啓二 2

 啓二は業務の前後に来ている服、つまり私服に着替えて街に出る。

 その前には同じく私服姿の舞以がいた。

 普段若い女性を連れ立って歩くことなどないため、とてつもなく違和感がある。

 そもそもどこへ向かっているのかも聞いていないので後を着いて行くしかない。

 恋人同士に見えそうにないのはある意味ありがたいが、逆にどう見えているのか気になってしまう。

「あの、どこへ向かっているのですか?」

 前に身を乗り出すようにして聞いてみるが、

「小学校」

 舞以は振り向きもせず応えた。

 そこで聞き込みをすると言う。

 啓二は刑事ではない。いや発音はそうなのだが、役職的には一介の警察官だ。

 私服で聞き込みなどしてよいのかとも思ったが、今は特別害獣対策課に所属しているからそこの方針に従えということだ。

 正直釈然としないものはあるが、署長からの命令書が出ているのだから仕方がない。

「しかし、小学校で何を? そこで変異種が出たのですか?」

 そういう噂らしい。

 大部分は小学生からの通報。

 まったく珍しい話ではなく、イタズラも含めれば結構な数になる。

 しかしその中でイタズラと言えるものは極少数で、そのほとんどは少なくとも当人は本気でそう信じているものだ。

 実際見たわけではなく、裏でそんなことをやっているに違いない……というものから、弱いと思って怒らせたら想像以上に強かった、というものまで。

 詳しく聞いてみると体に何の変調も見せていない。

 当人は誇張して言っているつもりなのだろうが、変異種のデータと照らし合わせればとても変異したとは言えないようなものだ。

 もっともほとんどの人は「そういう物」を変異種だと思っているので本気の通報をしている。

 彼らにとって急に暴れ出し、見た目より強い力を出す人間は変異種なのだ。

 警察は変異種に対して何もしないというのが世間での通説だ。

 そんな中で、わざわざ捜査本部を設けて聞き込みをするに至った理由があるはずなのだ。

 啓二としてはそこを聞きたいのだが、歩きながらではうまく聞き出すことはできない。

 そうこうしているうちに目的の小学校に着いた。

 舞以は下校中の小学生の集団に近付いて話しかける。

「ねえ、君達。新谷 トオルって子知らない?」

 まさか小学生の通報をまともに受けて来たのではないと思っていた啓二は、少々面食らったが、声を掛けられた子供たちの反応を見て違和感を覚える。

 さっきまで談笑していた子供達が突然表情を凍らせ、俯いて早足に立ち去ってしまった。

 舞以を見ると別段驚いた風もなく、これがその理由……と言わんばかりに啓二を見据えている。

 啓二も変異種の通報を受けて出向いたことはある。

 というよりほとんどの署員は経験がある。

 出向いて行って話を聞き、型通りの手続きをして帰る。雑務中の雑務。新人に押し付けられやすい仕事だ。

 啓二も何度もその類の聞き込みをしたが、老若男女問わず反応は必ず同じ。

『あいつです! 早く捕まえてください』

 それは低年齢になるほど過剰なのが常だった。

 小学生なら早く撃ち殺してくれというのも珍しくないのだ。

 その後いくつかのグループに話しかけてみたが同じ、皆関わり合いになるのを恐れるように逃げていく。

 同じ顔つきで啓二を見据える舞以に、普通の通報と違うのは分かったから……、と伝えようとすると、

「参ったわね。どの子も聞いてくれないじゃない」

 啓二は一瞬何を言われたのか分からずに固まったが、すぐに我に返り、教員に情報を開示してもらえばいいと提案する。

「聞き込みをした経験は?」

「ないわよ」

 どうやらあの顔は元からだったらしい。

「なんか職権濫用してるみたいで気が進まないけど」

 確かに通常は教員から情報を得ることはしない。

 警察機関からの要請とは言え、学校は児童の個人情報を守ろうとするものだ。

