第22話 始祖神をめぐる争い

 鳥人たちの住処で一晩を過ごしたヒラクは、翌朝、体に強い振動を感じて飛び起きた。

 何が起きたかを確かめる間もなく、再び振動が走る。

 木の家全体が揺れていた。


「あいつらが来た」


「また家を壊す気だ」


 鳥人たちが大きな窓から飛び立っていく。

 ヒラクは窓枠に立った鳥人の一人を捕まえて何が起こっているのかを確かめようとした。


「あいつらって何?」


 ヒラクに足を捕まれた鳥人が振り返って答える。


「醜い獣たちだ。木に体当たりして、我らを上から落とそうとしているのだ」


「落としてどうするの?」


「飛べない者たちを殺す。あいつらは我々が憎い。我々もあいつらが憎い」


 そう言って鳥人はヒラクを振り切って窓から飛び出していった。


 ヒラクは窓から身を乗り出し、下で何が起きているのかを見ようとした。


 その時、再び木に振動が伝わり、家が大きくかたむいた。


 ヒラクは前のめりになった体を戻すことができず、窓から落下してしまった。

 ジークがあわてて窓から下を見たが、重なる枝葉が邪魔をして、ヒラクの姿を確かめることはできない。

 

「うわーっ!」


 ヒラクは真っ逆さまに落ちていくが、枝葉があるのが幸いし、落下速度をゆるめることができた。


 その枝葉のどれかにつかまろうとヒラクは腕をのばし、ぶら下がる蔓に片手で捕まった。


(助かった……)


 そう思ったのも束の間、一息つく間もなく、つかまった蔓がまきついた枝が折れた。


 再び落下していくヒラクをまちかまえていたのは、獣の群れ。

 みるみる接近するそれは、大きなイノシシの大群だった。


 木の家の支柱となっていた樹木を取り囲み、イノシシの群れがひしめきあっている。


 ヒラクはその中に落ちた。


 群れの中にうまく落ちたことで幸い怪我はなかったが、よく見れば、イノシシたちもまた異形で、ヒラクをギロリとにらみつける。

 ヒラクは臨戦態勢のイノシシに突撃される恐怖を感じたが、そこには鳥人たちもいた。

 一触即発の空気の中、鳥人とイノシシはにらみ合っている。


「何だ、おまえは」


 頭と両足がイノシシの姿をした大きな男が腕組みしてヒラクを見下ろした。


「おまえは何だ? 鳥か?」


「我らの仲間ではない」


 鳥人の一人がイノシシの姿の獣人けものびとに言った。


「だったら何者だ? なぜここにいる」


 顔は人だが体はイノシシの四足で歩く獣人が言った。


「わからない」


「なぜだ」


「誰だ」


 鳥人たちはヒラクのことなどすっかり忘れた様子で小刻みに頭の向きを変えて互いの顔を見合った。


「破壊神のことを聞いたら、そっちがここまで連れてきたんじゃないか」


 ヒラクは鳥人たちに言った。


「破壊神?」


「我らの神だ」


「そうだ、神だ」


 鳥人たちの言葉に獣人たちは激怒する。


「おまえらの神ではない。我らの神だ」


「おまえらの神は本物ではない」


 鳥人の一人は鋭いくちばしで獣人の目を突いた。

 それを合図に四足の獣人が鳥人に向かって突進していく。

 イノシシたちが再び木を揺らす。

 鳥人たちは翼を広げて舞い上がり、イノシシたちの背に鋭い爪を立てる。


 ヒラクは巻き込まれないようにその場から離れようとしたが、まったくヒラクを覚えていない鳥人たちの攻撃を受けて逃げ惑った。

 そして最も体が大きなイノシシに目をつけた。

 ヒラクは三メートル以上はあるイノシシの背にまたがり、がっちりとしがみついた。

 イノシシはヒラクを振り落とそうと狂ったように暴れ、そしてそのまま森の奥に向かって走り出した。

 そのことに気づいた獣人たちが叫ぶ。


「お戻りになったぞ」


主様ぬしさまがお帰りだ」


「我らも戻ろう」


 獣人たちは一斉にその場から退散した。


 

