9.
「っ……」
土煙が舞う中、アクトが頭を押さえながら起き上がる。
何が起こったか全く分からないが、爆音があった瞬間、吹き飛ばされた感覚があった。
気を失いかけたが、地面に強く叩きつけられ意識が戻った。
背中が打撲で痛いが、それどころではないと辺りを見回す。
「ミシェ?」
少し離れた場所に桃色の髪を見つける。
慌てて近寄ると打ちどころが悪かったのか、気を失っている。
手に持つ聖槍は、無残にも砕けていた。
だが、命に別状はないようだ。
ホッと一息を吐くのもつかの間、背後からズンッと地響きが鳴り響く。
グルルルル……
低い唸り声と共に、黒いドラゴンがそこには立っていた。
明らかに弱っているようだが攻撃の意思を崩していない。
夢と同様に、ドラゴンが巨大な尾を振り上げる。
(やられる──っ!)
リーン……
刹那。
世界が、止まった。
「な、なんだ……?!」
黒いドラゴンが尾を振り上げたたまま止まっている。
雲も止まっている、風も、空気の流れすら止まっているようだ。
その中で唯一動いてるものを、黒帝竜を挟んで反対側に確認する。
(人……?)
グォオオオオオ!!
唐突に世界が再び動き出した。
最初に気づいたのは、黒帝竜の悲鳴とその地響きの振動を身体が感じたからだ。
アクトの眼前の巨体が身を捩りながらのた打ち回る。
見ると、振り上げたはずの尾に鈍色に光るナイフが刺さっていた。
「流石に、この程度じゃ倒せないか」
先程のものが見間違いでなかったと証明するように、藤色のコートを着た金髪の青年が、黒帝竜を挟んだ反対側で不敵に微笑んでいた。
黒帝竜はアクト達より青年の方を先に排除する敵と判断したのか、そちらの方へと躯体を向けた。
だが青年は臆する事無く不敵に微笑んだままだ。
「僕を狙おうって言うのかい? 身の程を知れ」
一閃。
目にもとまらぬ速さで行われた攻撃にドラゴンは再び悲鳴を上げる。
敵わないと判断したのか、黒帝竜は翼を羽ばたかせながら暗雲の中へと消えていった。
「逃がしたか。 ……まぁ、別に今は倒すのが目的じゃないし、いっか。」
暗雲が晴れ、陽光が差す中、青年が不敵に笑う。
「すげぇ……。」
「君、運が良かったね。 ……いや、この場合は運が悪かったと言うべきか」
「アンタは?」
「僕かい?」
青年が指を顎に当て、少し考えるような言葉を選んでるような間があった。
「……名乗る程の者でもないさ。 二度と会う事も無いだろうし、ね。」
結果、名乗らない事にしたようだ。
青年が右手を挙げると、アクトは再び世界が止まったような感覚に陥る。
次に世界が動いた瞬間、青年の姿は影も形も無かった。
「き、消えた?」
転移の魔術はかなり高度な魔術師しか使えないという。
あの黒帝竜を圧倒するほどだ、高名な魔術師なのだろうか。
全ての喧噪が消え、最初に来た時と同じように快晴と静寂、殺風景が広がっていた。
足元に残る黒焦げた石が無ければ、今までの事が全て夢であったと言われても信じてしまうだろう。
否、静寂しかないこの場においては黒焦げた石ですらあまり実感としては感じない。
唖然と立ち尽くしているアクトが地面に光るものを見つけ、拾い上げる。
鈍色に刃が光るナイフ。
黒帝竜に致命傷を負わせた一手。
恐ろしい夢が、夢となった分岐点。
紛れもなく全てが現実だったという証が1つ、その手に残った。
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