第4話 緑の髪の少年
港でジークを探すヒラクは、掘っ立て小屋が軒を連ねて並ぶ場所まで来て足を止めた。
小屋では衣服や野菜や宝飾品など、雑多に様々な物が売られ、この地に住みつく女たちやそれをひやかしにくる男たちでにぎわっていた。
ヒラクは興味深げに一軒一軒小屋の中をのぞいていく。
マダム・ヤンより先にヒラクをみつけたユピは、ヒラクを呼んで手を振った。
すぐにヒラクは気がついて、ユピがどこにいるかを確かめようとした。
だが次の瞬間、ヒラクの目が捉えたユピの銀色の髪は、人ごみに紛れて忽然と消えた。
「ユピ!」
ヒラクはすぐに異変を察知して、人をかきわけながらユピがいた場所まで走った。
大男がぐったりとしたユピを肩に乗せて走り去っていく。
二人の若者が一緒に船着場の方に向かって走った。
赤い布を頭に巻きつけた細目で背の高い青年はその場に残り、あたりをきょろきょろと見回す。
そして走ってくるヒラクに気がつくと、手招きして大声で呼んだ。
「おーい! こっちだ。早くしろ」
そう言うや、赤布を頭に巻いた背の高い青年はヒラクを走り出した。
ヒラクは全速力で追いかけた。
ユピをさらった若者たちは、船着場に駆け戻ると、自分たちの船に急いで乗り込んだ。
船で待っていた仲間はすでに出港の準備をしている。
今にも動き出そうとする船を見て、ヒラクは息を切らして叫んだ。
「行かせるか! 待て!」
「おまえがもたもたしてるからだぞ」
目の前を走る赤布を頭に巻いた青年が大声でヒラクに言った。
そして青年とヒラクはほとんど同時に船に乗り込んだ。
ヒラクの息が整う間もなく、船は船着場を離れる。
ヒラクは甲板の上を見回し、ユピの姿を探した。
そして船べりで横たわるユピをみつけると、ヒラクは血相を変えて駆け寄った。
「ユピ、しっかりして!」
そのとき、船が大きく揺れた。
甲板上の若者たちは索具を動かし、桁の向きを調整して緑と白の横縞の派手な三角帆に風をふくませる。
みるみる船はスピードを上げ、海面を滑るように走りだした。
男たちは歓声に沸き、マストに上っていた若者たちも甲板に降りてきて、互いに手を叩き合った。
「うまいこといったな!」
「やったぜ、船長」
「祝杯だ」
海賊たちが大声を上げながらヒラクたちに近づいてきた。
そしてヒラクの顔を見るや、若者たちはいっせいに言葉を失い、口をぽかんと開けたまま、間抜けな顔を横に並べた。
「カイ、これってどういうこと?」
青い布を頭に巻いた背の高い青年が言った。
カイと呼ばれたのは、ヒラクが追いかけてきた赤布を頭に巻いた青年だ。
細目で面長の顔をした二人はよく似ているが、荒っぽいが陽気で明るい印象のカイに対し、青布の青年は、どこかけだるげで何事にも無関心といった雰囲気だ。
「何こいつ?」
「知らねーよ。こいつが勝手に船に乗ってきたんだ」
カイは青布の青年をにらみつけ、大声をあげて言った。
「で? キッドはどこ?」
青布を頭に巻いた青年が淡々とした口調で尋ねると、似たような顔をしたもう一人が近づいてきてのんきに言った。
「もしかして置いてきたんじゃないのか?」
そう言ったのは頭に黄色い布を巻いた青年だ。
布の色分けがなければ見分けがつかないほど、三人は三つ子のようによく似ていた。
のんびりした様子の黄布の青年の横で赤布の青年は顔色を変えてあわてふためく。
「やべー、すぐ戻んねーと!」赤布の青年が言った。
「戻るならカイ一人で戻れよ」
青布の青年がめんどくさそうに言うと、カイと呼ばれた赤布の青年は怒って言い返す。
「なんだと、クウ、この野郎。おまえが行くのめんどくせぇって言うから俺が行ったんだぞ」
「言ってねーし」
「言ってるようなもんだったろうが」
「知らねーよ」
クウと呼ばれた青布の青年は、うるさそうに耳の穴をほじってあくびをした。
黄色い布を頭に巻いた青年は、カイとクウを無視してじっとヒラクを見ている。
他の二人とよく似た切れ長の目は、笑っているようにも見える。
穏やかな雰囲気の黄色い布の青年は、合点がいったようにうなずくとヒラクを指差しながら言う。
「とにかく、事実をまとめると、キッドは船に乗っていない。代わりにこいつがいる。どうやらキッドは港に置いてきたらしい。そういうことだ」
甲板上の若者たちは首を上下に振ってうなずく。
「さすがリクの兄貴。俺でもよくわかったぜ」
「俺も」
「俺も」
リクと呼ばれた黄色い布の青年は、甲板上の若者たちにかみくだくように説明しながら、今度はユピに目を向けた。
「で、キッドは置いてきたけど、とりあえずこの勾玉主は手に入れた。そういうことだ」
リクがユピを指差すと、ヒラクはその手を払いのけて言った。
「ユピは勾玉主じゃない。勾玉主はおれだ!」
リクは少し黙って考えると、改めてユピを指差して話しはじめた。
「事実をまとめると、俺たちがさらってきたのは勾玉主じゃない。でも勾玉主もついてきた。どちらにしても勾玉主強奪は成功。ただ首謀者のキッドがここにいない。そういうことだ」
