啓二 5

 混乱の中で後処理をすることになったが、結局くだんの新谷トオルは変異種ではなかったのだから事件は誤報で終わりだ。

 だが新たな変異種の目撃があったのだから改めて事件になる。

 しかしそれは後の話。

 変異種は犯罪者ではない。指名手配して検問を敷くといった通常の手順を踏むものではない。

 報告をまとめ、提出して判断を仰ぐだけだ。

 猿の件はむしろ保健所の管轄だが、トオルのこともあって無関係を決め込むのもどうかと思い、それなりに後処理をやった。

 元の飼い主が見つかったのでそこへ返されることになる。

 結構大きな家の道楽だったらしい。

 これまでトオルが面倒を見ていたと口利きしたのて、トオルはいつでも会いに行ける。

 事件は解決し、割り当てられた小部屋で報告書をまとめる。

 啓二は元の一警察官に戻るのかと思ったが、

「あれ? 異動って聞いてなかった? 今回の捜査はあなたの面接でもあったんだよ。これで問題がなかったのなら、あなたは正式に特別対策室付けだよ」

 と言っても特別対策室は普段仕事があるわけではないので、結局は今の机を使い続けることになる。

 他の署員より駆り出される頻度が高くなるだけだ。

 対策室からの依頼でも結局は他所の部署。

 あまり身にならない業務に駆り出しすぎても問題だが、特別対策室付けなら厳密には警察署の方が借りている立場になる。

 言ってしまえば体の良い使い走りだ。

「もちろん、あなたの意向を無視するわけじゃないから。拒否権はあるんだけど、どうする?」

 それは合格している、という意味なのか? それならそう言ってほしいものだが、という顔をするも、今更舞以の行動にとやかく言っても仕方ない。

 実際の所、まだ特別対策室がどんな所なのかもよく分かっていない。仕事内容と言うよりは将来の安定を考えた時にどうなのかとか、要はそういう所だ。

 安易に返事をしてよいとも思えないが、それほど考える時間はないのだろう。

 そう言えば舞衣はどうなのだろうとも思う。

「アンタはなぜ特別室に?」

 今回変異種を目の当たりにしたが、舞以も今まで見たことはなかったと言っていたはずだ。

 ただ押し付けられた仕事というような印象はなかった。どちらかと言うと目の敵にしているように思えた。

 舞以はしばらく黙って宙を見ていたが、

「あたし、三十三歳なんだよね」

 え? と啓二は舞以を見る。

 随分と若く見える……、というより俄に信じ難い。

「遠距離してる婚約者がいたんだけど。ある日連絡がつかなくなってさ。様子を見に行ったら結婚して子供もできてた」

 どういうことかと相手に詰め寄ったが、舞以は悪質なストーカーとして警察に突き出された。

 以前から付きまとい。自分を婚約者だと思い込んでいる迷惑女。

 最初は何の間違いかと思ったが、写真や電話の履歴などの証拠がなぜか無くなっていて、何一つ事実を証明することができないと分かった時、自分は本当に狂っているのかと思い始めた。

 素直に現実と向き合い、カウンセリングを終了したが、なにか釈然としないものがあった。

 カウンセリングが数週間という短期間で終わったこともそうだが、戸籍やもろもろの記録、記憶に違和感を覚える。

 やはり何かおかしいのではないかと調べ始めた。

 元々警察関係の仕事に就くための勉強をしていたのでそのまま政府機関に潜り込み、役所の記録を調べてみるとデータベースの不具合ということで記録が一斉に操作されていることが分かった。

 やはり自分が狂っていたのではない。

 狂ったのは周りの方なのだ、と確信すると色々なものが見えてきた。

 所々の矛盾を指摘し、戸籍の改変を戻して、自分に人生に十年の空白があることを明らかにした。

 そうして調べていくうちに、違和感を持っている人間が少なからずいることも分かった。

 超常的な事件を調査する機関を希望した所、変異種に関する事件がもっとも実働している部署だった。

 変異種が自分の境遇に関係するかは分からないが、まずは直接自分の目で超常的な物を確かめたい。

 自分の身に何が起こったのか、それを知りたくて今の仕事に就いている。

「あたしは自分がストーカーじゃないってことを確信したいのよ」

 その横顔は澄ましてはいるが、少し寂しげに見えた。

 周りが違和感を受け入れていく中、一人で我を貫き続けることがどれほど孤独なのかということを啓二はよく知っていた。

 啓二はふっと笑いのような溜息を漏らすと、対策室異動を受け入れることを告げる。

「オレも今の仕事に見切りをつける時期かと迷っていたのも事実なんでね」

 しかし本当の理由は特別対策室で活動していれば、またあの少年に会う機会があるかもしれないと思ったからだ。

 変異種は意思の疎通ができない怪物だと思っていたが、それが間違いなのか、それともやはり人類に仇なす存在なのか。

 それを見極めたい。

「少なくともあたし達は本物の変異種を見たことのある証人なんだから、他のどの部署よりも優位よ」

 証拠がなければあまり意味はないと思うが、確かに半信半疑で捜査する者達に比べれば取り組み方が違うのだろう。

「ところで、十年の空白があるということはあなたの人生経験は二十三歳だということだ。事実上はオレの方が年上ということになる」

 舞衣は一瞬きょとんとした顔をしたが、

「知らないわよ。年功序列は実年齢でしょ。それにあたしが上司であることに変わりはないんだし」

「変異種の情報を一番多く持っているのはオレですよ」

「関係ない」

 と他部署から隔離された小部屋の中で、舞衣の啓二の討論はしばらくの間続いていた。

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