると読み始めた。


 葛原さんは、「八郎」を読める人だった。

 衝撃で、頭の回線がぶっとんだ。

「葛原さん!」

 私の大声に、なによと顔をしかめる。

「サークル、入って」

「……なに言って」

「ダメなら、一日だけでもいいから、お願い! この本を読んで」

 お願いします、と私は頭を下げた。





 帰りの電車の中で単語帳を捲っていたら、久しぶりに双葉からメールがきた。

 ようやく、私に相談ごとか、と思ったら「次の駅で降りて」なんて、スパイ指令のような内容だ。

 次の駅って、降りたことないんですけどって思いながらきょろきょろすると、隣の車両からこっちを見て立つ、双葉の姿が見えた。




 双葉は電車から降りると、こっちを見ることなく、すたすたと改札に向かい歩いた。

 流れとして、ついて行くんだろうなぁと思い、その後をついていく。

 私と双葉の間は、ゆうに三メートルは、離れていた。

 改札を出たところで、双葉が道路に向かい立っていた。

 しかたないので、その横に立つ。


 すると、双葉は、また無言で歩き出したので、仕方なくそのあとを歩く。

 なんなの、これ。

 あまりにも双葉がこっちを無視しているので、段々とあとをついて行くのもアホらしくなってきた。

 なんだかなぁ、と思って立ち止ると、後ろにカメラでもついているのか双葉が、「もう少しだから」と言ってきた。


 だから、仕方なく歩いた。

 仕方なく。



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