「そんなことより、置いてきたキッドはどうするんだよ」
赤布のカイは苛立ち、のんびりとした様子の黄布のリクを怒鳴りつけた。
リクはまったく意に介さない様子で甲板上の全員に向かって言う。
「とにかく俺たちは島に帰ろう。勾玉主を追ってキッドも戻ってくるさ」
「それがいいや。探しに行くより待つ方がめんどくさくねぇもんな」
青布のクウはそう言うと、生あくびで甲板の下に降りていった。
ほかの若者たちもばらばらとその場を離れていく。
赤布のカイはその場に残り、気を失ったままのユピの顔をのぞきこむ。
ヒラクが間に入ってカイをにらみつけた。
カイは首をすくめて言う。
「別にとって食いやしないって。いくら上玉でも女じゃなきゃ興味ねーよ。そいつ、男だろう?」
「……そうだけど」
ヒラクの言葉にカイはあからさまにがっかりした顔をする。
「あーあ、やっぱりか。ちぇっ。どうせさらってくるなら、若い女の一人や二人かっさらってくりゃよかったぜ」
「ひっかかれて、ひっぱたかれて、逃げられるのがオチだろうな」
隣で黄布のリクがおっとりとした口調で言う。
軽薄だが親しみやすさのあるカイと温厚そうなリクに対してヒラクは警戒心をやわらげた。
「ねえ、この船どこに行くの?」
ヒラクが尋ねると、赤布のカイはまだがっかりした表情で投げやりに答える。
「俺たちの島だよ」
カイの言葉に黄布のリクが付け足す。
「海賊島って呼ばれてる」
「本当? おれたちそこに行きたかったんだ」
「知ってるさ。南に行くための船が必要なんだろう?」
リクが言うと、ヒラクは今自分が置かれている状況も忘れて顔を輝かせる。
「うん。おれ、南に行きたいんだ」
「おまえが俺たちに協力すれば、船は南にすぐ出るぜ」
そう言って赤布のカイはにやりと笑った。
細い切れ長の目は、よく似た黄布と青布の他の二人よりも鋭い。
「俺たちじゃなくてキッドにだろう?」
黄布のリクがカイの言葉を訂正した。
「キッドって誰?」
ヒラクは先ほどから出てくる名前が気になった。
「まあ、そのうち会えるだろうよ」
そう言いながら、赤布のカイは指先でヒラクの髪をつまみあげた。
「ところで、おまえもやっぱり呪われてるわけ?」
どこかで同じことを聞いたとヒラクは思った。
その頃、マダム・ヤンは、ジークとハンスと一緒に港一帯を駆け回ってヒラクとユピを捜していた。
そして船着場まで戻ってくると、後悔と疲労がにじみ出る声でつぶやいた。
「これだけ捜していないんだ。間違いないさね。あの子たちはきっとあの船で連れて行かれたのさ」
「じゃあ海賊島に行ったってことかい? ところでそいつは本当に海賊島に行く船だったのかい?」
ハンスはマダム・ヤンに聞き返した。
マダム・ヤンは、三本マストの快速船が停泊していた場所に立ってじっと海の向こうを見ている。
すでに日も暮れかけて、西の海は金色に輝いていた。
「私がそばを離れていたばかりにこんなことに……」
ジークは握りしめたこぶしに力を込めて、やり場のない怒りに肩を震わせた。
同情するようにマダム・ヤンはジークの肩に手を置いた。
「おい、あれ……」
何かをみつけたハンスの視線の先を確かめようと、マダム・ヤンとジークが振り返った。
人の往来も減った船着場に一人たたずむ子どもの姿が見える。
子どもは肩を落して呆然と海を眺めている。
夕闇の中、遠目にではあるが、その緑の髪の色を確認したジークは、子どものそばに駆け寄った。
「勾玉主様……?」
ジークの声に振り返った緑の髪の子どもは、手の甲であわてて涙をぬぐった。
「ヒラクなのかい?」
駆け寄ってきたマダム・ヤンは顔をよく見ようとするが、ハンスはすぐに気がついた。
「人違いだ。勾玉主じゃねぇや」
緑の髪の子どもは涙目でハンスをにらみつけた。
「何が勾玉主だ、ちきしょう。そんなもんもう知るか! よくもあいつら、俺様を置いてきぼりに……」
子どもは泣きそうになるのを必死にこらえているふうだった。
アーモンド形のややつりあがった大きな瞳の色は赤褐色で、ヒラクの琥珀色の瞳とはちがう。
緑色の髪は、肩先まであるヒラクの髪よりも短い。
身長はヒラクと同じぐらいで、年も変わらないようだが、その声は、変声期を終えた少年のもので、別人であることはまちがいない。少年のように見えても、ヒラクは女の子だ。
「何者だ。勾玉主様になりすましてどういうつもりだ」
ジークは少年の髪をひきつかんだ。
「いてぇ、何するんだよ」
少年は大きな目をぎらりと光らせてジークをにらみつけた。
「おやめよ。この子はそんなんじゃないさね」
マダム・ヤンがジークを止めた。
そして改めて少年をじっと見て、確信を込めて言う。
「あんたが呪われているってうわさの海賊島のキッドだね」
少年は、ぷいっと顔をそむけながらも、しっかりとうなずいた。
その髪の色はヒラクと同じ鮮やかな緑色だった。
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