 ヒラクを乗せたイノシシは半狂乱で森の中を突進し、やがて目の前の木に激突した。

 衝撃で、ヒラクの体が宙に舞う。

 ぬかるんだ地面に落ちたヒラクはゆっくりと体を起こした。

 イノシシは気絶してひっくり返っていた。


 高木の枝葉に日差しを遮られ、森の中は薄暗くじめっとしている。

 これからどうやって鳥人たちの村へと戻ろうかとヒラクが考えているときだった。


 林床の葉を踏みしめる音が聞こえた。

 何者かが近づいてくる。


 ヒラクは近くの木の陰に隠れた。


 少ししてその場所に現れたのは、トカゲの姿をした体の大きな人間たちだった。

 トカゲの頭に人の体を持つ者やその逆の者、人の姿をしているが肌はトカゲでしっぽのある者もいる。トカゲびとたちの目当てはイノシシのようだった。


「こりゃ大物だ」


「こんなところでお目にかかるとは」


「食っちまおうぜ」


 トカゲ人たちは鋭い歯をむき出しにして笑った。

 数人のトカゲ人たちがイノシシを取り囲み、じりじりと詰め寄る。


 その時、地面を揺らすような勢いで、イノシシの獣人けものびとたちが突っ込んできた。

 トカゲ人たちはその場で右往左往した。

 気絶したイノシシを見た獣人たちは怒ってトカゲ人たちに攻撃をしかけた。

 多勢に無勢とあって、トカゲ人たちは獣人たちに蹴散らされてしまったが、獣人たちは落ち着きのない様子だ。


「まずいな、ここらは奴らの巣が近い」


「早く戻らねば」


主様ぬしさまはまだお目覚めにならぬのか」


 獣人たちがざわつく中、頭上から声が聞こえてきた。


「ヒラクー」


「ヒラク様ー」


 キッドとジークの声だ。

 鳥人たちの背に乗って、ヒラクを探しにきたらしい。

 ヒラクは獣人たちにみつからないようにしていたことも忘れて大声で叫んだ。


「キッド、ジーク、ここだよー」


 その声で、あっというまにヒラクは獣人けものびとたちに取り囲まれた。


「おまえはさっきの!」


「主様をこんな目にあわせたのはおまえか」


「ヌシサマって?」


 鼻息の荒い獣人たちを眺めながらヒラクは言った。


「あちらにお倒れになっているお方だ!」


 頭部がイノシシの獣人が、気絶しているイノシシを指差した。


「あの獣のことか。あいつ、えらいの?」


「あの方は我らの神と同じ姿をされている」


「我らの始祖の血の濃い方だ」


「おまえたちの神って誰?」ヒラクは聞いた。


「創造と破壊をつかさどる始祖神だ」


「シソシン?」


「偽の神が現れてから、我らの神はお怒りになり、すべてを破壊し、姿をお隠しになった」


「今では破壊の神と呼ばれている」


「鳥人間たちの神さまと一緒ってことか」


 ヒラクは何気なく言うが、その言葉に獣人けものびとたちは激怒した。


「あいつらの神は破壊神ではない」


「あいつらのせいで神はお隠れだ」


「あいつらがいる限り、神の怒りはおさまらない」


 そこにキッドたちを背負った鳥人たちが降り立った。


「ヒラク、大丈夫か」


 獣人たちをかきわけて、キッドがヒラクのそばに駆け寄ってきた。

 ジークとハンスも一緒にいる。


 獣人たちは鳥人と一緒に現れたジークたちを警戒した。

 ジークはヒラクの前に立ち、剣の柄に手をかけ、獣人たちをにらみつける。

 獣人たちも突進体勢だ。


 そこに獣人たちに報復にきたトカゲ人の集団まで現れた。


「さっきはよくもやってくれたな」


「いい機会だ。ここで決着をつけてやるぜ」


「おまえたち、トカゲとも仲悪いのか」


 ヒラクは目の前の獣人に尋ねた。


「あいつらも偽の神を信じている連中だ。鳥たちと一緒だ」


 その言葉を聞いて、ヒラクはトカゲ人の一人に近づいていった。


「おまえたちの神って何?」


「うるせぇ、おまえも食われたいのか」


 頭がトカゲの男は鋭い歯をむきだした。


「食う? トカゲが人間を食うの? いや、人が人を食うのか……」


 ヒラクは不思議そうな顔をした。


「こいつらは神さえ食らう」


「主様さえ食おうとした連中だ」


「我らの子らもこいつらには何度も食われている」


 獣人けものびとたちは口々に言った。


「何が神だ。おまえらはただのエサだ。そこの鳥もだ。わかったか」


 トカゲ人の言葉に鳥人は威嚇するように翼を広げた。


「我らには破壊神がついている」


「黙れ、鳥。破壊神は俺たちの神だ」


 トカゲ人は鳥人に言い返す。

 それに対して獣人が怒りの声を上げる。


「破壊の神は我らの始祖神だ」


 一触即発の空気の中、突然ヒラクが大声で叫んだ。


「おれ、いいこと思いついちゃった!」


 その場にいる全員がいっせいにヒラクを見た。

