第54話
ロビーには、時間前だというのに、大勢の子どもたちと家族の人達が既に座っていた。
「人、多いねぇ」と伍代君に言うと、「三矢さんって、意地悪だな」双葉の言うとおり、と伍代君がぼやいた。
ロビーから少し離れた、廊下の隅にある小さなベンチに一旦荷物を置き、上演時に必要な持ち物と手順の確認をした。
二人の荷物は、私と四条君のそれぞれが持ち、岡村さんと伍代君は、紙芝居と絵本を持った。
「じゃあ、行きましょう!」
はつらつとした岡村さんの声に、みなで大きく頷く。
すると、「ちょっと待って」と伍代君は言いだすと、右手をぱっと出した。
そして、「これをやってみたかったんだ」と、照れたように言った。
岡村さんが、伍代君の手の上に手を重ねる。
その上に四条君、そして私。
「……ええと。あれ、なんて言おうかな」
伍代君の発言に、みなでずっこける。
そんな伍代君の横で岡村さんが、「もう、夢はぁ」と笑うと、私達に掛け声の指示をしてきた。
仕切り直しだ。
伍代君が少し緊張した顔で、深呼吸をする。
こっちは、もう、言う気満々ですよ!
「ハネグーン!」と、伍代君が言う。
そして四人で呼吸を合わせ、「GO!」と大声で言った。
―― 双葉の分まで。
伍代君の手話と岡村さんの語りは、練習の時よりも息があっていた。
二人にとって、病院で上演することが、特別なことなのだと伝わって来る、気迫があった。
最初は、紙芝居だった。
「北風と太陽と雲」の題名で、まずうけた。
「『北風と太陽』でしょ」
「そうだよ、雲なんて、出てこないよぉ」
子どもたちが笑う。
しかし岡村さんが読み始めると、子どもたちは途端に物語に集中した。
紙芝居は、場面が変わる時に、台詞を前のページから次ページへと引きとって、繋げていくことが多い。
紙を早く引いたり、ゆっくり引いたりといった演出も、その場面により、台詞により変わってくる。
その引き方が、話をためて次の場面へと繋ぐ演出が、岡村さんは最高に上手い。
それは、私がお話会をする上でも、勉強にしたいことだった。
羨ましくも、尊敬もするけれど、どこかで同じ年なのに自分よりも明らかに優れた人を見ることに、辛いと感じる気持ちもあった。
でも、だからこそ、見なくちゃいけないし、逆に学べるチャンスなのだと、気持ちを切り替えた。
ミチカの学校での上演。
私は岡村さんの代役だった双葉の代役で、紙芝居を読むことになったから。
ビデオを持ってくるべきだった、と悟ったのは、岡村さんが二冊目の本を読み終わる頃だ。
でも、もし今日持ってきたとしても、撮れなかったかもしれない。
それくらい、こっちも入ってしまった。
拍手があがった。
伍代君と、岡村さんがお客さんの前で、頭を下げた。
あの小さな女の子も、嬉しそうな顔をしている。
側にいるのは、お兄ちゃんだろうか。
しっかりとした男の子が、女の子の肩からずり落ちたカーディガンを直していた。
伍代君と、岡村さんは一度顔を上げたかと思うと、私と四条君の名を大きな声で呼んできた。
茫然としてしまった私の背中を、四条君がぽんとたたく。
私と四条君は、顔をこっちに向けてくれているお客さんに向かい、深々と頭を下げた。
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