第9話 +α 回帰 2 山中 彩(大人編)
「おじちゃま、頑張って! 今度こそ打って! ファイト!」
「
「
「野球をろくに知らない陽菜に、そんなこと言われたくない」
「知ってますよ。おじちゃまの前に打った新人さんは、球界一のイケメンって呼ばれてます。身長も体重もニックネームも、苦手な食べ物もリサーチ済みです」
「陽菜の野球の見方は、邪道だ」
「邪道上等。それも一つの道だもん」
いつもながらに賑やかな、彩の大切な双子ちゃんたちである。来年は二人そろって高校生になるわけだけれど、大丈夫だろうか。
彩も夫の
親切で、明るくて、気さくで、そしておせっかい。
おとといの夜、姉の陽菜の帰りが遅かった。綿貫の祖父母の家に遊びに行った帰り、バス代が足りなくなったので、五十八分かけて歩いて帰ってきたという。
「小学生の男の子が、お財布落としてバスに乗れないって困っていたから、貸してあげたのよ」
心配する彩をよそに、ケロリとした顔で健脚陽菜は帰宅した。、
弟の隆太郎は、同じマンションでひとり暮らしをする老婦人の家に時々行く。そして、電球の交換や、窓ふきを手伝っているようだ。彩や朔にはあまり知られたくないようなので、見て見ぬふりをしている。
双子の行動は、彩に篤志を思いださせた。
時折、朔も双子の行動に苦笑いしているときがあるので、彼も同じなのだろう。
彩にとり篤志はかけがえのない人だ。双子の兄妹として育ち、自分で言うのもなんだか、仲だって良かった。
そんな関係だったせいか、彩の朔への恋心は、早々に篤志にバレた。なんとも恥ずかしかったけれど、彩と朔は篤志を介して繋がっているのだから、いたしかたないと思った。
いつから朔が好きだったのだろうと記憶をたどる。すると、やっぱりあのセンバツの雨の映像が浮かんでしまうのだ。今でも彩は、雨の中ひたすらボールを投げ続けた朔を思うと、胸が苦しくなってしまう。
篤志は、気まぐれに朔について話してきた。
好きなものは、セロリに枝豆にスイカ。嫌いなものは、モツ。音楽よりも読書が好き。意外と字がうまい。普段、勉強はしていないけれど、テストの点はいい。数字に強い。だからって、数学が好きなわけでもなさそう。年寄りに弱い。毒舌。
高校三年生の時、篤志が夕飯に朔と
互いの緊張に気が付いた彩と実和子は、顔を見合わせ苦笑いしたのを覚えている。
彩は、篤志が好きな女の子を見たのは初めてだった。
実和子は、すっきりとした顔立ちで、眼鏡の向こうの大きな瞳がきれいだった。あの目で見つめられたら、同性である彩もドキドキしてしまいそうだ。
実和子は、堅実で頭がよさそうで、誰かに頼るというよりは、自分の足でしっかりと立ち、歩いていくような、そんなひとだと思えた。彩は、篤志の目の高さに驚いた。
篤志は将来、プロ野球選手を目指すと公言していただけに、しっかり者の実和子の存在は、家族としては願ったり叶ったりだったのだ。
それが、あんなことになり……。
けれど、そこでくじけないのが実和子だった。法律を勉強したいので援助してほしいと篤志に伝え、関係を繋ぎとめた。
そして、彼女は「彩さん、わたし司法試験に合格してしまいました」
半ば呆然とした様子で、喜ばしい知らせを伝えてきた。
テレビから歓声が上がる。篤志が打った球はファールだった。今、あの場所には、篤志だけでなく朔も酒向 覚もいる。
篤志が久しぶりにかけてきた電話で、今度の試合に呼んでほしいと言ってきたのは、両親でもなく、妹でもなくあの二人だった。
彩の大切な双子ちゃんは、いつかの篤志のように、ソファに座る彩の前で、テレビにかじりつくかのようにして試合を見ている。
結局、篤志は、甲子園でのキャッチボールを何回したのだろう。兄が帰ってきたら、彩は聞いてみようと思っている。
篤志のことだ、とぼけながらも案外正確に数をカウントしているかもしれない。
幼いときからの夢を叶える人は少ない。
才能は、あったのだろう。
でも、それだけじゃない。
叶えるだけの覚悟と努力があったのだ。
そんな兄を、彩は尊敬している。
本人に向かっては言わないけれど。
テレビのスピーカーから、軽快な音が鳴り響く。
陽菜と隆太郎が、両手のこぶしを上げて立ち上がる。
彩の目の前で、篤志の打ったボールが虹のような弧を描き、客席へと入っていった。
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