啓二 4

 舞以の言葉のままに出てきたものの、何を調査すればいいのかも分からなかった。

 よく考えれば血を大量に失った後なのだ。あまり頭も回らない。

 そのおかげで頭に血が登らなかったとも言えるが……。

 特に計画もないので昨日の学校へ行ってみる。

 午後を過ぎたのでもうすぐ下校時間だろう。

 ここでトオルを見つけた所で何ができるわけでもないが……、少々考えなしだったかと周辺を何とは無しに歩いていると、先日の少年の姿を見かけた。

 啓二は少年の名前も知らないが、別に知る必要もないし、今更聞くのもそれはそれで変な気もした。

 少年も啓二に気付き、やや不敵とも言える笑みを浮かべながら近づいてきた。

「よぉ、生きてたのか」

「悪かったな」

「しっかし、意気揚々と乗り込んでいってアッサリやられるとはなー」

 啓二は口をへの字に曲げる。

「お前さんも似たようなモンだろう」

 無傷でいるということは同じように逃げ帰ったということだ……とツンと構えていると、少年は呆れたような顔をする。

「何言ってんだ。アンタのカノジョに頼まれなきゃ、アイツを叩きのめしてやったさ」

 啓二は片方の眉を上げる。

 話が見えなかったが、いくつか質問した答えを要約すると、どうやらこの少年が傷付いて倒れた啓二を病院まで運んで行ってくれたらしい。

 怪物もビルの外まで追ってこなかったそうだ。

 これに懲りたら……というような捨てセリフは吐いていたそうだが。

「そうか、それは済まなかった」

 舞衣と少年を逃さなくては……と息巻いてこの様とは、と項垂れる。

 少年はその反応に拍子抜けした様子を見せた。

「いや、別に大したことじゃねえよ。タクシー代だってアンタのカノジョが払ったんだし」

 カノジョというのを訂正するよりも、この少年がまたここにいる理由の方が気になった。

「まさか、人間の姿のうちに昨日の報復をするつもりなのか?」

「あん? それなら昨日わざわざ夜に出向いたりするか」

 啓二は少し不審な目を向ける。

「悪いが。持ち物をあらためさせてもらう」

「ああ? なんでだよ」

「見られると、困るものでも持っているのか?」

「ああ。ラブレターとかな」

 啓二は少年の行く手を阻むように立つ。

 昨日の怪物を見てもまだ挑むというのは、何か勝算があるからだ。

 啓二もその手の悪ガキ共を何度も相手にしてきた。

 自分達よりも大きなチームに、無謀に挑むことはしないだろうとタカを括って取り返しのつかない事件になった例もある。

 子供だからと侮るのは間違いだ。

 今の世、子供でも凶悪な武器を手に入れる手段がある。

 ピストル等も稀とは言え皆無ではない。密輸でなくとも3Dプリンターで自作することもできる。

 爆発物、毒ガスなど、その気になれば子供でも作ることが可能だ。

 この少年も、そういう物を持ち歩いている可能性は高い。

 啓二の視線を横目で受けていた少年だったが、やれやれという感じで手を広げる。

「ま。別に構わねぇけどな」

 啓二は軽く胴回りと腰のポケットの辺りを手で叩くとフンと鼻を鳴らした。

 特に怪しいものは持っていないようだったが、簡単な検査では分からない所に隠しているかもしれない。

 明確な容疑無しにそれ以上調べるのは人権侵害になりかねないし、それでなくとも男の体を不必要に触りたくもない。

 確かにそれほど危険なものは隠していないようだ。

 少年もほれみろと言わんばかりの笑みは浮かべているが、特に気分を害した風もない。

「返って不思議だけどな。あの怪物を素手でどうにかできると考えるほど馬鹿じゃないだろう?」

 軽く触った感じではいい体格をしていたが、その歳の体育会系なら珍しいほどではない。

 それでもあんな化け物に向かっていくというのはあまりに無謀だ。

「あん? アンタ、昨日のアレがホントにあのガキだと思ってんのか?」

