第50話

 双葉から貰った地図を見ながら、ようやく岡村さんの家に辿りつくと、その地図を見た岡村さんが大爆笑した。



「まさかっ、こ、この地図で、来たわけっ?」


 ひぃひぃ言いながら、岡村さんが聞いてきたので、「うん。国府田君に貰って」と返すと、「双葉、悪党」と岡村さんは、涙を流しながら、私の頭をなでてきた。


「なに? どうしたの?」


 先に着いていた伍代君と四条君に、岡村さんは無言で(とてもじゃないけど話せる状態じゃない)地図を渡すと、二人とも妙な顔つきになった。


「これを見て、ここまで?」


 四条君に聞かれ、「うん。そうだけど。……これ、へん?」と聞いた。

 四条君は靴を履くと、「三矢さん、ちょと来て」と、私について来るように言った。

 

 岡村さんの家は、細い道沿いにあった。

 

 四条君は、私が来たのと反対の方向へ向かうと、すぐ角を左に曲がって止まった。

 私も同じようにした。


「三矢さん、左を見て」


 四条君に言われるまま、首を左に向ける。

 この通りは、広い一本道だった。

 そして、その道の先には。


「え。え、え。なんで? 駅が見えるんだけど!」


 なに? どういうこと? と四条君に聞くと、「担がれたんだね、双葉に」と言われた。

 一本道をまっすぐ来て、右に右にと曲がれば着いたのに、私は双葉の地図にあるように、スタンプラリーみたいな、冒険心溢れる動きをしていたのだ。


「……脱力」


 肩を落とす私に、「ドンマイ」と四条君が言った。

 そして、「双葉がこんなことするなんて、珍しいんだよ」とも。

 なんか、意味深。


 あ、もしや?


「わかった。私に甘えている、とか?」

 そうだ、そうよ。

「私、国府田君のお姉さんになることにしたから」

「……へ。お姉さんって、三矢さんが国府田の?」

「うん。ほら、国府田君って、上に面倒を見てくれる兄弟なんて、いないんでしょ。だから」

「双葉は、上に兄さんが二人いたはずだけど」

「……え」


 あれ?


「双葉が、そう言ったの?」

「ううん。違う! 私が勝手にそう……思ったの」

 「あぁ、なら。うん、いいんじゃない。お兄さんはいても、お姉さんはいないし」、と四条君は言いながら、「でも、お兄さん達は、すでに結婚しているから、義理のお姉さんにあたる人達は、いるだろうけど」と言うと、再び「ドンマイ」と言った。

 



 絵本は、私以外の三人も各自持参してきたので、結構な数になった。


 懐かしいものが多いと思ったのは私だけじゃないようで、ついみな読みふけってしまった。

 なかに一冊、四条君が持ってきた絵本で、読んだことがないものがあった。


 「八郎」だ。

 「八郎」は、秋田の八郎潟の物語だ。

 全編が秋田弁で、最初こそ読み慣れないものの、読むほどにじんわりと、その良さがしみてくる物語だった。


 そして。


「ちょっと、四条、これ、反則技なんだけどっ」


 岡村さんが、泣いている。

 伍代君は無言で、瞳は潤んでいる。

 そして私は、涙だか鼻水だか、ともかく顔中が湿っこくなっていた。

 ともかく、泣ける。

 体の大きな若者八郎が、村を救うために自らの体を差し出すのだ。

 多分そうなるんだろうな、と思っていても、それでも泣けるのだ。

 それだけ、物語に力がある。

 ……凄い。


「問題は、秋田弁を話せる人が、いないってことなんだ」

 四条君が言う。

「……あぁ、そっかぁ」

 そうかもねぇ、と岡村さんが言う。


 この四人の中には、秋田と関係のある家族を持つ人は、いなかったのだ。


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