第23話 洞窟の神

 ヒラク、キッド、ジーク、ハンスは猪の姿をした獣人たちの背にまたがっていた。四人を背に乗せた獣人たちは慣れた足取りで、倒れた木や深い泥地を飛び越えながら、密林の中を疾走する。

 目指すは破壊神のいる場所だ。

 島は中央の山を囲むように密林に覆われている。島の中心に向かうほど山が近づき、緑が深まっていく。

 獣人たちは、木々のすき間を縫うように走り抜けながら、しばらくすると足を止めた。

 シダの生い茂る中、ぽっかりと地中にあながあいている。


「ここに破壊神がいるの?」ヒラクは獣人たちに尋ねた。


「この孔は山の中心までつながっている」ヒラクを乗せていた獣人が答えると、


「破壊神がお住まいだ」そばにいた獣人も言った。


 獣人たちの言葉を聞きながら、ハンスは孔のそばのいくつかの岩に固定したロープを下ろした。


「そんなに深くもねぇな」


 そう言うと、ハンスは持っていた細長い木の棒に火をつけて、ロープを片手でつかみながら下りていった。ロープは二重でところどころ結び目があり、足場が作られている。

 ハンスの灯に誘導されながら、ヒラクとキッドもロープの結び目に足をかけて下りていく。


 入り口の孔の大きさから想像したよりも中はずっと広々としていた。

 天井にできた鍾乳石からはぽたぽたと水滴が落ちて、足元にも水がたまっている。じめじめとしていて真っ暗だ。

 ハンスの灯りが照らす範囲は狭く、辺りの岩壁が黒く濡れて見えるだけだ。


「とりあえず、山の方に向かいましょう」


 ハンスと同じように火をつけた細木を持つジークが言った。


 ジークを先頭にハンスを最後尾にして、ヒラクとキッドは暗い洞窟の中を進んでいく。足元がどうなっているかもよく見えず、踏み外すと転びそうな不規則な岩の配置が続いていた。キッドは転ばないようおそるおそる歩く。ヒラクも滑らないように慎重に前に向かって進んでいた。


