サクラ 6
「じゃ、僕の家で作戦会議ってことで。サクラさんはどうします?」
「えっ!?」
真一の声に我に返ったサクラは何を言われたのかと予想を巡らせる。
今サクラに対して問われることは限られていた。
「そ、そうね。今日は暇だし、ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいわよ」
真一は少しだけ意外そうな顔をしたが、快く承知してくれた。
サクラがその日の気分で考えを変えることなど珍しくはないし、元々優美と談笑しているだけで役に立つようなことは無いのだ。
真一の家への道中、サクラはずっと頭の後ろに腕を組んで昨日から頭の中を巡っていることを反芻している。
どうせ答えなど出ないことは分かっているのに気が付いたら同じことを考え出している。
そんな状態だ。
「これが被害者の怪我や証言などから推測した変異種の特徴です」
警察のコンピューターに侵入するのは今となっては簡単なことではないが、逆にネット情報が豊潤化して情報には事欠かない。
しかし偽情報も多く混ざっているので選別に一工夫していると真一は言う。
そんな中で比較的信憑性のある変異種像が以下。
外見は猿のような風貌で俊敏。爪はあるものの鋭くはなく切り裂いたような傷の被害はない。
変異種だけあって力は強いようで、重傷者の被害が多い。
噂では死者も出ていると言われているが、調査した限りでは信憑性はないようだ。
ただ狡猾で人目のある中には現れない、
「これまでと比較しても、活動時間の多くが昼間だというのは珍しいですね」
大抵の変異種は夜目が利き、人目の少ない夜を狙って活動する。
捕まりにくいのと、変異種も普段は人として普通に生活しているからだろう。
「ニートの変異種なんじゃないの?」
優美がケタケタと笑いながら冗談めかして言うが、サクラの顔は引きつる。
「でも、あり得るかもしれません。近隣のニートと言える人達をリストアップしてみましょうか」
「ダメよ!!」
真一の言葉をサクラが勢いよく遮る。
皆の驚いた視線を受けてサクラは我に返ったように言う。
「ほ、ほら。プライバシーがあるじゃない。ニートの人だって好きでそうなってるんじゃないのかもしれないのに。勝手に調べられた挙句に変異種の疑いをかけられるなんて、いい気しないでしょ?」
「……まあ、それはそうかもしれませんね」
正論には違いないが、それをサクラが言ったことにやや釈然としないものを感じるという面持ちだ。
「確かに容疑者を絞るのは、もう少し情報を集めてからでも遅くないでしょう」
話が振り出しに戻ってしまった所でサクラがおずおずと聞く。
「まだ人は死んでないってホント?」
「今の所は。でも重傷で入院している人がいるのは事実なので」
まだ分からない。
それにあくまで運が良かっただけで、死んでいたとしても何も不思議はなかったのだ。
被害者の話によると獣のような変異種はただ滅茶苦茶に暴れ回っただけで、命を奪おうとかそういう意図は感じなかったようだ。
ただ感情のままに暴力を振るう。
しかし変異種の力でそれをやっては、首の骨が折れたり、目や内臓など、後遺症が残る怪我を負わせられる。
「死者が出る前に何とかしないといけません」
「そんなの警察の仕事でしょう? 警察はピストル持ってるんだよ?」
優美の言葉に真一は苦笑いする。
「まだ変異種の存在を信じていない人も世の中にはいるんですよ。警察の中にもです。そういう人達が変異種に遭遇すると危険です」
それに変異種が現れ始めた当初とは違い、変異種にも変化があってそう簡単には人前に出てこない。
それは変異を繰り返すうちに慣れてきて自我を保つようになったためと言われている。
獣のような風貌をしながら犯罪者のように警察には足を着かせない。
それが変異種の噂を愉快的な妄想だと言う人が多くなった所以でもある。
「そういう時こそ、シノブシの出番なんですよ」
息巻く真一に優美は相変わらずの呆れ顔だが、普段同じ顔で横に並ぶはずのサクラはおずおずと聞く。
「それで……、その変異種をどうするの?」
真一はそうですねぇ、と眼鏡を押さえる。
「被害から見て打ち倒して改心させるというのは難しいかもしれません」
今までも魁が剣を交えると逃走し、以後二度と現れなくなったという例はある。