 もっともそれは児童の心情を思ってか、保護者からの苦情を恐れてなのかは分からないが、権力によって無理矢理開示させることには違いない。

 舞以が権力を振りかざしている姿は確かに想像できない。

 しかしここで児童に手当たり次第に声をかけ続けるのもそれはそれで問題に発展しそうだ。

 そこは合意し、校長を通すか……と歩き出した所で、高校生くらいの少年が同じように児童に声をかけているのが目についた。

「よぉ、新谷って奴はどいつだ?」

 声を掛けられた児童は同じ様子で走り去ろうとしたが、少年はその胸ぐらを掴んで引き寄せる。

「おいおい、目上の者にその態度はねぇんじゃねえの? 何年何組かを教えるだけでいいからよ」

 大方喧嘩自慢が噂を聞いて腕っぷしを試そうとやってきたという所か、と啓二は職務を果たそうと動いたが、それを舞以が制した。

 児童は怯えながらも後ろを指さす。

 そこには露骨に他の生徒から避けられた子供が独り歩いてきていた。

 言われなければそれほど違和感のある光景ではないが、今はあれが「新谷 トオル」なのだと確信できた。

 啓二たちが動き出すよりも早く、先の高校生がその前に立ちはだかる。

「よぉ、お前変異種なんだって? いっちょオレに見せてくれねぇかな」

 声を掛けられた児童――トオルは面倒くさそうに一瞥すると、遠くの方を指さす。

「あっちに壊れたビルがあるよ。今夜そこへ来たら相手してやるよ」

 訝し気な顔をする少年に、

「もしオレが来なかったら明日学校に来てボコボコにすればいい。それとも、助けが入る所じゃなきゃやれねぇっての?」

「へっ、言うねぇ」

 少年は小さく笑うと「逃げんなよ」と言ってトオルを見送る。

 啓二達は大事にならず安堵したが、事態は放っておいていいようなことでもなかった。

「キミ、高校生か?」

「ん? ああ、そんな歳だけどよ。高校にゃ行ってねぇよ」

 険しい顔になる啓二に少年は臆面もなく、

「なんだ? アンタ警察か?」

 小馬鹿にしたような物言いをするが、啓二は涼しい顔で「そうだ」と懐の物を出した。

 あらら……、と少年は多少面食らったようだったが、

「別に法律違反じゃねぇだろ。中退してんだから」

「キミ名前は?」

「ああ? そんな義務はねぇはずだ」

「決闘は法律に違反してる。知らないのか?」

 少年は少し押し黙ったが、やがて面倒くさそうに手を振る。

「さっきのガキか? 本気で決闘なんかするわけねぇだろ? オレはな、あれだよ。ああいうガキどもを救ってやる会に所属してるんだ」

「お前がか?」

 啓二は露骨に信用していない顔で少年を見据える。

「お。いいのか? 見た目で人を差別して。署にクレームの電話を入れんぞ」

「見た目じゃない。経験で判断してるんだ。オレを甘く見るな。お前みたいな学生を何十人も見てきてるんだ。問題を起こしそうなやつかどうかは経験で分かるんだ」

 少年はむっとしたように啓二を睨みつけたが、

「分かったよ。そうさ、オレは不良だ。ただし元不良だ。だからああいうはみ出し者の気持ちが分かるんだよ。救う会ってのは本当だ。オレもある人に会って救われたんだ。だから同じように救ってやりたいんだよ」

 それでも訝し気にする啓二達に、

「嘘だと思うならアンタらも夜に行ってみりゃいいだろ。ま、すっぽかされるかもしれねぇけどな」

 ふん、と啓二は鼻を鳴らすと行っていい、と少年を促した。

 そこへ舞以が歩幅を広くとるようにやってくる。

 表情はあまり変わらないが、心なし笑いをかみ殺しているように思えた。

 歩き出す啓二は、背後からの「どこ行くの?」という声に、戸惑いながらも「職員室に……」と校門を指すが、

「目的は済んだわ。今日は帰りましょ」

 とやや軽快な足取りで歩き去る。

「え? いや……」

 と戸惑い続ける啓二を他所に舞以は来た道を戻って行った。

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