第52話
人手不足だなんだと言いながらも、私たちは紙芝居を完成させた。
何回かの昼休みを使い、岡村さんを迎えての通しの稽古もした(伍代君の手話も見た!)。
そしていよいよ、最初の上演場所である病院へと向かった。
病院側からのリクエストにより、小児科病棟にあるロビーを会場とし、日曜日の午後三時からの上演となった。
「日曜の病院ってさ、ちょっと残酷なんだよね」
伍代君が、病院へと向かう道々でそんな話をしだした。
平日の面会時間は午後三時からでさ、面会に来るのもせいぜい親くらい。
親っていっても、共働きの親も多いわけだから、日によっては誰も来ないなんてことも、あることなんだ。
でも日曜は、昼からずっと面会時間で。
来やすさから、家族だけでなく友達や親せきも来るから、必然とお客さんが……あっ。入院しているときに、見舞いに来てくれる人を俺たちはそう呼んでいたんだけど、そのお客さんも増えてさ。
そうなるとさ、暇なんだよね、お客さんが来ないときって。
同室の子の楽しそうな声を聞きながら、ベッドに一人とか。
それって、しんどいし、退屈だし。
今の伍代君の口から聞いても、胸が苦しくなる話だ。
そんな時にさ、イベントがあると、楽しいし気持ちもまぎれるんだよね。
伍代君は、そう言った。
私にとっての病院とは、長くて一、二時間を過ごすだけの場所だ。
けれど、伍代君の話を聞くうちに、そこを生活の場として何日も過ごす人たちがいるってことを、強く実感した。
そのことは、病院に着くと、なお一層感じることだった。
ここの病院は、この地域でも一番大きな病院だ。
私も、勿論名前は知っていたけど、今までお世話になったことはなかった。
病院の一階には、街でも見かけるカフェチェーン店や、自然派で有名なコンビニがあった。
伍代君の話だと、理髪店やパン屋さんもあり、コンビニとは別に売店まであるらしい。
キャッシュコーナーもあった。
まるで、小さな街のようだと思った。
日曜なので、いつもは混んでいるだろう外来ロビーもがらんとしていて、窓口にはシャッターが下りていた。
はじめて見る風景だった。
小児病棟のロビーへは、入院棟専用のエレベーターを使って行った。
エレベーターの中は広く、その突き当りには腰が掛けられるようなバーが設置されていた。
扉が開くと、目の前にピンクや水色といったパステルカラーが飛び込んできた。
ここに来るまでの院内では、そういった色を感じることはなかった。
子どもたちのための、病棟なんだ。
色一つとっても、そう思えた。
扉の前には、何人かのパジャマ姿の子どもたちもいた。
――パジャマ。
あぁ、そうだ。
そりゃ、そうだ。
この子たちは、治療のためにここにいるのだ。
私達が来る少し前まで、ベッドにいた子もいたかもしれない。
また、終わったあとも、すぐに戻らないといけない子だって、いるかもしれないのだ。
健康でいることが当たり前の日常生活を送っていると、こういったことに酷く鈍感になる。
紙芝居上演をするにあたって書いた書類を、思い出した。
そこには、麻疹やおたふくといった病気への予防接種の有無を、記入するようになっていた。
外から病気を持ちこんだり、または子どもたちのがうつったりなどの心配があるからだと、説明を受けた。
ぴんと来ないまま、お母さんから渡された母子手帳を見て、記入はしたけれど。
あの子たちの小さな姿を実際に見たことで、それはとても大切で、必要なことなんだとようやく理解した。
考えなくちゃいけないんだ。
人と繋がるって意味を。
人の中で生きているって意味を。
自分だけが大事で、自分だけが楽しければいいって時代を、私は越えて行かなくちゃいけないんだ。
目が覚めるような思いだった。
恥ずかしくもなった。
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