N35C4c ready-3/6: 傾向 3

 俗説として、独特なものはわかりにくいと言われる。手順が多いとか、他では見ないとかの、珍しい要素がわかりにくさになると囁かれている。


 実際は逆だ。ありふれたものこそわかりにくく、独特なほどわかりやすい。不慣れにより知らないだけだ。


 平凡ではいられない理由があって初めて独特さが生まれる。珍しさは理由を辿る手がかりになる。一方でありふれたものは探すべきか否かもわからないし、何を探すかも決められない。ゆえに珍しさはそのままわかりやすさになる。


 あやアルファは警戒している。リティスの獲物がナイフ一本とはおおよそ考えられない。服に仕込んでいるようにもみえない。『レディ・メイド』で触れた制服の色違いに見える。厚手の生地は簡単に破れない強さがある。パニエ入りのサーキュラースカートが膝や足首を隠す。次の動きに繋がる情報を隠すためだ。


 リティスの滅茶苦茶な言葉に一貫する何かを探す。そのためにはまず、目先の刃を無力化する。生身の右手は十手で、機械の左手は素手の性能で、ナイフを折りに行く。


 一歩。距離にして三〇センチメートルほどの短距離が共通言語になる。出れば下がり、下がれば出る。自分の距離から逃がさないし、相手の距離に入らない。


「撃たないんすか、それ」

「リティスだって来ない。返り血はやっぱり怖いかな」


 ペースが乱れた。足が見えなくても肩に出る。ひと瞬きの違いはあるべき誤差で、完全に同調して動けば不気味に映る。人気のアイドルゲームでは意図的に誤差をつけてキャラクターに人間らしさを与えている。


 社交ダンスの景色は人の数だけある。誰もが眼前の一人だけに夢中になる。優れた社交家は、そんな場でも周囲にも気を配る。


 出れば下がり、下がれば出る。リティスがフェイントを混ぜ始めた。あやアルファは無反応を以て本番を要求する。肩や肘を傾けた程度なら左手で受け止められる範囲か、右手で反撃が決まる範囲に来る。


「何かやってたんすか。初めてでも突貫工事でもないっすよね」

「剣道なら昔ね」

「へえ。長そうっすね。一や二年じゃない年季を感じますよ」


 目は確かだ。あやは小学校の四年から中学校の二年まで習っていた。師範からの評価は「四年目としては真ん中よりやや下、ただし手足の都合もあるから見誤った可能性はある」だった。彼女は蓮堂の紹介なので、ヨイショも意地悪も抜きと信用している。


 出れば下がり、下がれば出る。単調な繰り返しに見えても実際は少しずつ変化がある。応酬のたびに足元と方角が徐々にずれて、互いに有利を取ろうと、かつ取らせまいとする。


 今日は雨雲がある。太陽を背にする優位は誰も得られない。今日は雨がある。風向きは勝敗を左右する最後のひと雫になる。足元には石ころがある。わずかな段差でも立って踏ん張るには邪魔になる。


 周囲には五機のドローンがいる。武装がなくても、あやアルファが背中を見せたら体当たり程度ならできる。視界に入れておきたい。オオヤブラボーが片付けるらしいが、待てと言われた五分が遠い。


 待てるのはほとんどリティスのおかげだ。会話でも喧嘩でも試合でも、あらゆる人付き合いには攻撃側と防御側がある。今の自分がどちらなのかを把握しておく。流れが変わればすぐに気づいて切り替える。人は波だ。立ち向かえば溺れるから、上手に乗りこなす。


「リティスも何かやってるよね。言えないだろうけど」

「一応っすけどね」


 今の攻撃側はリティスで防御側はあやアルファだ。決定打は獲物にある。片や殺してもいいナイフ、片や捕縛狙いの十手とクボタン、一撃の価値が違いすぎる。


 誰もが攻撃側と防御側の両方になれる。ただし、同時には片方しかできない。防御側が攻撃をしたらその分だけ手薄になり、単純な最大値の比べあいが始まり、順当に負ける。だからあやアルファは最大値が下がる瞬間まで繋ぐ。


 対する攻撃側リティスが守りに入っている。どんなチャンスも掴まないなら無いのと同じだ。先の非対称戦ならいざ知らず、互いに条件が同じ今なら言い訳の余地はない。一応、戦略的には時間稼ぎだけで勝てるので理に適ってはいる。戦略と戦術の間での攻防の逆転はままある。


「来ないんすか彩さん、時間切れが近いっすよ」

「そうかもね。けど結局、そこにいられたら進めないよね」


 売り言葉に買い言葉、そこに重ねてリティスの刃が来た。あやアルファは左腕で受けた。衝撃は小さい。本気じゃない。おそらくは服の耐久性チェックだ。


剛毅ごうきっすねえ。どこで身につけたんすか、それ」


 あやアルファの脳裏にひとつの可能性が浮かんだ。リティスの言葉と行動のちぐはぐさに一貫性を持たせる説だ。


 ここまですべて質問から始めていた。主導権を握る技だ。攻撃側を言葉で取っている。どこかへ誘導する気だ。目的地を探るには、あやアルファの誘導に乗るかどうかを見る。


「練習だよ。未経験からで五年くらい」

「遠いっすね。三年じゃあどこまでいけますか」


 乗ってきた。数字で返した。


「リティスは経験者でしょ。今のあたしレベルなら三年で余るかもね」


 次のナイフが閃く。今度は脇腹狙いだ。左腕で斜めに受けて逸らす。この服は切れない。


 あやアルファの十手は鳩尾みずおちを突く。リティスの左手が阻む。指が枝分かれに引っかかるので、捻って折る力をかける。たまらずリティスは離すがすでに逸らされた。でんぐり返って背後を取りに来た。


 脚の都合であやにはできない動きだ。練習すればできるかもしれないが、マットなしの床や地べたで試したくはなかった。


 振り返るあやアルファに再び脇腹狙いが来る。筋肉による守りの死角で、屈強な男でさえ脇腹からなら柔らかな道で心臓まで届く。ナイフが短くても肺や腎臓などのどれかには当たる。


 ただしこれは暗殺者の狙い方だ。正面きっての喧嘩では側面を狙うのは難しい。隙を作ってからか、懐へ飛び込むかだ。今はどちらでもない。


 これもちぐはぐさに加わった。数字と脇腹狙いに始まりどこへ誘導したいか、投げ縄銃の使い所がいつになるか、見えないものだらけでも手探りで進む。

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