第25話 剣の主

 亀の甲羅の島の一つにさきがけ号を停泊させていたリクたちは、破壊神の島から戻らないヒラクたちの身を案じながら夜を明かした。


 翌日、少しでも破壊神の島に近づいて、ヒラクたちが戻るのを待とうと、リク・カイ・クウの三兄弟は船を出した。

 そして、沖に出た船の上で、船員たちは、突然、耳をつんざく爆発音を聞いた。


 破壊神の島の山の上から、空を貫くように巨大な黒煙の柱が伸びている。

 空に広がる黒煙の中にいくつもの稲妻が走った。

 山頂部だけでなく、山の側面のあちこちがひび割れて、赤いしぶきのように炎が噴出している。

 たちまち山の裾野は炎の海と化していった。


 太陽は黒雲の中に姿を消し、昼間だというのに辺りは夜のように暗い。

 この世のものとは思えない光景に船の上の若者たちは度肝を抜かれていた。


 海は荒れ、海面が盛り上がったかと思えば大きくくぼむ。

 風でも潮流でもない海の変動に為すすべもなく、さきがけ号は木の葉のように翻弄されていた。


 それだけではない。


 軽石や灰などの噴出物が空から降り注いでくる。

 島の周囲の海ではいくつもの水上竜巻が発生し、空に向かってのびている。

 ヒラクたちがボートでさきがけ号に戻ってくることはほとんど不可能に近いことだった。


 帆桁に燐光のような悪魔の青い火が走る。


「終わりだ! この世の終わりだ!」


 若者たちは揺れる甲板の上で、マストにしがみつきながら恐れおののいている。    

 呪術師の島で多くの仲間を失ったこともあり、次は自分たちの死が迫っているのだと感じていた。

 三兄弟は気丈にも仲間たちをなだめていたが、船体のきしむ音、鳴りやまない爆発音による恐怖はみるみる伝染していく。


 その時、若者たちの頭上に降り注ぐ灰に紛れて鳥の羽根が舞い落ちてきた。


 やがて鳥人の背に乗ったユピが甲板上に降り立ったとき、若者たちは悪魔がそこに姿を現したと思った。

 ユピを運んだ鳥人は白目をむき、口から泡を出しながら苦しげに呼吸していたが、まもなくその場で息絶えた。


 ユピに続いて、ジークが弱りきった様子の鳥人ともに甲板に降りてきた。

 その手には化け物の洞窟から持ち出した剣を握っている。


「おい、他のみんなはどうしたんだ」


 リクがユピにつめ寄った。

 ユピは微動だにせず、悪魔の青い火を背後に、酷薄な笑みを浮かべる。


「今頃、炎にまみれて苦しんでいるか、すでに死んでいるかのどちらかだろう」


「みんなを見捨ててきたっていうのか?」


 カイがユピにつかみかかる。


 その時、また船が大きく揺れた。


 バランスを崩したユピをジークが支える。

 普段ユピを嫌悪しているジークのその行動を不審に思ったが、ユピはあたりまえのようにジークの手を取る。


 態勢を崩し、甲板に手を突いたカイをユピは冷たく見下ろして言う。


「人の心配をしている場合じゃないと思うけど? この船が海の藻屑と消えるのも時間の問題だ」


「それならおまえだって一緒だろうが」


 カイはユピを見上げて叫ぶが、ユピは目を細めて笑う。

 

「目的はすでに果たした。もうここに用はない」


 そう言うと、ユピはジークに目をやった。


「剣を」


 その言葉で、ジークは剣を捧げ持ち、ユピの前に差し出した。

 ユピは剣を受け取ると、両手で柄を握る。

 ジークがユピの背後に回り重たげな剣を支えた。

 ユピはジークの手を借り、剣の切っ先で黒雲の空を突き上げるように頭上で高々と構えた。


「破壊神よ、姿を見せよ。剣の主はここにいる」


 海上は波立ち、さきがけ号は上下に激しく揺さぶられる。

 海に振り落とされる若者もいる中で、ユピはジークに支えられながら、じっと何かを待っていた。


 そしてそれは姿を現した。


 山ほども大きい岩の巨人が重い海面をつきあげるようにしてうねりの中から姿を見せた。


 巨人は平たい岩盤のような手のひらをユピの前に差し出した。


 ユピはジークの手を借りて、巨人の手のひらの上に乗る。

 そしてジークも後に続いた。


「おい、待ちやがれ!」


 船べりにしがみつきながらカイが叫んだ。


「おまえら一体何考えてるんだ。ヒラクはこのことを知っているのか!」


 ヒラクの名前を聞いて、ジークは一瞬動きを止め、かすかに動揺を見せた。

 けれども言葉を返すこともなく、巨人の手のひらの上で背中を向けたままでいる。

 ジークの代わりに振り返ったのはユピだった。

 その表情は悲しげで、どこか痛々しくもある。


「ヒラクがここにいないのは、ヒラク自身が望んだことだ。いや、僕の望みかもしれない。僕の望みはヒラクの望みなのだから……」


「はあ? 何わけのわからないこと言ってやがる」


 カイの声は甲板に打ちつける波の音にかきけされた。


 巨人は両手のひらでユピとジークを包み込み、胸の前にゆっくりと移動させる。 

 二人はすでに海よりもはるか高みにいた。

 巨人の指のすきまから、ユピは噴火の勢いのおさまらない火山を見てつぶやく。


「跡形もなく灰となって吹き飛べばいい。失うものなど初めから何もなかったかのように」


 巨人はユピとジークを連れて、北に向かって海を歩き出す。

 高波がさきがけ号を翻弄する。

 転覆しそうな小さな船を後に残して、巨人は海を割くように前進し、暗がりの中に姿を消した。


 荒れ狂う海の中、若者たちは一丸となって船の舵取りをした。

 いまや方角すら把握できない状況だ。


 ところが運よくさきがけ号は波に持ち上げられ、そのまま投げ出されるように甲羅の島に上陸した。


 誰もが奇跡と喜んだ。


 まさか島自体が海を移動して船に近づいてきたとは、誰一人として思わなかった。


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【登場人物】


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。さらには赤い勾玉を手の中にみたときから、自分が神王の生まれ変わりではないのかと不安になる。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。破壊神の剣に強い関心を示し、ヒラクが神王である可能性を示唆する。ヒラクを深く愛しているが言動に謎が多い。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。神王の民と呼ばれたネコナータ人の末裔。しかし神王の再来とされる神帝を偽神とするルミネスキ女王に仕え、偽神を討つ存在とされる勾玉主を見つけ出す任務を与えられ、ヒラクをメーザ大陸へと導いた。神帝国の皇子であるユピを強く警戒している。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。堅物のジークと違い世慣れた様子で、海賊たちとも打ち解けている。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。


リク……キッドと共に育った海賊三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……リクの弟。三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……カイの弟。三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。


※三兄弟は父親が双子の海賊で、誰がどちらの父親の子であるかは不明。三つ子のように顔が似ている。



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