第26話 亀の甲羅の島
雷光閃く黒煙を背景にして、翼を広げた化け物が空を飛ぶ。
ヒラクは化け物の背に乗ってキッドとともに燃え盛る島を脱出した。
火砕流が流れ込み、浅瀬の海は煮えたぎるようだ。
沖まで出ると化け物は急に失速し、次第に高度を下げていく。
「このままじゃ海に落ちちゃうよ! しっかりして」
ヒラクは化け物を揺さぶった。
「言われなくてもわかってるわい。あたしゃ焼け死ぬのも溺れ死ぬのもごめんだよ」
化け物は奮起して、翼を力強く羽ばたかせる。
けれどもなかなか体は浮上しない。
荒れ狂う海が眼前に迫る。
「がんばって! すぐ近くに島が見えるよ」ヒラクは叫ぶ。
ヒラクの後方にいるキッドは高所恐怖症の為目も開けられず、必死に化け物にしがみついている。
「キッドも見て! 島がすぐそこにあるよ」
ヒラクは叫ぶが、キッドは半ばあきらめていた。
島は近くにあるようで、すぐにたどりつくことはない。
ましてや化け物はもう体力の限界だ。
ただでさえ飛んだこともないのに、二人の人間を背負っている。
噴煙の中、飛んでくる岩の破片を避けるだけでもう精一杯だ。
このまま海に落ちるのも時間の問題というところだ。
ところが、信じられないことに、島はもうすぐそこに迫っていた。
島の方からヒラクたちに近づいてきたのだ。
そのことに気がつかないヒラクは、化け物が飛行速度を再び上げたのだと思った。
そして海面すれすれで飛ぶ化け物が、やっと島にたどりつこうというとき、ヒラクは、さきがけ号がそこに打ち上げられていることに気がついた。
下を見ないよう固く目を閉じるキッドは船など見ていない。
化け物は最後の力をふりしぼり、砂浜を飛び越えて、そのまま亀の甲羅の島の森の中に突っ込んでいった。
亀の甲羅の島は、全体が穏やかな丘陵のようになっていて、中心部に向かって木々が生い茂っている。
化け物から振り落とされたヒラクは下生えの地面に転がり、そのままキッドとはぐれてしまった。
ただでさえ、密林の中は暗いのに、空をおおう黒煙と降り注ぐ灰の中、濁った水の中にいるかのようにすぐ先にあるものの形さえよく見えない。
「キッドー! 化け物ー! どこにいるのー?」
ヒラクは呼びかけながら、手探りで森の中を歩いた。
時折地面が振動し、空を揺るがすような爆音が鳴り響く。
「ヒラク、こっちだ」
薄闇の中から急に手が伸びて、キッドがヒラクを捕まえた。
「あの化け物が厄介なことになってるんだ」
「厄介なことって?」
「見ればわかる」
そう言って、キッドはヒラクの手を引いて、化け物がいる場所まで連れて行った。
化け物は、木の根元にぽっかりとあいたうろの中に頭から突っ込んだ状態でもがいていた。
「もしかして抜けないの?」ヒラクが言うと、
「どう見てもそうだろうな」キッドはうなずいた。
「ひっぱってみようよ」
そう言って、ヒラクはキッドと一緒に鳥の足になっている化け物の後ろ足を引っぱったが、うろから引き出すことはできなかった。
どうやら化け物の翼がうろの中でひっかかっているらしい。
ヒラクはキッドに言う。
「一度押し戻してみよう」
「よし」
「せーのっ!」
二人は掛け声を合わせて、化け物をうろの中に押し込んでから一気に引き戻そうとした。
ところが次の瞬間、化け物の体はうろの中にすっぽりと入り込み、ヒラクとキッドまで一緒にひきずりこまれてしまった。
うろの中は深井戸のようになっていた。
ヒラクとキッドは化け物をつかんだまま、暗闇の中を下へ下へと落ちていく。
一瞬体がふわりと持ち上がったかと思うと、ヒラクは外に転げ出た。
自分が出てきた場所を確かめると、そこもまた木のうろだった。
しかし自分が入り込んだ木のうろとは明らかにちがう。
何より周りの景色がちがった。
太陽が眩しく降り注ぐ明るい緑の森にいる。
「おい、ヒラク、大丈夫か」
ヒラクと一緒に穴から転げ出たキッドが体を起こして言った。
化け物はその場で伸びている。
「ここは一体どこなんだ?」
キッドは不安げに辺りを見回す。
奇妙なことに、密林の中だというのに、鳥の声もしなければ、虫の一匹も目にしない。
そんな中、ヒラクはかすかに波音を聞いた。
「キッド、あっち」
そう言うやいなや、ヒラクはすでに駆け出していた。
まもなくヒラクは木々を抜け、白い砂浜に飛び出した。
抜けるような青い空の下、打ち寄せる波は白く、水はどこまでも澄み、沖にいくほど碧くなっていく。
先ほどまでの火山の噴火が嘘のような光景だ。
「おい、ヒラク、俺たち夢を見ているのか?」
