サクラ 10

 もし、花織が変異種なら一番危険なのは誰か。

 サクラは一緒に暮らしているが、今まで危険になったことは無い。

 これからは分からないが、それでも今更身に危険を感じて態度を変えるものではない。

 そう、今一番危険なのは古川。

 昔の因縁もあり、今また交流を持った古川が危ない。

 関係を断つことで安全になるかもしれないが、絶対ではない。

 既に一緒いる所を見られているのなら遅いだろう。

 それに真実を確かめるのはサクラ一人の力では無理だ。

 協力者が必要。

 魁や真一の協力を得るのは花織が変異種だと確定してからだ。

 それまで協力をしてくれそうな人は……。

 サクラは以前古川に会った近辺を探す。

 花織に直接狙われる危険のある古川に、警鐘の意味も込めて協力してもらうのが最善の策のように思えた。

 サクラは気安い友達は少ないが、古川は元教師ということもあって情報網も多いかもしれない。

 形式上は不祥事で職を追われたが、誤解からくる災難だったと同情してくれる人も多かったと聞く。

 そんなことを考えながら近辺をうろついていると、学童を誘導している古川を見つけた。

 古川は案の定ここに来てはいけないというようなことを言ったが、禁止されているのは古川がサクラに近づくことであって、サクラから近づく分には問題ないはずだと押し切った。

 もちろんそんなことを証明するのは難しいので、父親の耳に入ったら大事なのだが、今はそんな時ではなかった。

 サクラは地元から少し離れたファミレスに入り、事情を説明する。

 最近変異種が事件を起こしていること。

 その変異種がこの前見た奴で、サクラの叔父かもしれないこと。

 サクラの友達が変異種を討伐する役を担っていて、今はまだ相談したくないこと。

 そして、花織が変異種なら古川の身が危険になるかもしれないから警戒しておいてほしいこと。

「俄かには、信じられないな……」

 それは花織のことだろうか、それとも変異種そのものについてだろうか。

 古川も目の当たりにしたとは言え、やはりアレはただの猛獣だったのではないかと思う所もあるのかもしれない。

 もっとも猛獣と街中で遭遇したのなら、それはそれで大事なのだが。

「猛獣なら、もっとニュースになってるはずでしょ? 変異種は人間の知能があるから、そう簡単に尻尾を掴ませないんですよ」

 真一の受け売りを言ってみる。

「それもだけど……。その……、君の叔父さんが」

「まだ証拠はないんですよ!」

 そう。証拠はない。

 むしろそうでなければいい。

 そうでない証拠を掴みたい。

 疑い始めた今でも花織と一緒にいることに恐怖は感じない。

 サクラが襲われる可能性があるのなら、とっくにそうなっている。

 しかし他の人間は分からない。

 そしてそんなことはしてほしくない。

 サクラは自分の思いの丈を語った。

「それで……。もしもだよ? 君の叔父さんが変異種だったら、君はどうするんだい?」

 う……、とサクラは言葉に詰まる。

「こんなことは聞きたくないんだよ? でも、それをハッキリさせておかないと、対策を立てにくいから」

 古川の言うことはもっともなのだろう。

 事実を隠ぺいしたいのか、公にしたいのか。裁きを受けさせたいのか、討伐したいのか。

「もちろん、そうでないに越したことはないんだよ。でもそうだった時に、取り返しのつかないことになるかもしれないからね」

 サクラは肩を落とす。

 そうなのだ。頭では分かっていたが、その考えからずっと目を逸らし続けてきた。

 はっきりさせようと決めた時点で、それも考えておくべきだったのだ。

 いや、本当は決まっている。

「その時は……」

 サクラは意を決したように口を開く。

「わたしが……、わたし達が決着を着けます」

 サクラ自身がシノブシに依頼する。

 もちろん、魁にそんなことはさせたくない。

 これはサクラが負うべき業。サクラ自身が手をかけるも同然のことだ。

「ごめんね。そんなことを言わせて。でもその覚悟があるのなら、協力するよ」

 古川は目を伏せがちにだが了承してくれた。

 確かに元教職員が、変異種とは言え人を殺しているかもしれない者を見逃すのに手は貸せないだろう。

「僕もボランティアで懇意にしてる生徒はいるからね。彼らから色々聞いてみるし、それとなく協力してもらったりしてみるよ」

 もちろん危険なことはしない。自分の身の安全も確保しながらだと言う。

 サクラはお願いしますと笑顔を向け、久しぶりに会ったこともあり、雑談に華を咲かせてその場は別れた。

 サクラは久々に気持ちが軽くなったような気がした。

 やはり相談してよかった、と数日ぶりにゆっくりと眠ることができた。

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