第21話 破壊神の島

 海の民からたくさんの野菜と果物を分けてもらい、ヒラクたちは自分たちの船に戻った。

 南南東に舵を取り、さきがけ号は破壊神の島を目指す。

 そこには破壊神が持っていたとされる剣があるという。ダイクとナジャ夫妻の話では、破壊神はかつて南多島海の島々を広範囲に渡って支配していたらしい。その姿は岩のような巨人とされたり、爬虫類のようだとされたり、統一されておらず、そのすべてが信仰者たちに作られた偽神とも考えられる。


 ルミネスキから、真実の神を映すされる鏡を求めて南多島海まで来たヒラクだったが、いまや目的は鏡ではなく剣になってしまっている。


 ヒラクは海の民の話から、鏡も誰かの想像の産物にすぎないのではないかと考えた。ここでは想像が創造となるのだ。

 誰がどういう意図であの鏡を生み出したのか。

 勾玉と鏡の関係はどういったものなのか。

 疑問は次々とわいてくる。

 何より、意識が形を作るというのならば、なぜ手の中に再び勾玉を実体化させることができないのかとヒラクは思った。


 ヒラクは、勾玉に導かれて剣をみつけた神王のことも気になった。

 神王がみつけた剣は偽物で勾玉は失われた。

 なぜあのようなことが起こるのか……。


 海の民と別れ、破壊神の島に着くまでの数週間、ヒラクはほとんど眠れずに鏡と勾玉と剣のことばかり考えていた。


 南南東の方角には小さな島々が無数に点在していた。

 どの島も島の形が亀の甲羅のような楕円形だ。


 海の民は破壊神の島はすぐみつかると言っていた。

 破壊神の島の目印は、先のとがった山だという。


 それはすぐにみつかった。


 海の真ん中に唐突に山がそそり立っていた。

 山頂部にいくほど岩肌が目立ち、裾野には緑の木々が広がり、海岸は黒い砂で覆われていた。

 海水は透明に澄んでいて、黒砂の浅瀬が島の周囲に広がっているのがよくわかる。


 キッドは破壊神の島に一番近い亀の甲羅の島の入江に船を着けた。

 そして目指す破壊神の島をじっと見る。

 呪術師の島に着いたとき以上にキッドは警戒していた。もうこれ以上仲間たちを失うわけにはいかない。


「ボートを出せ。まず俺が見に行ってくる」キッドは言った。


「おれも行くよ」すかさずヒラクはキッドに言った。


 キッドは一瞬うれしそうな顔をしたが、当然のようにユピもついてこようとしているので、たちまち不機嫌になり、口をへの字に結んだ。


「何があっても知らないからな」キッドはぷいっと顔をそむける。


「我々も共に行くから案ずるな」ジークが言った。


 ジークの横でハンスがにやにやと笑いながらキッドに言う。


「でも勾玉主の命が優先だからなぁ、そっちまでは手が回らねぇかもな」


 それを聞いてキッドの表情がさっと強ばった。

 するとゲンが話に割って入る。


「坊ちゃんの命はあっしが守りましょう。今度は反対するのはなしですよ」


 キッドはゲンの申し出を渋々承諾した。


 蛇腹屋もついていくというので、三兄弟は船で待つことにした。

 とくにカイは呪術師の島では自分の身さえ守ることができなかったため、今回は自分も行きたいとは言わなかった。


 上陸組は、ヒラク、ユピ、ジーク、ハンス、キッド、ゲン、蛇腹屋の七人だ。

 

 七人は二艘のボートに別れて、破壊神の島に上陸した。

 うだるような暑さの中、ヒラクたちはひとまず黒砂の海岸沿いに歩き出した。


 だが、すぐにその足は止められた。


 頭上をいくつかの黒い影が横切ったかと思うと、空から舞い降りた奇妙な生き物がヒラクたちの前に立ちはだかった。

 その生き物は人間と鳥が融合したような姿で、最も小さいものでも二メートルを超える身長があった。頭部は鋭い目と口ばしを持つ鳥、上半身は人間のように毛で覆われていない。肩甲骨から大きな翼が肩から生え、下半身は羽毛で覆われていた。