 啓二は「ん?」と眉根を寄せる。

「あんな子供が変身して化け物になって人を襲う? そんなこと、現実にあんのかよ」

「いや、しかし……」

 現実に……と続けようとしたが、確かに冷静に考えれば荒唐無稽な話だ。

「では……、昨日のアレは何なんだ?」

「知るかよ。だから直接聞いてやろうってんじゃないかよ」

 啓二はやや呆気に取られた。

 理に適っていると言えば確かにそうだ。

 舞以の言動に毒されてか、いつの間にか変異種は実在するという前提で考えるようになっていたが、それがそもそもおかしい。

 昨日の怪物も人間離れした動きをしていたが、ハリウッド映画のスタントマンや中国雑技団ならできないこともない。

 そんな人間が、あんな場所で襲いかかってくるはずがない……というだけであって、怪物に変身する人間がいるのとどっちがありえない話なのかということだ。

 そうこう言っているうちに下校時間になり、生徒がまばらに校門から出てくる。

 校庭で遊んでいる生徒もいるが、トオルは誰ともつるまずに真っ直ぐ帰るはずだ。

 やはりというか、不自然に周りから避けられているトオルは遠目からも分かりやすかった。

 トオルは啓二達に気がついたようだったが、軽く一瞥しただけで通り過ぎる。

「おいおい。無視することはないだろ」

 少年の言葉にトオルは面倒くさそうに振り向く。

「なんだよ。昨日あんだけやられてまだ懲りてねぇのかよ」

「そりゃこの兄ちゃんだろ。オレはまだやられてねぇぜ」

「せっかく生きてんだからもうやめてくれ。手加減できねぇんだから。次も生きてるとは限らねぇぞ」

 周りの子供達は早足にこの場を離れる。

 啓二の怪我を見て、トオルに楯突くとどうなるのかを改めて知ったような様子だ。

「望む所だ。今から昨日の場所に行こうじゃないか」

「オレは殺したいわけじゃない。ほっといてほしいだけだ」

 昨日の場所を親指で指す少年を、トオルは面倒くさそうに吐き捨てる。

 周りには他の生徒達もいたが、皆無関心を装いながらもこのやりとりを伺っているのがわかった。

「オレは行かねぇからな」

 目も合わせず立ち去ろうとするトオルの背に向かって少年は言う。

「来るまで待ってるぜ。その間色々見て回ってるかもしれねぇけどな」

 トオルは一瞬立ち止まったが、何も言わず歩き出した。

 少年は「さて」と踵を返して歩き出す。

「お、おい」

 啓二はどちらを呼び止めるべきか迷うように少年とトオルの背を交互に視線を送っていたが、結局少年の方に足を向けた。

「おい、トオルは帰っていったぞ」

「ん? ああ。そうだな。でもすぐこっちにくるぜ」

 啓二はトオルの方を見るが、既に死角になっているので姿は見えない。

「アンタはなんでついてきてんだ?」

 そう言えばなんでだ? という顔をするも、

「いや。決闘しようっていうなら止める義務があるからな」

「どっちをだよ」

 少年は笑いながら言う。

 確かにトオルが変異種なら少年を止めるべきなのだろう。

 しかし改めてトオルを前にしてみて、あの子供が昨日の怪物だという実感がわかなかったのも事実だ。

「アイツの反応見たろ」

 啓二は「ん?」と眉根を寄せる。

「昼間はやりたくないってよ」

「そりゃ人目につくしな。大勢の前で怪物になりたくないってのも納得のいく理由だと思うが?」

 ケンカの経験ないのかよ、と少年はやや小馬鹿にしたように言う。

「暗い所とか狭い所でやろうってのは、フツー弱い奴が強い奴とやるために有利な環境にしたくてやるもんだ」

 強い力を持っているんならさっさとそれを使えばいいだけだと言う。

「しかし昨日の怪物はあの子供より大きかった。体が大きくなるなら服が破れるだろう。着替えを用意してないんなら、できることならやりたくないってのはあり得るんじゃないのか?」

