第3話 見慣れない船
翌朝、ヒラクが目を覚ますと、マダム・ヤンの三人の娘たちは化粧も落とさず、布の仕切りの向こうで眠っていた。
ヒラクにベッドを取られた娘も床に重なる服の上で丸まって寝ている。
ヒラクはすでに起きていたユピと一緒に階下の店に下りた。
店の中は酔っ払いたちの体から染み出す酒のにおいでむせかえるようだった。
マダム・ヤンは一人で床に散らばるブリキのコップを拾い集めていた。
「おばさん、おはよう」
ヒラクは明るく声を掛けた。
「ああ、おはよう。目が覚めたんなら、あんたらもちょっと手伝っておくれ。後始末が住んだら一緒に船を見に行けるさね」
マダム・ヤンはそう言って、ヒラクたちに汚れたコップや皿を集めさせた。
海賊たちは折り重なるようにして店のあちこちで寝ている。
その中にはハンスもいた。
ジークの姿はない。
「あれ? ジークは?」
ヒラクはマダム・ヤンに尋ねた。
「港の様子を見に行ったよ」
「えーっ、おれも行きたい! 連れてってよ」
「すぐに戻るよ。待ちながら、腹ごしらえでもするさね」
マダム・ヤンはそう言うが、ヒラクはすぐにも飛び出して行ってしまいそうな勢いだ。
「待つようにって言われているってのに、しょうがないねぇ……。ちょっと待ちな。出かける準備をするから」
「いいの?」ヒラクは顔を輝かせる。
「勝手に行かれるよりましだよ。それにどうせ狭い港さ。すぐにも向こうで会えるさね」
マダム・ヤンはそう言って、準備を済ませるとヒラクとユピを連れて店を出た。
外はよく晴れていた。
空の青を映すかのように海は鮮やかな青碧色で、白い岩場との対比がさわやかな印象を与える。
海沿いにあるこの町は、ルミネスキの城の周辺よりも温暖で、雪解けの春から一気にさわやかな初夏を迎えたような気候だった。
ヒラクが着ていた腰丈のケープはもう必要もない。
半袖のチュニック一枚でちょうどいいぐらいの気温だ。
ヒラクは岩場の高所に立つと、海に向かって両腕を広げて深く息を吸い込んだ。
海から吹く風に潮の香りはなく、さらりと肌の上をすべるようだった。
「ここで朝食にするさね」
マダム・ヤンはヒラクに追いつくと、手に持っていたバスケットを開けた。
そしてかたわらにいたユピに敷物を広げさせた。
マダム・ヤンはヒラクとユピを敷物の上に座らせると、棒状のパンに縦に切り込みを入れて、ゆでたエビとアボガドとタマネギを挟め、酸味のあるソースをかけて手渡した。
ヒラクは、挟めた具材をあふれさせながら、歯ごたえのあるパリッとしたパンをおいしそうにほおばった。
波の音と海鳥の声が眼前の海のきらめきの中に吸い込まれていく。
「酒臭い店で食べるより外の方がずっといいさね。景色だけで数倍おいしくなる」
マダム・ヤンの言葉にヒラクは口の中をいっぱいにしてうなずいた。
久しぶりに味わう明るく開放的な気分だ。
ヒラクとは対照的に、ユピは明るい日差しを避けるように手でひさしを作り、まぶしそうに目を伏せた。
ふと何かに気づいたマダム・ヤンは立ち上がり、船着場の船を眺める。
「見慣れない船があるね」
マダム・ヤンはそう言うと、ヒラクたちを連れて船着場へ向かった。
やがて船着き場に着くと、マダム・ヤンは気になった船に近づいて行った。
マダム・ヤンが言っていた船は三本マストの先にそれぞれ赤、青、黄色の細い旗を先端になびかせ、緑の帆をたたんでいた。
船首楼と船尾楼は低く、船腹が広い。
小型ではあるが帆走性能は高いだろうことをマダム・ヤンは見て取った。
「拿捕した船とはちがうね。こいつは商船なんかじゃない。速さと攻撃を重視して作られた快速帆船さね」
マダム・ヤンは一人で船に近づいていき、船員に声を掛けた。
頭に赤い布を巻いた目の細い日焼けした青年がマダム・ヤンの呼びかけに応じて甲板から降りてきた。
マダム・ヤンが思ったとおり、その船は海賊島から来た船だった。
「せっかく船をみつけたってのに、あんたの連れはどこに行ってるのかね」
マダム・ヤンがそう言うと、すぐにでも海賊島に行きたいヒラクは、ジークを探すために駆け出した。
「おれ、ジークを探してくるよ」
「お待ち! そんなに走ると転ぶさね」
マダム・ヤンはヒラクに言うが、すでにヒラクの姿は小さくなっている。
後を追うユピもすぐにヒラクを見失ってしまった。
マダム・ヤンはヒラクが走り去った方角をずっと見ている。
先ほど声をかけた船の船員たちが後ろからつけてきていることにも気づかない……。
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