サクラ 13

 古川は人気のない並木道を変異種の青年、雨宮に肩を貸しながら自身の体も引きずるように歩いていた。

「くそっ、こんなはずでは」

 これからどうすればいいのか。

 街を出ることは必至だが、その後サクラ達の言うように罪を償って生きていく気持ちは微塵もわいてこなかった。

 手元に残ったのは雨宮だけだ。

 この変異種の力を使って成り上がり、いずれサクラ達に報復をしてやるか、と計画を立て始めている自分に気が付く。

 変異種の軍団を使ってあの取り巻き連中を血祭りにあげるか。

 それとも政府や警察を牛耳って合法的に追い詰めてやるか。

 成りあがったのちにどう報復するかのパターンはいくつも考え付いたが、それに至る計画はほとんど出てこない。

 脅し、奪い、盗み、あくまで自分の手を汚さず、と楽観的なことを考えていると前方からだらしなく上着を羽織った人影が現れた。

 こんな夜更けに誰だと思いつつも、そもそも自分が呼び出していたことに思い至る。

 東雲 花織。サクラの叔父だ。

 夕刻に花織が家を空けた時に雨宮を使って大事にしていると聞くボトルシップを盗み出させた。

 そして書置きした後、サクラを呼び出したのだ。

 ボトルシップを返してほしければここへ来いと。

 本来の計画では、雨宮が魁達に殺されて単身ここに来るはずだった。

 ここでのこのことやってきた花織を始末して全てうまくいく計画だった。ここなら死体を隠すのにも丁度いい。

 スタンガンもそのために用意した物だ。

 花織は手に持ったメモ、古川が置いていった地図と古川達を交互に見比べると恐る恐る確認するように言う。

「君達が、僕のボトルシップを持って行った人かい?」

 古川はふんと鼻を鳴らす。

 正直忘れていたし、もうどうでもいい。

 しらばっくれて立ち去るのが一番なのだろうが、どうやら花織は目の前の男が、以前に自分が足腰立たなくなるまで叩きのめした相手だと気付いていないらしい。

 古川も長い療養で様相が変わっているとは言え、覚えてもいないとは。

 古川の心に黒いものが沸き上がる。

「そうなのかい? もしそうなら、返してさえくれれば怒らないよ」

 花織は持ち去った相手なのか確信が持てないのか腰が低めだ。

 そうだ、キレると手が付けられない引き籠りニートを放置しておくこともない。計画は失敗したが、せめてコイツに以前のお返しをしてやるか、と古川は不遜な態度で仁王立ちする。

「あんなもん、いつまでも持ってるワケないだろうが。すぐに壊して捨てたよ」

 花織も殺す予定だったのだ。大事に保管などするわけがない。

「え?」

 花織は言葉の意味を理解しかねるように聞き返す。

「あんなプラモの何が大事なんだか。まったく引き籠りニートってやつは」

 もっともそれをエサに呼び出したのだからそうでなくては困るのだが、こうして改めて考えると乾いた笑いしか出ない。

「壊したのかい? 本当に?」

 花織は茫然としたようにうつむく。

「雨宮、仕事だ。コイツを殺せ! 八つ裂きにしろ!」

 後のことなど知ったことか、と言わんばかりに激高する。

 雨宮は言葉に反応して体を変異させる。

 だが花織は泣いているのか俯いたまま体を震わせていた。

「ひと思いに殺すなよ。なぶり殺しだ」

 花織は悲しさのあまり、周りが目に入っていないようだ。そんな状態で一気に殺しても気が晴れない。

 雨宮はゆっくりと花織に近づく。

 だが花織はそれでも拳を握り締めて悲しみに打ち震えていた。

「僕の……、僕の……」

 花織はぐぐ……と身を屈めるようにうずくまると、一気に体を起こす。

 が、その体は変異した雨宮よりも巨大だった。

 着ていた服を破り、分厚い胸と太い腕を広げて雄叫びを上げる。

 この声に打たれたように雨宮は動きを止めたが、すぐにその体は大きく弾け飛んだ。

 古川の頬をかすめるように飛んだ雨宮は並木の樹に体を打ち付ける。

 変異種でなければ死んでいただろうと思わせるほど、体と手足が変な方向にねじ曲がっていた。

 呆然と向き直る古川の前に、巨大な塊が立つ。

「あ、あの……」

 理解が追いつくよりも前に、古川はひしゃげた。





「ただいまー」

「やあ、おかえり。今日も早かったね」

 サクラは明るく返事をしてカバンから手に入れてきた物を取り出す。

「お。ありがとう。これなかなか売ってないパーツなんだよね」

 サクラは屈託のない笑みを返す。

 真一のツテで花織が欲しいと言った模型の部品を譲ってもらったのだ。

「でも、ホント酷いことする人もいるんだね」

「ホント。あんな物……、って僕が言うのも何だけど盗むなんてね。作った人の想いが込められる物だから盗んだ物に価値があるとは思えないし。何より未完成だからね」

 こんなことなら見守りカメラをずっとつけていればよかったとも思うが、これ以上盗まれる物もないし、真一が覗けるカメラが家にあるのもマズイ。

 かといって監視カメラを新しく付けるような家でもない。

「想いって……、どんな想いが込められてるの?」

「うーん、僕のは想いというより、禅かな? こうしていると無心になれるというか、嫌なことを考えなくてもいいというか」

 ふーん、とよく分からない様子のサクラだが、

「想いが込められてるなら、きっと盗んだ人はバチが当たってるわよ」

「そうだね。でも、なぜかそんな気はするんだよね。よくわからないけど」

 と笑う花織にサクラも合わせるように笑った。

「なんか、最近急に明るくなったね」

 そお? とサクラは答えたが、思い返せば確かにそうだ。

「うーん、疑いが……じゃない悩みが晴れたからかなー」

「そうか。そりゃよかったね」

 花織は手に入れたパーツを値踏みしながら言う。

「何か、悩んでたんだ」

「ううん、気が付いただけ」

 と言って、サクラは花織の背後から抱き着く。

 おいおい、と若干動揺する花織に構わず、

「私にも、仲間や家族がいるんだって」

 と言って腕に力を込めた。

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