N34C4b ready-3/6: 傾向 2

 四箇所のプロペラで飛ぶタイプの小さなドローンたちだ。大した出力を持てないため、武装があるとも思えない。見えたカメラは市販品の改造型だ。蓮堂の探偵グッズで見たことがある。電源を改造してドローンと共有し、フレームを外して食品ラップに変える。軽量化と小型化を突き詰めると中身が丸出しになる。


 ドローンは漂うだけだ。何をするでもなく周囲をふらふらと左右している。見える範囲だけで五機、ばらばらに旋回と移動を繰り返す。


 気を逸らすつもりか? あやアルファは見渡すが目立つものはない。光も熱も見えない。


 そこへ小型のレシプロ飛行機が飛び込んだ。ほとんど割り箸のようなフレームに手紙を巻いて、小さなチップで経路を制御する。あやアルファの目なら小さなマークが見える。蓮堂デルタからの矢文だ。


 デルタ蓮堂からアルファ。ガケ下に二人、室月むろつきるる、戸浦とうらリティス。

 ゲイゲキしろ、ネウシイナを返すな。

 周囲のドローンは茸竹清羅きのたけ・せいらがソウ作、五分マて、ブラボーオオヤがおとす。

 以上。

 ここまでよくやった。


 走り書きを読み終えたらドローンの下部にある溝に挟み、レバーを回した。この仕掛けは、単品では小さな火花を起こすだけのおもしろグッズだが、矢文の紙と合わせたら話が変わる。フラッシュペーパーという手品用の紙で、少しの火があればひと瞬きの間に燃え尽きる。手の上で燃やしても熱いと感じる前に消滅する。探偵の小道具だ。蓮堂が吸いもしないタバコとライターをいつもポケットに入れている理由のひとつがこれだ。


 次の指示を受けたはいいが、遅かった。すでに崖上に人影があった。室月るるが先行して椎奈へ向かう。あやアルファが投げ縄銃を構える正面に、視界を塞ぐように白の何かが迫る。咄嗟に膝を曲げて、しなる膝下も合わせて髪を撫でるだけに押さえた。


 構え直す頃には椎奈の重そうな身を担ぎあげて、あやアルファとの間を守らせる形で背を向けた。これでは放っても椎奈を再び叩くだけになる。ならば追ってと考えたが、リティスが半端に上がっていた。


 表立っての反目は期待できない。崖登りの間は軽く突くだけで致命傷になる。リティスを投げ縄銃で捕えるのも今はできない。衝撃で突き落とす形になる。


「彩、また会おうね」


 椎奈の勝利宣言と共に、るるは崖下へ飛び降りた。入れ替わりにリティスが姿勢を戻し、小走りであやアルファへ駆け寄った。


「どーも。すいませんね、負けさせちゃって」

「まだ負けてないよ。あたしの前を離れても、他の皆がいる」


 蓮堂デルタがどこかで見ている。やがてオオヤブラボーに伝わるし、そこからオオヤの部下エコーへ届いて海上の調査が始まる。二人がどう泳いでも、『レディ・メイド』の本隊へ合流しなければ最後には同じになる。


 戦術を担うのは自分一人だけだが、戦略を担うのは自分以外の皆だ。他人を信用して預けられる。一人では足りない大掛かりな計画も、協力すれば進められる。


「信用深いっすねえ。うちも信用されちゃったんで、足止めしに来ました」


 リティスはナイフを逆手で構えた。刃を腕で隠し、持ち手を手で隠す。あやアルファとの距離を歩いて詰める。歩幅は小さくすり足で、右手と右足を同時に出す。あやアルファがどう動いても対応できるように。


「やっぱりね。だろうと思った」

「すいませんね」

「仕方ないよ。そういう事情でしょ」


 あやアルファも下がる。崖から離して、投げ縄銃の衝撃で落ちない空間を確保する。弓なりの足は後ろ方向の段差なら弾力だけで越えてくれる。生身の足では真似できない芸当だが、逆に前へのすり足は真似できない。加減を誤れば土に埋まってしまう。


 五機のドローンは散開し、二人の周囲を囲んでいる。あり得る展開だ。リティスは半端に遅れて崖を登っていた。あやアルファへけしかけて二対一に持ち込むでもなく、追ったら迎撃させるでもなく、半端に遅れていた。向こうもリティスを信用せずに使っている。


 やりようはある。あとは、どうすればやれるかだ。


「けどリティス、あたし達をもっと信用してみない?」

「どういう意味っすか、それ」

「あたし達が勝つ。レディ・メイドは全滅する。そうなればリティスも椎奈も誰にも追われず安心の暮らしになる。名付けて、いつメンでずっと遊べる大作戦」


 リティスはため息と共に首を振る。直前に表情が一瞬だが硬直していた。義眼の映像記録があるから見間違いではない。


「わかってないっすね。うちはね彩さん、皆さんに応えて有用性を証明しなきゃならないんすよ。レディ・メイドが負けるはずがないっす」


 リティスの言葉は滅茶苦茶だ。最初に会ってから今日まで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返している。


 一方で、場当たり的な喋りにも見えない。リティスの茶立てを見た。味覚と嗅覚で味わった。確実に技術がある。技術を身につけるための知識や知恵もある。根拠はないが、何かがおかしい。その違和感を信用する。


 あやは考えていた。滅茶苦茶に見える中から規則性を探す。今日もこう来ると思っていたから、初めから説明に使う言葉を引き出そうとした。


 これ以上は無用だ。


「リティスとも戦わなきゃ、か」

「そういうことっす。手加減とかやめてくださいよ、趣味じゃないんで」

「しんどいなあ。今日だけで友達を二人も無くすなんて」


 運動と危機感と解放感の繰り返しであやアルファ自身もハイになっている。心は体でできている。分泌物と循環器と、あとは脳が持つ短期記憶や長期記憶も臓器の範疇にある。体が思考を作る。


 あやアルファは十手を構えた。相手がナイフを持つなら、その刃を折る。

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