 鳥のような人間のようなその生き物は全部で「八羽」いた。それを「八人」と認識したのは、彼らが言葉を話したからだ。


「おまえたちは何者だ」


 その言語は神語だった。

 まっさきにヒラクが答えた。


「破壊神がここにいると聞いて来たんだ。どこにいるの?」


 鳥人とりびとたちは首の向きを回転させて、互いの顔を見合わせた。

 一人が甲高い声でさえずると、続けて他の者たちもけたたましく鳴き始める。


「なんか思い切り警戒されてるみたいだぞ。ヒラク、おまえ何言ったんだよ」


 キッドは青ざめた顔で言った。


「破壊神はどこにいるの?」ヒラクはもう一度鳥人に尋ねた。


 鳥人たちはさえずるのをぴたりと止めて、改めてヒラクをじっと見た。

 そしてまたせわしなく頭の向きを変える。


「この者たちは知能が低いのではないですか」ジークは訝るように言う。


「でも、確かに神語をしゃべったよ」ヒラクはジークに言った。「それに破壊神って言葉に反応している。きっと知ってるんだ」


「このような場合、どうしていいのか彼らには判断がつかないのだろうね」


 ヒラクの隣でユピが言った。そして自ら鳥人の前に進み出て神語で語りかける。


「君たちのやるべきことは僕たちを破壊神の元へ案内することだ」


 ユピの確信に満ちた言葉に鳥たちもなぜか納得してしまった。

 その上で再び困ったように首を動かしながら口々に言う。


「破壊神は洞窟にいるがおまえたちには会わないだろう」


「怒りを招くことはしたくない」


「村までなら案内してやる」


 ヒラクは彼らが言っていることをキッドに伝えた。


「どうする? ついていく?」


「危険はないのか」


 キッドは鳥人たちを気味悪そうに見て警戒した。


「不安があるのなら君は残るべきだ」ユピは言った。「ここでは言葉と思いが結びつけばすぐ現実化するらしい。君が不安を抱き、危険を予期して、そのことを口に出したなら、すぐにそのとおりになるだろう」


「そんなの俺に限ったことじゃないだろう。ヒラクだってびびってないわけじゃない。そうだよな?」


 キッドはヒラクに同意を求めるが、ユピの言葉がヒラクの心を決める。

 ヒラクは困ったようにユピを見た。

 ユピは微笑んでうなずく。


「大丈夫だよ。僕が大丈夫って言えば大丈夫。僕を信じられるよね」


「……うん」ヒラクはほっとしようにうなずいた。


「けっ、勝手にしろ」


 キッドはおもしろくなさそうにそっぽを向いた。


「でも俺もついていくからな。危険があったってそんなの何だっていうんだ。俺は呪術師の島からだって生き延びたんだ。何があっても大丈夫だ」


 居直るキッドを煙たがるようにユピは目を細めたが、ついてくるのを拒むこともなかった。


 結局全員が、山の裾野にあるという鳥人たちの村に行くことになった。


 鳥人とりびとたちはそう遠くないと言ったが、ヒラクたちの歩みでは一日かけてもたどりつかない。

 そこで鳥人たちはヒラクたちを一人ひとり抱えて飛ぶことにした。


 そしてヒラクたち七人を正面にしがみつかせると、鳥人たちはいっせいに飛び立った。


 高所恐怖症のキッドを運ぶ鳥人は、厄介な荷物を抱えることとなった。

 キッドは上空からふもとの森の樹冠を横目に見下ろすと、恐怖で気が遠くなり力が抜け、落ちそうになって鳥人に思い切りしがみついた。

 首をしめつけられた鳥人は苦しそうにもがきバランスを崩しかける。

 するとまたキッドが落とされまいとしがみつく。

 そのくり返しで、キッドを運ぶ鳥人だけが上下の振幅を大きくしながらふらふらと飛んでいた。


 ヒラクは山の裾野に広がる森を眺めながら、岩肌がむきだしになっている山頂部を見た。島の面積のほとんどがこの山で占められているといっていい。島の中心にそびえたつ山の迫力にヒラクは圧倒されていた。