  やがて、洞窟の奥から不気味な声が聞こえてきた。

 首をしめられた鳥の声のような獣のうなり声のような聞いたこともない鳴き声だ。


「なんだ、何かいるのか」キッドはびくつきながら言った。


「この奥にいる」ヒラクは迷わず声のする方に向かう。


「気をつけていきましょうぜ。とんだ化け物が現れるかもしれやせん」


「一匹とは限りませんし」


「ええっ」


 ハンスとジークの言葉にキッドの恐怖心が増す。

 それでもヒラクは足を止めようとはしない。

 キッドも今さらやめようなどとは言えず、びしょぬれの足をひきずって、じめじめとした洞窟の中を歩き続けた。


 やがて広い空洞に出た。


 中心の少し高く盛り上がった場所に何かいるようだ。


 得体の知れない生き物が寝そべって、深い呼吸を繰り返している。

 そして獣のように鼻を鳴らし、低い声でうなったと思えば、突然、鳥のようにけたたましい声を上げる。


 ヒラクは、暗がりの中、手をのばし、生き物にそっと触れてみた。

 その生き物には翼が生えているようだ。

 しかし鳥かと思えばそうではない。側頭部から耳が生えている。くちばしはない。

 生き物はヒラクが思ったよりも大きかった。

 両手を広げてもその全長に満たないため、ヒラクは生き物の後ろに回ろうとした。

 そして何かにつまづいた。

 ヒラクが触れて確かめると、それは爬虫類の肌のようにひんやりと固い手触りだった。どうやらその得体の知れない生き物のしっぽであるらしい。


 いつのまにかその生き物は、ぴたりと鳴き声を止めていた。

 ヒラクはそれに気づかずに生き物の体を触り続ける。


「ヒラク、気をつけろ!」


 キッドが叫ぶのと、生き物がヒラクに襲いかかるのは同時だった。

 その生き物は後ろ足で立ち上がり、ヒラクにのしかかろうとした。


 その時、生き物の下にあったものがまぶしく光った。

 光は放射状に広がり、ヒラクを包み込む。

 その光は勾玉が放つ光と同質のものだ。


 洞窟の中が隅々まで明るくなった。

 生き物は五メートルはあるだろう大きさのイノシシで、後ろ足は鳥の足で背中には翼が生えている。そしてトカゲのようなしっぽを重たそうにひきずっていた。


「なんだ、こいつ……」


 キッドは目を白黒させて、口から泡を吹き出さんばかりに驚いた。

 ジークとハンスも見たこともない化け物に目が釘づけになっている。

 ただ一人、ヒラクだけが光を発するものに注目していた。


 それは刀身の幅の細い長剣だった。

 特に装飾が施されているわけでもなく、光を放つことがなければ、特別な剣とはとうてい思えないような剣だ。


 ヒラクは剣に近づいた。

 化け物は、光に包まれたヒラクの姿におびえたように後ずさりした。


 ヒラクはゆっくりと剣を持ち上げた。刀身がずっしりと重い。


 ヒラクが剣を握ると辺りは一層まぶしくなった。


「ちょっと、あんた一体何なのさ。まぶしいじゃないの。その剣から手をおはなし!」


 驚いたことに化け物は、甲高い鳥のような声で神語を話した。

 これには普段冷静なジークもぎょっとしたようだ。

 ハンスもあっけにとられている。

 神語が理解できないキッドも鳴き声ではなく言葉を話した化け物に驚いていた。


「おまえ、しゃべれるのか? この剣は何? どうして勾玉と同じ光を放つの?」


 ヒラクだけは好奇心いっぱいの目をキラキラささせて、剣の先をふらつかせながら言った。


「危ないじゃないのさ、とにかく剣から手をおはなしったら!」


 化け物はまぶしそうに目を細める。


「ヒラク様、剣をこちらへ」


 ジークは油断ならないといった目で化け物を見ながら、重たげな剣をヒラクから受け取った。

 ヒラクの手から離れると剣の光はやわらいだが、ヒラクと反応しあったままの状態で、洞窟の中をぼんやりと明るく照らしていた。


「剣から手は離したよ。おれの質問に答えてよ」


 ヒラクは目の前の化け物に尋ねた。


「その剣は破壊の剣と呼ばれるものさ」


 そう答えた化け物の目が銀色に鈍く光った。

 その目をヒラクは知っていた。

 故郷のアノイの山越えのときに会った狼やルミネスキの錬金術師マイラと同じ目だ。


「おまえは一体……誰なんだ?」ヒラクは化け物に尋ねた。


「そんなのこっちが知りたいよ」化け物はぷいっと顔を背ける。


「破壊神じゃないんですかい?」


 ハンスは近づいて化け物をしげしげと眺めた。


「確かに鳥でイノシシでトカゲの姿をしてまさぁ。あいつら実は同じ神を崇めていたってわけですかい」


「ははーん、そうかい、おまえたち、あのバカどもの差し金でここまで来たってわけかい。今度はあたしの姿をどうしたいっていうのさ。あいつらのせいでこっちはこんな姿にされて、ほんと迷惑な話だよ」


 化け物は鼻息を荒くして言った。


「あいつらのせいってどういうこと?」ヒラクは化け物に聞き返した。


「ほら、そこをごらん」


 化け物はヒラクたちが入ってきた入口とは違う、別の二つの入口を鼻で示した。


「あいつらはもともと同じ人間だったのさ。いつからか、ここにあたしがいるのをかぎつけるようになってね、神の姿を求めてそれぞれ別のあなからあたしに会いに来たってわけさ。鳥の孔から来た奴は、神は鳥の姿をしていると最初から思っていた。そうしてあたしに触れたとき、あたしは鳥になったのさ。イノシシの孔から来た奴は、神はイノシシの姿だと思った。そう思って触れたからあたしはイノシシになったんだ。トカゲの孔から来た奴も同じさ。あたしゃこんなしっぽまで生えちまって、邪魔だったらありゃしない」


 化け物はぶつくさ文句を言いながら、長いしっぽを振り上げた。


「同じ人間だったとはどういうことだ? 彼らはそれぞれ鳥や獣の特徴を持っているが……」ジークは疑問を口にした。


「神に姿を望み、その姿をまた自分に望んだ。その結果、あいつらは、自分自身の姿さえ変えちまったのさ」化け物は甲高い声で言う。


「もとは同じ人間同士で本当は同じ神を信じているっていうのに、みんなバラバラの姿で、ちがうものを信じていると思って争っているなんて……」


 ヒラクは哀しい気持ちになった。


「ほんと馬鹿な連中だよ。あいつら、三方のあなにそれぞれ供物を捧げていくんだけどさ。鳥はイノシシを、イノシシはトカゲを、トカゲは鳥を持ってきたりもするんだよ。まあ、どれもおいしくぺろっと食べちまうけどね」


