サクラ 8

 毎週日曜の朝に放映する子供に人気のアニメがある。

 今年で7年目に突入するが、前番組も同じ会社のアニメで、前作のファン層をそのまま引き継いだ歴史あるシリーズだ。

 元々は小学校低学年年齢層に向けて作られているが、初回のシリーズが放映されてからはもう十数年経っているので、当時小学生だった子供も立派に自分でお金を稼ぐ歳になっている。

 今も小さな子供に人気があるが、大きなお友達に向けてのサービスもあった。

 早い話が巨乳で露出が多い。

 純粋にキャラクターの可愛らしさもあるが、アニメの前シリーズで演出を担当していたスタッフが今シリーズの監督をやっている。

 なので長いファンには、自分達が育て上げた子供を応援する気持ちで見続けている者もいるくらいだ。

 作品というのはファンによって作られる、というのもアニメ雑誌によく取り上げられている。

 実際ファンの要望によって開始時のコンセプトとは随分離れている……と嘆く声も僅かに囁かれる。

 そんな伝統と歴史のあるアニメのため、フィギュアともなればそのクオリティは常軌を逸していた。

 今の玩具はここまで凄い物なのか、と感心しながらショーケースに並んだ人形を眺めていたが、サクラは周囲の視線にやや顔をしかめた。

 件のアニメもよく「こんな人間いるわけない」「重心がおかしい」「自然の摂理に反している」と度々叩かれるのだが、それをかなり近い形で再現しているサクラはこういう場所では露骨に注目される。

 だから普段優実の買い物の誘いも断ることが多かった。

 優実が華道を習い始めてからはその機会も少なくっていたのだが、やはりこういう場所は居心地が悪い。

 しかも一人で来るのは初めてだった。

 サクラはアイドルマエストロの書かれたプレートを探す。

 確かに胸に付けた首飾りに宝石が埋め込まれている。青、緑、黄色とキャラクターによって決められているようだ。

 たかがプラスチックと思っていたが、そうとは思えないような照り返しがある。

 まるで本物の宝石だ。

 これならすり替えても分からないかもしれない、とお目当ての赤色を探すがなかなか無い。

 どうやら一番人気のキャラクターのようだ。

 いくつか見つけたが大きさが足りない。

 証と入れ替えるならもう少し大きい物でないと……、と店の奥へ向かうと見つかった。

 これだ、これなら色、大きさ申し分ない……、とそのままプレートに目を落として愕然とする。

 そこに書かれた値段はサクラの月のお小遣いのほとんどを占めるものだった。

 確かにそのクオリティのフィギュアなら納得できるものだろう。

 一般人に手が届かないほど法外と言うわけではないが、既に今月の分はほぼ使い切っている状態で手が届く物ではない。

 前借りしようにも、今までにざんざんやっては次の月に泣きついたので前借り禁止を言い渡されていた。

 サクラの歳では金融機関から借りることもできないが、後で返すなら貸してくれそうなアテがないわけでもない。

 しかし……、とサクラは細かな造形の施されたフィギュアを見る。

 欲しいのはあくまで胸に付いた宝石一つ。

 手に入れたとして、残りの人形をどうすればいいのか。

 家に飾る趣味は無いし、露骨に宝石の欠けた本体だけが家にあるのも怪しいだろう。

 かといって部品の欠けた残り物に値が付くとも思えない。

 捨ててしまうしかないが、これを作った人の想いを踏みにじるようで気が引けた。

 ショーケースの前で肩を落としていると背後から声がかかる。

「それ、欲しいの?」

 顔を上げるといかにもというような風貌の男がガラスに写って見えた。

 目が落ちくぼんで隈があり、痩せて髪も無造作だが、年はそれほどいってなさそうだ。

 サクラは反射的に立ち上がる。

「い、いえ。違います。宝石がキレイだなーって」

 こういう輩に話しかけられると厄介だ、とサクラは早々に立ち去ろうとするが、

「あげるよ」

 という言葉に足を止めた。

「宝石」

 男はサクラの方を見ずにフィギュアを凝視して言う。

 サクラは一瞬意味を捉えかねて男を訝しげに見た。

「魔改造するのに装飾品はいらないんだ。僕がこれを買うから、飾りのパーツは君にあげる」

 サクラは息を飲んだ。

 そんな話に乗っていいものかどうか悩んだが、サクラも持ち金を出し、貸し借り無しの形でなら、と提案して受けることにした。

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