 少年は驚いたような、やや呆れたような顔で振り向く。

 少し啓二の顔を凝視していたが、

「やだねぇ、大人ってのは。なんだかんだと理屈をつけて」

 と言って足を進めた。

 少年の言うことに反発して言ったとは言え、確かにその通りなのかもしれない。

 職業柄なのかもしれないが、相手の言うことに逐一反論してしまう癖がついているようだ。

 そんなことを考えていると昨日の現場に着いた。

 改めて見るとそれほど大きな建物ではない。

 小さな会社が各階を借りてオフィスにしていたような感じだ。

 窓ガラスは割れて吹きさらし。

 看板も何も書かれておらず、表面は割れて傾いている。

 中も置いていった備品か何かか、結構物が散乱していた。

 それ自体は昨日の状況から分かっていたことだが、よく見ると空き缶やペットボトル、要するに後から人が持ち込んだらしい物も多く散らばっている。

 だがそのどれもが古く朽ち果てていた。

 大方家を持たない者が一時的に住み着いて、その後放棄したのだろうと思わせる。

「なあ」

 周囲を見回していた啓二は少年の呼びかけに振り返る。

「警察はここを調べてないのか? 一応事件の現場なんだろ?」

 昨日のもそうだが、過去にも同じ事件は起きている。

 ここで怪我人が出ているのは本当なのだから、事件現場として検証しているのが普通だと言っているのだろう。

「変異種の通報っていうのは、あまり警察は介入しない。特に本人に近づくことはな。そんな疑いをかけられて面白いやつはいないし。ほとんどの場合、人権侵害や侮辱でこっちが訴えられるだけだからな」

 それでも怪我人が出たなら普通に傷害事件として対応することになるのだが、今回、ここに警察は来ていないだろう。

 一つは被害を届け出た人間がいないからだ。

 匿名の通報は多々あり、実際大怪我をした人間がいるにもかかわらず誰一人被害を訴えていない。

 そしてそれが啓二達が派遣された理由でもある。

 正義感あふれる警察官なら、パトロールと称して近辺を見回ることもあるかもしれないが、変異種を信じていなくとも、得体の知れない場所に近づきたくはないだろう。

 御神木を切り倒そうとした人間が次々と事故で死んでいたら、たとえ祟りなど信じていなくても誰もそんな仕事は受けなくなるものだ。

 それでなくとも変異種絡みの通報は100%杞憂と言っていい。

 だから手に負えない事件は特別対策室に渡される。

 それが二つ目の理由。

 届けはないが匿名通報は引っ切り無し。しかし怪我人は実在する。

 対策室に投げる条件を満たすなら、わざわざ介入しなくていい事件に警察は介入しない。

 もっともそのせいで啓二は貧乏クジなのだが。

 しかもあてがわれたのは世間知らずのお嬢さん。

 まともな捜査隊ではなく、厄介事を押し付けられただけの人間だ。

 もし何かあっても差し障りがないと思われているのだろうか、と半ばぼやきながらも周囲を捜索する。

「特に怪しい所はないようだな」

「はっ。アンタ本当に警官かよ」

 少年の言葉に少しむっとした啓二だったが、少年は上の階に目をやった。

「何かいるぜここ」

 啓二も上を見る。

 二階の床はフロアの半分が抜けていて下からでも様子が分かるが、見える範囲では一階と大差はない。

 打ち捨てられた備品やゴミが散乱しているようだ。

 昨日は暗くてよく分からなかったが、この半分吹き抜けになったような間取りの中、怪物は縦横無尽に飛び回っていたようだ。

「上か? 登れる場所はないようだが……」

 階段も落ちていて上がれるような場所がない。

 残骸を足場にするにも安定が悪そうだ。

 壁もパイプなどが走っているが、錆びていてそれを掴んでも啓二の体重を支えられないだろう。

 上階に人がいるとは考えにくい。

「どうしてそう思う?」

「この匂い。わかんねぇのか?」

 啓二は鼻を鳴らす。

 確かに異臭はするが、廃墟というのはこういうものではないのか?