 ヒラクは活き活きとした表情で声を弾ませる。


「おれが破壊神の姿を確かめてきてやるよ。そうすれば、誰の神が本当の神かわかるだろう?」


 その言葉を聞いて、鳥人も獣人もトカゲ人もあ然とした様子でヒラクを見た。

 さらにヒラクは声を弾ませて言う。


「おれ、破壊神がどんなものか見たくなった。隠れてるなら表に引っ張ってきてやる。破壊神が姿を現したら、もうこんなケンカしなくてもよくなるよ」


「そんな簡単なことじゃねぇ」トカゲ人が声を荒げて言った。


「神がお隠れなのはこいつらがいるからだ」


 獣人はトカゲ人と鳥人をにらみつける。


「姿を確かめる必要なんてない」


 鳥人も納得いかないようだ。


「あれあれ~、確かめる自信がないってのかい?」


 ハンスがにやにやと笑って言った。


「必要がないと言ってるだけだ。神は我らと同じ姿をしているに決まっている」獣人が言った。


「いや、我々だ」鳥人が反論する。


「俺たちだって言ってんだろ!」トカゲ人も大声で言った。


「じゃあ、他の連中に見せつけるいい機会になるんじゃねぇのかい? どうだい? ここはおいらたちにまかせちゃくれねぇか」


 ハンスが言うと、鳥人、獣人、トカゲ人たちは、それぞれ困ったように相手の出方をうかがった。


「……我々はかまわないが鳥には不都合だろう」と獣人の一人が言うと、


「我々も一向にかまわないがトカゲが困るんじゃないか」と鳥人が言い、


「俺らは何も困らねぇぜ。自信のないのはおまえらだろうが」とトカゲ人も言い返した。


「じゃあどちらさんも反対はねぇってことでいいな。破壊神ってのをあらためさせてもらうぜ」


 ハンスの言葉に鳥人も獣人もトカゲ人もしかたなく同意した。


 ヒラクたちは四足のイノシシの獣人けものびとの背に乗り、破壊神が隠れているという場所まで行くことになった。

 数人の鳥人たちは再び村に引き返し、仲間たちにこのことを知らせることにした。


「ユピ、きっと心配してるよね」


 ヒラクは表情を曇らせてジークに言った。


「ヒラク様を見つけ次第すぐ戻ることになってましたから」


 その言葉を聞き、ヒラクは一度ユピのところに戻ろうかとも思ったが、キッドがそれを止めた。


「心配なら向こうが後から追ってくるだろう」


 それもそうかもしれないとヒラクは思った。


「うん、そうだよね。それに破壊神をみつけるのはユピの望みでもあるし」


「はあ? 破壊神がどういうものか見たいのはおまえだろ?」


「同じことだよ。ユピの望みはおれの望みだもん」


「……何だ、それ」


 キッドはあきれるが、何かが引っかかると思った。

 けれどもその引っかかりの理由を説明することができない。


「まあ、いいや。とにかく俺たちだけで行くぞ。うまく言えないけど、おまえ、ユピとあまり一緒にいない方がいいぜ」


 それはなぜかとヒラクは尋ねようとしたが、ハンスが二人の間に入ってひやかした。


「やきもちってぇやつかい?」


「そんなんじゃねぇ」


 キッドは真っ赤になって怒り、結局この話はこれで終わった。


 キッドの言うことが気になったが、今、ヒラクの好奇心は破壊神に向けられていた。


 そしてその正体にヒラクは驚くことになる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【登場人物】


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。さらには赤い勾玉を手の中にみたときから、自分が神王の生まれ変わりではないのかと不安になる。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。ヒラクを理解できるのは自分だけだと言葉で支配しヒラクを依存させていく。破壊神の剣に強い関心を示す。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。神王の民と呼ばれたネコナータ人の末裔。しかし神王の再来とされる神帝を偽神とするルミネスキ女王に仕え、偽神を討つ存在とされる勾玉主であるヒラクを見出し、メーザ大陸へと導いた。護衛としてヒラクを守る。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。堅物のジークと違い世慣れた様子で、海賊たちとも打ち解けている。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。ユピを嫌っている。


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