変異種も専門に探し出して討伐する者がいると分かれば警戒するのだろう。
それで解決するのかは分からないが、変異種も下手に目立って討伐されたくはない。
「でも今回の変異種はあまり理性的なものを感じないんですよねぇ。まるで変異したばかりの奴みたいに。その割には人目にもついてない不自然さもあって……」
要はまだよく分からない所があるのだと言う。
「これはまたマホメドみたいに、新たな変異種が産まれる何かがあることも視野に入れた方がいいかもしれません。下手に殺さないよう加減すると危険です」
「ダメよ! そんなの」
声を上げるサクラに皆驚いたが、真一は過去に何度も言った言葉を改めて言う。
「変異種の状態での殺害は罪にはなりません。正当防衛ですし、死体が人間ではありませんからね。それでも色々と問題は出ますから、警察の上層部はその辺分かっててちゃんと処理してくれます」
「そういう問題じゃ……」
身を乗り出したサクラだったが、さすがに突然ガラにもないことを言っているかと思い気を落ち着ける。
「それでも魁には殺してほしくない。そりゃ、そうしないと多くの人が死ぬんなら仕方ないけど。それでもそうならないように努力して欲しい」
「まあ、それは……そうですね」
真一もそれには納得する。
「私もできる限りそうならなければいいと思っています。しかし変異種の力を使って不可能犯罪で罪を逃れ、他人を不幸に貶めるのなら放ってはおけない」
それには真一も優美も深く頷く。
サクラも同感なのだが、今日は不自然なほどに口を挟んでしまう。
「そう、たとえばよ。自分でも何をしているのか分からないでやってるなら、まずは正気に戻してあげるべきじゃない?」
「どうやってです?」
真一の言葉にサクラは言葉を詰まらせる。
「それに、どうやって正気じゃないって証明するんですか? 本人がそう言ってるだけじゃ本当かどうか分からないじゃないですか」
「その間に犠牲者出ちゃ、意味ないもんねぇ」
普段傍観している優美まで真一の援護に回り、サクラは顔を赤くして急用を思い出したから帰ると部屋を飛び出した。
早足に家路に着きながらサクラは思いを巡らせる。
もしもの時に大事に至らないように魁達に言い含めるつもりだったがダメだ。
自分が何とかしなくては。
まずはきっちりと疑いを晴らす。
もしかしたらなどと思っているから、真一達の言葉に過剰に反応してしまうのだ。
犯人は花織ではないと確たる証拠があればそれで解決だ。
もっとも変異種とは言え、魁にむやみに殺しをやってほしくないというのも本音には違いない。
サクラは真っ直ぐに家に帰り、いつものように簡素な夕飯を並べる。
いつもの他愛無い話の中に、できるだけ自然な風を装って聞いてみた。
「あのさ……、昨日見せてもらった宝石。どこで買ったの? 綺麗だったから、わたしも何か見てみたいなーなんて」
へぇ、珍しいねと若干意外そうな顔をするものの、特に不審がる様子はない。
「さては、例の彼氏に見せたくなったのかな?」
そんなんじゃ……、と愛想笑いをするも「いいから早く店を言え!」という内心を押し殺していた。
もちろん聞いた所で買いに行くつもりはない。
サクラは花織の言うように宝石類に興味を示したことは無かった。
飾りはネイルなど技術によって輝く物で、飾りの材質に意味などないと思っていた。
高価なアクセサリーを買うくらいならそこそこのネイルを日替わりでする方が有益だ。
そんなことを言っていたのに、どういう心境の変化なんだろうねぇと笑う花織にサクラの表情は次第に硬くなってくる。
「それで……、どこで買ったの?」
とやや顔を引きつらせるサクラに、花織は「ああ……」と一度言葉を区切って、
「リサイクルショップだよ。他にも貴金属はあったけど、サクラに合いそうな物じゃなかったから、あんまり意味無いと思うなぁ」
サクラは食事の手を止めて固まってしまう。
リサイクルショップにあんな宝石が!?
それはやはり、マホメドの集会が無くなって用の無くなった証がリサイクルショップに売られたのではないだろうか。
やはりあれは……。
以降サクラは花織とどんな会話をしたのかもよく覚えていない。
夜は無意識に花織の作業机の位置から体を遠ざけるような位置で寝ていた。
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