第53話

「あぁ! カエル君だ!」

 子どもたちの中にいた一人の女の子が、伍代君の顔を見るなりそう叫ぶと、嬉しそうに笑った。

 小さくて細い体から出たとは思えないような大きな声に、ぐっときた。


「ふふ。カエル君だよ。今日はね、カエル君とお姉ちゃんで、紙芝居をするからね」

 岡村さんの言葉に、その子はまた嬉しそうな声をあげた。


「ねぇ、カエル君って?」

 伍代君に聞いてはみたものの、伍代君は顔を赤くしただけで、教えてはくれなかった。

 想定内、ですがね。


 その足で、ナースステーションに挨拶に行った。

 するとそこで、カエル君の謎が解けた。

 かわいいカエルのキャラクターの切り抜きや、「カエル通信」なるプリントが壁に貼ってあったからだ。

 おまけに、「紙芝居が来るよ!」とカエル君が、私達の活動の宣伝をしているポスターまであったのだ。

 そういえば、伍代君が宣伝ポスターがどうのって言っていたけど、これだったのね。

 そこに描かれているのは、美少女ではなくカエルだけど、これが伍代君のオリジナルの絵なのだ。


 とってもかわいい。


「見ちゃった」

 絵を見せてくれると言ったのに(半ば強制したともいえるが)、未だ見せてくれていなかった伍代君に向かい言う。

「……容赦ないし」

 伍代君が、しかめっ面をしてきたので、「今度は、美少女を見せてね」と言ったら、「絶対に、嫌だ」と言われた。

 けち。


「ふふ。夢ね、こーいう形で、ここに入院している子たちと関わっているのよ」

 岡村さんが、そっと私に教えてくれた。

 伍代君は、えらく迫力ある美人のベテラン看護師さんに挨拶をしている。


「夢が物語に拘るのも、あそこに寄せれたお手紙を読んでからなの」

 岡村さんに言われるままに、「カエル通信」を見ると、「カエル君へのリクエストコーナー」があった。

 お便りは、ナースステーションに集められ、それが伍代君にまとめて渡されるらしい。

 その手紙の中に、「本はもう全部読んでしまったので、誰も読んだことがない物語が読みたいです」というものが、あったらしい。

 自分も双葉に物語をねだった経験のある伍代君にとって、その言葉は響き、翌号の通信でその約束をしたそうだ。

 幸いその子は、病気が快復し、それからすぐに退院したそうだ。

 けれど、そういった思いはなにもその子だけのものじゃないと思った伍代君は、その約束を守るべく、このサークルの立ち上げを考えだしたそうだ。


 人見知りなのに。

 すっごく。


 ベテラン看護師さんは、伍代君と一緒に私達の前に来ると、「今日は、よろしくお願いします」と言ってくれた。

 そして、「ようやくここまで出来たというのに、双葉が迷惑をかけてごめんなさいね」と。


 ん?

 双葉?

 むむ?


「あの子、またどうせ馬鹿なことをしたんでしょ。家でもね、機嫌は悪いし、こっちが話しかけても不貞腐れた答えしか返ってこないし。外にも出ないし、家にこもって勉強ばっかりしているわよ」


 ど、どーいうこと? と思いながら、看護師さんのネームプレートを見ると、「国府田」の名があった。

 お、お母さん?


「まぁ、親としては勉強してくれるのは、ありがたいけど」


 親!

 看護師さん、「国府田ママ」と決定。


「ほんと、あの子って勉強が気晴らしだから」


 相当ストレスが溜まっているわね、と国府田ママは言った。



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