アワーブライト-HourBright-
うぞぞ
1部
1.
「んー……。よし、多分これで動く筈だ。」
クルクノス王国・王都クレプシドラ近郊。
旅人が往来する街道の端に、1台の馬車が停まっていた。
馬車といっても荷台を引いている馬は生き物ではなく、旅の定番である馬の形をした魔力で動く魔法道具だ。
しかし、街道を進んでいる途中で馬が動かなくなってしまい、停車中である。
最初は魔力切れを疑った馬車の御者であったが、魔力を注いでも動く気配が無い。
仕方なく「お客様の中で
それが今、馬の修理しているアクトである。
付けていたゴーグルを持ち上げながら、御者の方へ振り向く。
「
「助かったよ、若いのに時計屋とは凄いねぇ」
御者が魔力を注ぐと、ほどなく馬がピクリと動き、歩を進めた。
馬車の荷台からワッと歓声と称賛の声が上がる。
アクトは少し照れながら自分の荷物のある場所に戻った。
「ナナ、戻ったぞー……って、寝てるのか。仕方ない相棒だな」
荷物に混ざるように眠る相棒・ナナに上着を掛けると、アクトは流れ始める景色をぼんやりと眺めていた。
ガタン、ガタン。
馬車が加速を止め、街道沿いの草原の景色の流れが一定になった頃。
「時計屋の修理なんて生で初めて見たわ、凄いのね!」
アクトの近くに座っている少女が話しかけてくる。
見た目に少々不釣り合いな幼い髪型の桃色ツインテールとそれを隠すように被る帽子が印象に残る少女だ。
「あたしはミシェ。
「オ、オレはアクトだ。こちらこそ、よろしくな。」
ミシェ、と名乗る少女が出した手を掴みながら、アクトが同じように自己紹介をする。
旅人は気軽に情報交換も兼ねた会話をする、と聞いていたのでさほど驚く対応ではなかった。
竜殺しというとドラゴン退治が生業であり、旅人の中でも手練れな職だ。
可憐な見た目だが、旅人としてはかなり優秀なのだろう。
「ところで、アクトは馬車は初めて?」
「えっ、何でそう思ったんだ」
「何度も乗ってたら景色なんて楽しまないで、情報交換とかするのがフツーよ。 草原か湿地しかない殺風景な景色なんて、1日も見てたら飽きちゃうわよ。」
御者も含めて馬車に乗っているのは10人程だ。
老若男女問わず全員が重装備で、ミシェを含め魔物退治で生計を立てている旅人のようで、軽装備なのはアクトくらいなものだ。
多くて3人組、少ないと単身の旅人が混ざりあい、御者も含めて活発に情報交換している。
ただ、全員そうである訳ではないようで、荷台の隅で目深にフードを被り本を読んでいる銀髪の女性が浮いてるようでアクトは少し目についた。
「で、馬車は初めてなの?」
興味津々、という空気でミシェがアクトに詰め寄る。
「馬車どころか、街から出るのも初めてだよ。 でも、乗ってるだけで別の街に着くなんて、便利だよな馬車って」
「ふふ、馬車で驚いてたら目的地に着いたら驚きっぱなしじゃないかしら?」
アクトがうーんと考える。
「この馬車に乗れば目的地に着ける」とだけ言われて半ば無理やり乗せられたので、正直なところ、この馬車がどこに向かって、そこに何があるのか全く知らない。
「ま、何かあったら聞いて頂戴。 初心者には優しくするのが旅人のマナーだからね」
ミシェは、小さくウィンクをしながらそう告げた。
ガタン、ガタン。
街道を馬車が進むこと数刻、変わらぬ景色の中で陽が傾いてきた。
情報交換もひとしきり終わり馬車の中が旅人達の武勇伝大会になっていた頃、馬を引く御者が乗客たちに声を掛ける。
「これから先、深い霧の中に入ります。 少し寒くなるので、良かったらそこにある毛布を使ってください」
アクトが馬車の進行方向を見ると、遠くにうっすら靄のようなものが見える。
旅人たちは「もうそんな時間か」と慣れた手付きで荷台の隅に置いてある毛布を受取り頭から羽織る。
それが当然とでもいうように、そのまま眠りについてる者もいた。
陽が傾いて涼しい風が吹いてきたとはいえ、まだ暖かい。
毛布だと流石に暑くないか、とアクトは首を傾げる。
「兄ちゃん、平原越えは初めてか」
近くで毛布に包まる大柄の男が声を掛けてくる。
先程も似たような事を聞かれたので、そんなに分かりやすいかな、とアクトは少し考える。
「平原どころか、街から出るのも初めてだけどな」
「初旅が平原越えとは大変ッスね~」
大柄の男の隣に座る小柄な男の声だ。
毛布に包まった二人が並んでいると、大小の岩のようにも見えて何だか面白い。
「大変って何が大変なんだ?」
アクトが首を傾げると、二人は詳しく説明をしてくれた。
この先、国境ともなっている平原…ミストロード平原は、数歩先が見えないほどの万年濃霧地帯である事。
そこを半日馬車で通らないと目的地に到着しない事。
濃霧であるせいか、夏の昼間ですら高原のような涼しさである事。
「うむ、今から夜になるところだしな」
大柄の男がうんうんと頷く。
「そうそう。今は暖かいけど、油断してるとすぐ凍死しちゃうわよ」
先程の少女、ミシェがアクトに毛布を渡す。
受取りながら、聞いてて良かったと安堵をする。
「そんなに寒くなるのか……。 親切にありがとな。」
馬車の進む街道の先を見ると、話しにあった濃霧地帯だろう。
白い靄が徐々に近づいてきている。
「旅人のマナーとして当然よ。かなり冷えるから風邪ひかないようにね」
「1人1枚って決まりとか無いんで、寒かったらもう1枚取っちゃっても大丈夫っスよ~」
そういいながら、小さい方の男がもう1枚毛布をかぶり、ひと回り大きい岩になっていた。
「そうなのか。 じゃあ、悪いけどもう1枚布貰っていいか?相棒にも掛けてやらないと」
「あら、もう1人いたのね。 気づかなくてごめんなさい、どうぞ。」
アクトは荷物の横で一向に起きる気配の無い相棒に毛布を被せてから、他の人を見習って全身にくるむ様に毛布を巻く。
最初は少し熱さを感じたが、徐々に空気がひんやりとしたものに変わっていった。
ガタンガタン。
すっかり日が落ちた夜、馬車は濃霧の中を進んでいた。
道がぬかるんでいるのか、馬と車輪の音に混じり、時折、泥が跳ねるような音が混じる。
何より、昼間の暖かさが嘘のような寒さとなっていた。
吐く息は白く、毛布で緩和しているとはいえ肌を突きさすような寒さを感じる。
昼間は活発に情報交換や武勇伝語りをしていた旅人達も寝静まっているので、馬車が進む音だけが鳴り響き、余計に空気が冷たい。
アクトが先ほど「そんな悪条件で進むのか?」と聞いたところ、どうやら途中で停滞する方が問題があるらしく、御者は2人交代で夜通し進むという。
馬車の周囲に目をやると、馬車に付いているランプの明かりでぼんやりと地面は見えるが、少し遠くに目をやると、光の全くない暗闇が広がっていたので、
止まらず進んだ方が良いというのも何となく分かるというものだ。
「…これは、厄介な事を押し付けられちまったかもなー」
ため息をつきながら、アクトは眠りに着く事にした。
慣れない旅路のせいか、暗闇のせいか、寒さのせいか。
眠りに付いた後、アクトは奇妙で不可解な、けれど酷く現実感のある夢を見た。
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