 やがて鳥人たちが森に向かって一斉に下降した。

 林冠部の鳥人たちの村と思われる場所には枝と蔓を網の目のように絡め、葉を敷き詰めた寝床のようなものがあちこちに作られていた。

 多くの鳥人間たちが、枝に止まったり蔓で作った腰掛イスに座ったりしている。

 彼らの容姿は少しずつ異なっていた。

 ヒラクたちを連れてきた鳥人たちは、全体的に鳥の姿に近い人間と言えたが、村には、翼の代わりに腕がある者やくちばしはあるが羽毛にまったくおおわれていない小柄な人間もいた。当然彼らは飛べないだろう。

 ヒラクたちが案内されたのは、そんな人間の姿に近い者たちが暮らす場所だった。


 より人の姿に近い鳥人とりびとたちが住むのは、樹木を支柱にして建てられた木の家だ。

 ヒラクが入った家は複数の木を支えにして作られた大きなもので、ヒラクたちを案内してきた鳥人たちも入れるぐらいの広さがある。

 中にいた人に近い姿の鳥人たちは、鳥に近い者たちが入ってくると場所をゆずった。どうやらここでは鳥に近い姿をしている方が身分が高いらしい。

 翼はあるが、顔は人間という姿の者たちが、大きな窓から興味津々で中をのぞいている。


「おまえたち何しに来た?」


「おまえたち誰だ?」


「なぜここにいる?」


 ヒラクたちを案内してきた鳥人とりびとたちは口々に言った。


「こいつらまさに鳥頭でさぁ。自分たちが連れてきたのももう忘れてますぜ」


 ハンスはあきれたように言った。


 まるで首をひねるかのように落ち着きなく頭の向きを変える鳥たちにユピは言う。


「君たちは破壊神について知っていることを話すことができる。今ここで話すのはたやすいことだ」


「できる」


「それぐらい簡単」


「お安い御用だ」


 鳥たちの言葉に他の鳥たちも一斉にさえずった。


「破壊神は我らと同じ姿をしている」


 ヒラクの目の前の鳥人とりびとが言った。


「同じって鳥ってこと?」ヒラクは尋ねた。


「そうだ。翼がある」


「破壊神に翼?」ヒラクは首をひねる。


「我らは神の子だ。神と似た姿をしている」


「じゃあ、どうして人の姿が混ざってるの? 鳥よりもむしろおれたちに近い人だっているじゃないか」


 鳥たちはそれぞれ忙しなく顔の向きを変えながら答える。


「神は人と交わった」


「神の血が薄れた者ほど人の姿に近いのだ」


「神って破壊神? おまえたちは破壊神から生まれたの?」


 ヒラクの言葉に鳥たちはうなずくが、そのまま目を閉じ、舟をこぎ、うつむいたまま動かなくなった。


「……もしかして、眠っちまったんじゃねぇですかい?」


 あきれたようにハンスが言った。


 とうに日はくれ、窓の外にいた鳥人たちもすでにどこかに行っている。

 家の中は灯りもなく、ただ暗闇を待つだけだ。


「おれたちも今日はここで寝ることにしよう」


 ヒラクはそう言って、木の床にごろんと横になった。

 ヒラクを警護するようにジークもそばに腰を下ろした。


 破壊神の島とは鳥人たちの島だったのかと思って眠りについたヒラクだったが、翌朝それはまちがいだったと気づかされることになる。


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【登場人物】


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指す。途中、勾玉の光を失い、行き先を見失うが、ユピの言葉で破壊神の持つ剣を目指して破壊神の島へ向かう。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。言葉でヒラクを誘導し、行動を支配している。その目的は不明。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。かつて神王の民と呼ばれたネコナータ人であるものの、ルミネスキ女王の配下となり、神王の再来とされる神帝を討つことを目的としている。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。ジークに匹敵する戦闘能力をもつ。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪術師の島に行くことを交換条件にヒラクを船に乗せるが、今ではヒラクに友情を感じ、その旅に同行している。ユピの顔色をうかがうようになったヒラクに苛立ちを感じている。


リク……三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。


ゲン……刀傷で片目が塞がった白髪交じりの初老の海賊。他の海賊たちからの信望も厚く、グレイシャにも頼りにされている。


蛇腹屋……誰とも群れない謎の海賊。手風琴を演奏する音楽家だが剣士でもあり腕が立つ。



           

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