 言ってみれば動物園の匂いだが、ネズミなどの小動物が住み着いていても不思議ではない。

 と思っていると少年が走り出し、残骸を足場に壁を蹴って二階へと上がる。

 大柄だと思っていたら随分と身が軽い。体操の経験でもあるのかとやや嘆息して見ていると、ガラガラと物凄い音がした。

 何かにぶつかったとかではない、あちこち跳ね回ってそこら中を転げ回るような、その尋常ではない物音に啓二が声を上げる。

「おい! どうした?」

 自分も上がろうかと迷ったが、登ろうにも少年と同じようにはいかないだろう。

 啓二も肉体派のつもりなので残骸を足場に壁まで跳ぶことはできる。

 壁も凹凸があり、足をかけるだけなので、そこから三角跳びをすることはできるだろう。

 カンフー映画並みのスキルは必要ない。

 しかしそこから二階の床に届くかと言うと心許ない。

 厳密には届くのだが、両腕で床に掴まってそこからよじよじと登ることになる可能性が高い。

 少年の華麗な着地のあとでそれはかっこ悪いか……などと逡巡していると上からなにか黒い塊が落ちてきた。

 塊は地面を跳ねて激しい音を立てながら打ち捨てられていたロッカーの裏に隠れる。

「今のは……」

 目を凝らす啓二の前に少年が降りてきた。

 やはり身の軽さでは少年の方が上手のようだ。

「おい。大丈夫だ。何もしねぇよ」

 少年が優しげに声をかけると、黒い物がロッカーの裏から顔を出した。

「猿?」

 何の種類の猿かまでは分からないが、動物園で見かけるなら怪物だなんだと騒ぐ生き物ではない。

 街中で見たとしても変異種だと騒ぐことはないだろう。

「これが……、昨日の怪物か?」

 暗かったとは言え、さすがにこの猿を見間違えることはないように思う、と怪訝に思っていると、少年が手に持った物を見せてきた。

「これだよ。こいつを被ってたんだな」

 広げたのは雨ガッパのようなパーカー一面に羽を貼り付けたような物だ。

 手の部分には鉤爪のような刃物が仕込まれている。

 なるほどこれを着込めば体はふた回りは大きく見えるし、鋭い爪を持った怪物に見えるだろう。

「変異種の正体見たりってとこだな」

 啓二は考え込む。

「しかし、こんな動物が逃げ出したというような記録はなかったはずだが……」

 と思った所で、探したのは凶暴な「猛獣」だったことを思い出した。

 猿を猛獣に分類するかと言えば確かに微妙なんだろう。

 逃げ出した時はもっと小さかったのかもしれないし、トオルに懐いていたのなら元々人に飼われていて、危険と見なされていなかったのかもしれない。

「この猿にこんな扮装をさせて人を襲わせていたのか……」

 頭の中を整理するように呟いた所で幼い声が響く。

「お前ら! 何やってんだ!?」

 見るとトオルが凄い形相で睨んでいた。

 少年の言った通り、何か見つけらけれないかと不安で見に来たのだ。

 猿はトオルの姿を見ると駆け寄ってその体にしがみつく。

「それが昨日の怪物の正体か?」

「ち、ちげーよ! オレこんな猿知らねぇ!」

 啓二の問にトオルは否定したが、猿の様子を見れば明白だ。

 おそらくどこかから逃げ出した猿が廃屋に住み着いていたのを、トオルが見つけた。

 このビルの二階は普通なら上がれないが、身の軽い猿と体重の軽い子供なら上がれるルートがあったのだろう。

 エサをやる間に懐き、意思を通わせるようになった。

 当時イジメに遭っていたトオルは、猿を協力させて自分が変異種であると周りに思わせたのだろう。

 それがこの事件の真相。

 今の所啓二の憶測だが、状況からその線で間違いなさそうだ。

 動物が人に危害を加えた場合は飼い主の責任になるが、トオルは正式な飼い主ではない。

 なにより小学生だ。

 この場合は普通に害獣として処理するべきなのだろう、とこれからの対応を巡らせていると、物陰から数人の男児が顔を出した。

「なんだよ。変異種なんてウソだったんじゃねぇかよ!」

「こいつオレらのこと騙してやがったんだな」

「やっぱり怪物なんているわけねぇんだ」

 トオルのクラスメートか。

 啓二達が廃屋に向かったのを見て、どうなるのかと隠れて見に来ていたようだ。

 いままでイジメていた男児達は、トオルが変異種ではないかと恐れて避けていたが、それが嘘だったと分かったらこれまで以上にイジメられるかもしれない。

「これはマズイか」

 と啓二は男児達に歩み寄ろうとするが、それを少年が止める。

「止めとけよ。そんなことしても余計悪くなるだけだぜ」

 確かにそうなのだろう。

 今ここで大人が注意して止めることはない。

「いや、しかし……」

 これでは一人の子供の人生を潰しに来たのようなものではないのか。

 トオルは否定するも、男児達は「じゃ変身してみろよ!」と言われると唇を噛みしめるような顔をするしかないようだった。

 このまま何もせず立ち去るわけにも……、とそれでも足を踏み出そうとするが、