 舌なめずりをする化け物を見てヒラクは気分が悪くなった。

 ハンスも顔をしかめる。


「共食いってのはいい気がしねぇなぁ」


「何が共食いさ。これは仮の姿って言ってんだろう。元は同じ姿のあいつらの方がよっぽどいかれちまってるよ」


 化け物は鼻を鳴らして怒りながら言った。


「それが仮の姿っていうなら本当の姿は何だったの?」


 ヒラクが聞くと、ジークも続けて化け物に尋ねる。


「そもそもなぜおまえはここにいたんだ」


「気づけばここにいたんだよ。その剣に引き寄せられたのかもしれないね」


 似たようなことをマイラも言っていたとヒラクは思った。

 マイラの場合は剣ではなく鏡に執着していたが……。

 その鏡を探しに南まで来たヒラクだったが、もはや剣と鏡は無関係ではないということを確信していた。


「おれもその剣に引き寄せられたのかもしれない。勾玉が示したのは、この剣だったのか……」


 ヒラクは過去の記録で見た神王が勾玉に導かれて剣を探しにきたことを思い出した。そしてふと気になったことを口にした。


「そういえば、おれが見た破壊神は岩の巨人だった。そしてこの剣とはまったくちがう剣の姿に変わったんだ」


「破壊神が剣の姿って、一体何の話です?」


 ハンスはヒラクに聞き返した。

 ジークも勾玉と剣の関係性がよくわからず、眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。


「岩の巨人が剣の姿にねぇ……」


 化け物はヒラクの言葉に関心を持った。


「似たような話を知らないわけじゃないよ」


「えっ、何? 教えてよ」


 ヒラクが言うと、化け物はもったいつけるように鼻を鳴らした。

 ヒラクが自分の話に興味を持って食いついてくることがうれしくてしかたがないといった様子だ。


「ここらは海底の火山の活動が活発でねぇ。島ができたり消えたりしてんのさ。昔、消えた島の一つにテルーラと呼ばれた島があったんだけどさ、そこの人間は火を噴く山を破壊の神として畏れてたんだ」


「火を噴く山……火山のことかい」ハンスが口を挟んで言う。


「ああそうさ、その火の山への畏れから破壊神が生まれたのさ。自分たちで作り上げた神なのに、災厄をもたらさないでくれって頼んでさ。村で一番の器量よしの娘を破壊神に捧げるとかで溶岩の中に投げ込んだりもしてたよ。それをやらなくなったと思ったら、今度は灰の中から出てきた剣を神の化身として祀るようになったりしてさ。そのときからだね。剣と破壊神が関わりを持つようになったのは……」


「ちょっと待って」ヒラクは言った。「剣はもともとあったものなの?」


「あったさ、あたしゃずっとその剣にまとわりついていたんだ。剣に破壊の力があるなんて言われるずっと前からね」


「この剣にそんな力があるの?」


「さあね。ただ破壊神が生まれる前からその剣はあったってのだけはまちがいない。人から人に伝わる話ってのは、嘘の中に本当の話がちょっぴり混ざってるって程度のものさ。テルーラの民は島と一緒に消えちまったけど、奴らが作り出した破壊神は勝手に一人歩きしちまったようだね」


「……破壊神はいなかった。信仰が生み出した偽りの神だった。剣は破壊神のものじゃない……」


 ヒラクはぶつぶつと考えをまとめた。

 おそらく化け物の話は事実なのだろう。けれども、ただ一つ大きな疑問が残る。


「剣は誰が何のために作ったんだ?」


 そのヒラクの質問には答えず、化け物は急に耳をぴんと立てた。


 ヒラクが予想だにしなかった最大に危機が目前に迫っていた。


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【登場人物】


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。さらには赤い勾玉を手の中にみたときから、自分が神王の生まれ変わりではないのかと不安になる。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。神王の民と呼ばれたネコナータ人の末裔。しかし神王の再来とされる神帝を偽神とするルミネスキ女王に仕え、偽神を討つ存在とされる勾玉主であるヒラクを見出し、メーザ大陸へと導いた。護衛としてヒラクを守る。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。堅物のジークと違い世慣れた様子で、海賊たちとも打ち解けている。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。


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