2.竜渓谷の夢
──それは酷く鮮明な夢。
馬車は夜通し止まる事無く濃霧の街道を進んだ。
濃霧を超えた頃、すっかり陽が登った街道沿いの景色は一変していた。
平原は終わり、竜渓谷と呼ばれる渓谷に差し掛かっていた。
街道は山の5合目辺りの絶壁を切り崩して作られた一本道が伸びていた。
霧か晴れた影響か、馬車は速度を上げて街道を進む。
しかし、山の渓谷に掛かる吊り橋に差し掛かった所で馬車が急停車する。
吊り橋がも無残に壊され、崩落していたのだ。
幸い、橋の修理は2、3日で終わるとの事だったが、
橋の修理が終わるまでは馬車は動けないので、その場で停滞を余儀なくされた。
アクトを含め、乗客たちは仕方ないと荷物をまとめ一時下車の準備をする。
『あれ、ナナ?』
アクトが荷物を整理していると、相棒の姿が無い事に気づく。
辺りを見回してみるが、目の届く範囲にはいない。
野営や食事の準備をしていた他の乗客や御者に聞くが、全員首を横に振るだけだ。
『もしかしたら、山頂の方に行ったんじゃないの?』
話を聞いたミシェが可能性を挙げる。
街道は一本道であり脇道が無いが、唯一脇道と言ってよいものが、
吊り橋ができるまで使われていた、山頂へと続く旧街道と呼ばれる道であった。
橋の修理まで時間はたっぷりある、というのもあり、
アクトとミシェは簡単に山登りの準備をすると旧街道を進む事とした。
『なんか、悪いな』
『いいのいいの。旅人のマナー、初心者には優しく、よ。』
晴天の空の下、旅人の心構えのようなものを話しながら山頂へ向けて順調に登っていく。
涼やかな風が頬を撫で、いわゆる絶好のピクニック日和である。
『おーいい、ナナー! ……おっかしいな、いないなぁ。』
『もう少し上の方かしら?』
旧街道は、絶壁に石段や岩肌に軽く人の手が入っただけの、気を抜くと足を滑らせるような道が続く。
たまに開けた場所でナナの名前を呼び、登るというのを幾度か繰り返すが、一向に見つかる気配が無いまま次第に山頂へと近づいていく。
山頂に辿り着くと、そこは特別に何かがある訳ではなく、小石を敷き詰めたような地面に点々と岩がある殺風景な光景が広がっていた。
山頂を少し歩くと、突然冷たい風が吹き空には暗雲が立ち込め雷が鳴り出す。
山の天気は変わりやすい。
とはいえ先程まで晴天だった事を考えると、異常な変化だ。
ひときわ大きな雷が鳴った後、暗雲の隙間から、黒い巨大なものが現れた。
その姿は、鱗を持つ巨大な蛇に羽が生えたような姿をしており、巨大な角、鋭い爪と牙が禍々しさを際立てている。
アクトは本でしか見たことの無かったドラゴンの姿そのものであった。
ミシェが咄嗟に武器を構えるが、ドラゴンは2人の事など眼中に無いように背を向けて山頂へと降りる。
ズンッと重い音と共に、土煙が舞う。
『ナナ!』
その土煙の向こう側、そのドラゴンの眼前に、アクトは探していた相棒ナナの姿を見つける。
その姿を確認した刹那、黒いドラゴンは最初から狙っていたかのようにその爪を振り上げる。
次の瞬間、ナナの華奢な身体が宙を舞った。
『なっ、ナナーッ!!』
『っ、止めなさい!』
ミシェが慌てて武器を構え、向かっていく。
しかし、それより早くドラゴンが振り返りざまに尖った尻尾を振る。
『ミシェ!』
ミシェが吹き飛ばされる。
武器で防ぎ直撃は避けたようだが、衝撃までは防げなかったらしく、
ミシェの身体は崖の外まで吹き飛ばされる。
突然の事に、身動きができないアクトの元に、地響きと共に黒いドラゴンが近づく。
そして……
そこで、夢はプツリと終わった──
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