「ま、ここは歳の近いもんに任せろよ」

 と少年が前に出る。

「おい、お前ら。コイツが変異種なのは本当だぞ」

 男児達は一瞬押し黙るも、「バッカじゃねぇの?」「じゃ証拠見せろよ」と口々に言う。

「実は、オレは秘密組織からコイツをスカウトしに来たんだ」

 芝居かがった身振りで言う少年に、その場にいた全員が訝しげな表情になる。

 少年はトオルに近づくと馴れ馴れしく頭に手を乗せる。

「だけどコイツは断ったからな。断るんなら始末しないといけねぇんだけどよ。二度と変異種にならねぇって約束で許してやることにしたんだ」

 男児達はしばらくぽかんと口を開けていたが、やがて大笑いする。

「そんなウソに騙されると思ってんのかよ」

 転げ回るようにして笑う男児達に、啓二もややバツが悪そうに俯いた。

 相手が子供とは言え、いくらなんでも無理がありすぎるだろう。

「本当だぞ。変異種は本当にいるんだぞ」

「だから証拠見せろっての」

 といったやり取りを続ける少年にバトンタッチしようと啓二が足を踏み出した所へ、黄色い声がかかった。

「冴島クン! それが変異種なの!?」

 舞以が大きなバッグを抱えて立っていた。

 なぜここにいることが? とも思ったが、GPSを使えば位置を探ることはできるのだろう。

 面倒な所に余計にややこしいヤツが……、と啓二はややげんなりしたが、そんな様子を他所に舞以はバッグを開けて中身を取り出し始めた。

 黒い塊を取り出すと、金属音を立てて広げ、足をかけて背筋を測定する機械のように引く。

「あれは……」

 ボーガンか。

 かなりでかい複合弓だ。

 舞以は矢をセットするとそれを構えた。

「冴島クン! そこを離れなさい」

「いや、待て! これはただの猿だ」

 それに子供もいる、と啓二は立ち塞がるように前に出る。

 舞以は訝しげに目を細めると、弓をおろして眼鏡をかける。

 目が悪かったのか? というよりそんな状態で弓なんか取り出すか、と呆れるが、

「何? いったい何がどうなってるの? 変異種はどこ!?」

 と困惑する舞以に、啓二もどこから収集するべきかと戸惑う。

「変異種はこの坊主……」

 少年はトオルの頭を叩き、その手の親指を自分に向ける。

「とオレ」

 少年の体がみるみる膨れ上がり、服が破れた。

 今まで見たどんな動物とも違う、敢えて言うなら……鬼。

「うわわっ」

 子供たちが尻餅をつくが、啓二も同じだ。

「な!?」

 舞以はすぐさま弓を構えると、巨大化した怪物に狙いを定める。

 バツン! という音と共に銀色の線が閃き、打ち出された矢は怪物の岩石のような装甲に突き刺さった。

「いってぇ……。おっそろしい姉ちゃんだな」

「そんな……。防弾チョッキも貫通するジェラルミンの矢が……」

 怪物は身を縮こませるとその体を一気に広げる、と同時に周囲に爆発が起こった。

「うわっ!」

 衝撃はあったが、ほとんど爆風だけの爆発だったため怪我はない。

 だが目を開けるとそこにさっきの怪物はいない。

 いたのは元の少年。

 少年は震えながら這いつくばっている男児達の元につかつかと詰め寄る。

「ホントは目撃者のお前らも始末しないといけないんだけどよ。坊主に『あんなでも友達だから殺さないでやってくれ』と言われてんだ。感謝しろよお前ら」

 男児達は震えながらも頷く。

「二度と変身しない約束だけどよ。怒らせたらいつ変身するか分からねぇからな」

 と念を押し、立ち去るよう告げると男児達は声を上げながら走り去った。

 ふふん、ドヤ顔で男児達を見送った少年は啓二達に向き直る。

「お、お前……」

 変異種だったのか、と続けたかったが。そもそも変異種というものを見たのも初めてなのだ。

 色々と頭がついて来なさすぎて言葉が出てこなかった。

 舞以も同じようで、次の矢をつがえることもせずに尻餅をついている。

 少年はそんな舞以達を一通り見回した後に自分の体を見る。

「あー、やっぱ着替えいるな」

 啓二が言葉を繋げないでいると、

「おい、満弦。何やってんだよ。もう用は済んだんじゃないのか?」

 少し離れた所に停まったバンから男が顔を出した。

「おい。なんでアイツ服着てねぇんだ」

 運転していたらしきもう一人の男も顔を覗かせる。

「つーか女の前で裸になってんぞ」

「こりゃやべぇ。オレ達まで仲間だと思われちまうぜ」

「そうだな。無視して行こうぜ」

 とバンを発進させようとする男達に、「お、おい。待ってくれよ」と少年が駆け寄る。

 バンは少年を置いていくことなく拾い乗せると、そのまま走り去っていった。

 その場に残された者達は呆然とそれを見送ったが、

「へ、変異種!」

 と舞以が立ち上がる。

 だがもう遅い。

 混乱した状況でバンのナンバーも見ていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る