第11話

 お話会が終わる頃になると、子どもたちの親や家族が公園にちらほらとやって来た。

一旦、休憩をしたあと、みんなで「だるまさんが転んだ」を何回かしてから、会をお開きにした。


 お開きにした、んだが。


「なんでまだいるの?」

 私の側にぴたっと張り付くミチカはともかく、例のオトコマエまで私の側にぴたっといる。

 結局この男は、話を最後まで聞いていただけでなく、「だるまさんが転んだ」にまで参加してた。


「うん、実は、三矢さんにお願いがあって」

 オトコマエは、その武器ともいえる笑顔をピカーッと私に向けてきた。

おおっ。ま、眩しいぞ、おいっ!

「な、なによ。お願いって」

 決してうぬぼれるわけではないけど、男が女に向ってお願いといえば、なんとなぁく期待……でなく、予想はできる。

 しかし、待てよ。

 名前も思いだせないような人からの、そういったお願いを受けてもいいんだろうか。

 いや、う、受けるなんて。受けるなんて、まだ決めてないし。


「スカウト」

 ――ん?


「え? ス? スカ? 今、なんて言ったの」

「うん。スカウト。ぼく、三矢さんをスカウトしに来たんだ」

 スカウト?

「やだ。もしかして、球団関係者?」

 スカウトといえば、プロ野球だ。

「え、なんで?」

 そう言うと、オトコマエはケラケラと笑いだした。球団って。

「なにそれ、三矢さんって、野球選手を目指しているわけ?」

「いえ、全く」

 ないな、ない。

 これは完全に色恋の話じゃない。

 ちょっと残念。

 いや、ほら、何事も経験っていうからさ。

 と、まぁ、それはもういいけど。


「で、スカウトって何の?」

 興味はそっちに移った。

「あぁ、うん。紙芝居」

「紙、え?」

 ちょっと待て。

 そのキーワード、なんだったっけ。

 今、それを聞いた瞬間、頭の中に血の雨がザーッと降ったんだけど。


「知らないか。知らないよね。あのさ、ぼくたち数人で、紙芝居を作ってそれを上演するサークルを立ちあげたんだ」


 知ってる、というよりも、思い出しました。

 更に言うと、目の前のあなたさまの名前も思い出しましたよ。


「二股双葉(ふたまたふたば)」

「あ、やだなぁ。それってそんなに有名?」

 少しでも、こいつにときめいてしまった自分を殴りたい。


 二股双葉。

 当然、あだ名。

 本名は、国府田 双葉(こうだ ふたば)だ。


 この男は、去年の暮、件の紙芝居サークルを立ちあげるにあたり当時三年生だった女生徒二人を手玉に取りもてあそんだ挙句、二人とも振ったという伝説の持ち主だ。

 その際、血の雨がザーザー降ったとか降らないとか。

 文芸部の先輩からも「双葉君ってどんな子」と聞かれたが、こいつとは全く縁がなかったため「さぁ」なんてやる気のない返事をした覚えがある。


 どうりで見たことがあると思ったはずだ。

 彼は、有名人だ。

 そんな伝説を持つくらいだから、そりゃ顔だっていいはずだ。

 間近で見たのは初めてだけど、確かに顔はいい。顔は。

 


「ええと。お断りします」

 紙芝居はともかく、そんないわくつきのサークルなんかには、近づかない方が身のためだ。

「でも、困るなぁ」

 困れ、困れ、どんどん困れ。

 でも私には関係のないことだ。

「ってことで、失礼します~」

 思いっきりの作り笑いを双葉に向け、ミチカの手を繋ぎ歩き始めると、「今日の物語、面白かったなぁ」なんて双葉の声がした。


 体は逃げたいのに、耳は聞きたい。

 これは、物書きの悲しい性だ。


「ええと、二股……じゃなくて、国府田君。それって、ど、どんなところが、かなぁ」

気がつくと私は、双葉に今日の物語の感想を求めていた。

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