追いついたキッドがヒラクの横で呆然と海を眺めて言った。
「おーい、ヒラク! キッドもいるのか!」
声がしてヒラクが振り向くと、砂浜をリクとカイが走ってくるのが見えた。
「リク! カイ!」
ヒラクよりも先にキッドがうれしそうに駆け寄っていく。
キッドは両手を広げるリクの胸に飛び込むと、そのまま砂浜にリクを押し倒した。
砂浜に転がるリクとキッドの上にカイも重なり、三人は再会を喜び合った。
「クウは?」キッドはリクに聞いた。
「ああ、あいつならすぐそばの木の陰で寝てるよ。ここならいい昼寝ができるってさ」リクは笑って言った。
「ほんとどういう神経してんだか」カイはあきれたように言う。
「他のみんなは?」
そばに駆け寄り息を弾ませて尋ねるヒラクにリクが答える。
「わからない。俺たちの他にクウと一緒にいる仲間が二人。それから周辺を探りにいってる連中が三人」
「船が島に打ち上げられて、俺たちは高波を避けるために内陸へと駆け上がった。そしたら急に地面がぬかるんで、落下する感覚があって……気づけばここにいたんだ」カイが言うと、
「クウは浜辺で砂と一緒に引き込まれたって言ってたぜ。おそらくここに来ていない連中は、まだ島の上にいるんだ」リクも状況を説明した。
「じゃあ、ここは島の下ってこと? どうして海があるの?」
ヒラクは不思議そうに言う。
「知らねーよ。クウなんて、これは夢だって決めてかかってるぜ」
カイはあきれたように言った。
「夢の中でもまだ寝るなんてクウらしいよな」
キッドは声を出して笑った。
「キッドまで夢だと思ってるの?」ヒラクはキッドに言った。
「夢じゃなきゃ何だっていうんだよ。こんな状況ありえないぜ」
「ありえないなんてことはない。南の海はそういう世界だ」
ヒラクはきっぱりと言うと、ふと表情を曇らせた。
「それに、これが夢なら、どうしてユピがここにいないの? ユピはどこに行ったの?」
ヒラクが聞くと、リクとカイは困ったように顔を見合わせた。
その時、浜辺を一人の男が走ってきた。
ゲンを慕って船に同乗した連中のうちの一人だ。
それを見て、三兄弟は顔を強張らせる。
ヒラクも何か良くないことが起きたのではないかと胸騒ぎを覚えた。
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【登場人物】
ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。さらには赤い勾玉を手の中にみたときから、自分が神王の生まれ変わりではないのかと不安になる。
ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。破壊神の剣に強い関心を示し、ヒラクが神王である可能性を示唆する。ヒラクを深く愛しているが言動に謎が多い。
ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。神王の民と呼ばれたネコナータ人の末裔。しかし神王の再来とされる神帝を偽神とするルミネスキ女王に仕え、偽神を討つ存在とされる勾玉主を見つけ出す任務を与えられ、ヒラクをメーザ大陸へと導いた。神帝国の皇子であるユピを強く警戒している。
ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。堅物のジークと違い世慣れた様子で、海賊たちとも打ち解けている。
キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。
リク……キッドと共に育った海賊三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。
カイ……リクの弟。三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。
クウ……カイの弟。三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。
※三兄弟は父親が双子の海賊で、誰がどちらの父親の子であるかは不明。三つ子のように顔が似ている。
ゲン……刀傷で片目が塞がった白髪交じりの初老の海賊。他の海賊たちからの信望も厚く、グレイシャにも頼りにされている。キッドを守るべく破壊神の島に上陸。
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