3章 捕縛作戦
N24C1a 蓮堂探偵事務所 1
事務所に続々と集まった。作戦会議の場はダイニングテーブルだ。中央には寿司やピザを置いて、手元にはナプキンと飲み物と資料を置く。ブラインドを閉じて、カーテンで二重にして、電波を監視して、漏れるリスクを減らしていった。仕上げにホワイトボードを置いたら音頭をとった。
一人目、
二人目、
三人目、
四人目、
五人目、
六人目、
平均年齢三十七歳の作戦会議が始まった。中央の寿司とピザはゆっくり減る。
「状況の確認からいくぞ」蓮堂が始めた。「こっちの四人は共通で『レディ・メイド』の連中を叩き潰す理由がある。彩には詳しく伝えてないが、とにかくあるんだ」
あやは頷いた。目と手を次の大トロに伸ばす。持ち込んだオオヤが満足げに眺めて、その顔に気づいたので親指を立てて礼を現した。
「チャンスは八日後だ」蓮堂が用紙を示した。「連中が何者かと接触する計画を見つけた。その地図にあるのが時刻と推定経路だ」
千葉県の崖だ。ドラマのクライマックスとして有名な場所で、犯人が海に飛び込もうとして刑事が取り押さえる。
経路を示す線は崖の上下にある。海で動くチームと、草原で動くチーム。
「すなわち」オオヤが広げた。「海外との繋がりか。絞り込めたのかい?」
頭目とはいえ、目が届く範囲は構成員の技量が決める。国内なら把握できても、国外まではほとんど見えない。せいぜいが出入りするモノの流れまでだ。
「船の国籍はスペインですね」岩谷が写真を見せた。「ただしこの情報も数日後には間違いになっているかもしれない。情けないですが、足取りらしきものを追う程度に甘んじています」
書類と実態が噛み合わない船、幽霊船。広大な海は進むにも調べるにも制約がある。次はどこに現れるか、推測して先回りをして、その上で実態を暴かなければならない。有能な人材にも制約がある。
レーダーやソナーを使えれば楽だが、そういった技術だけでは合法の仮面を剥がせない。正規の船として海原を渡り、排他的経済水域も深くまで入り込んでから、誰にも見えない場所で正体を表す。
「御託はいい」蓮堂が流れを変えた。「幽霊船はこの場所に現れる。地上の連中が求めているからだ」
大トロはおいしい。普段はなかなか食べられない味だ。これも漁師が船で釣り上げたものを地上に引き渡して成り立っている。海は海だけでは完結しない。必ず地上とのやりとりがる。
「それで蓮堂」あやが切り込んだ。「あたしは結局、何をするの? その船に乗り込む?」
結果は行動についてくる。会議は方針を決めるためにある。この場で必要なのはひとつだ。結論を出すこと。
「地上の勢力予想図を見ろ」蓮堂が別の紙を示した。十字に分割して線と点が並ぶ。「人材不足は『レディ・メイド』のほうが深刻だ。大々的に集められないからな。少人数で動かせるのはせいぜいこの程度だ。彩は地上の奴を叩いてほしい」
四人は苦しい。二人は不意打ちで始められればどうにか。一人は期待できない。
「この図はさ、どうしてこうわかったの?」
「地形だ。動きやすい場所や隠れやすい場所を使うし、どちらでもない場所は使わない。自分では用意できない以上、頭打ちも早い。もちろん、不可能を可能にする技術を発明したら覆せるが、それを持ってるのは彩だ」
あやの晴れ舞台と蓮堂の問答で寿司が減っていく。オオヤはタコばかりを、岩谷は手近ないろいろを順に。ハマカンと尻沢はそれよりも手元の資料を眺めている。
あやが知らない所で動いていた話だ。しかも、それぞれが長い時間をかけて蓄えた技術が見て取れる。大筋は蓮堂に訊けば教えてくれるが、しっかりした理解のためには経験が足りない。
「彩以外の役割も伝えておこう。私はオペレーター、オオヤは逃げていく連中の追跡、岩谷は裏での根回し、尻沢は動向の調査と犬笛の発信、そしてハマカンは彩の救助や整備だ」
「警察とかの人は?」
「使えない。動向が筒抜けになって逃げられる。だからこういう、独立した少人数で動くハメになってる」
「てことは荷物が多くて怪しかったりしたら」
「普段通りに職質とかで時間を取られるだろうな。味方にはつかない」
蓮堂はメンバーの顔を見た。あやも続く。咀嚼の有無を除き共通で、顔をあやと蓮堂に向けている。
「ヒーローの出現は戦略が破綻している証拠だ。私たちは今、ヒーローを求めている」
苦々しい顔で。
期待はわかった。あやは背負った。明らかな難事だが、それでこそ挑む価値がある。些事だけの世界を生きるのは苦しい。天井が低い家には住みにくいように。
「ひとつだけ、リクエストがあるんだけど」
あやは遠慮がちに訊ねた。
「
「どうするかは彩が決めていい。元より彩の協力が不可欠な一件だ。彩が望むようにする」
蓮堂の目配せに、岩谷は頷いた。
望むように。ならば、助け出したい。あやは傲慢と知りながら願った。リティスは他とは違う。凛丹のように詰めてこなかったし、るるのようにストイックな動きもしていないし、椎奈のように熱心でもない。それどころか言動や行動がちぐはぐだった。すべてが中途半端だ。腕の悪さとは違う。もっと意図的な、反抗心を出しきれていない様子に見えた。
しかし同時に、リティスは『レディ・メイド』の一員として動いてもいる。見せていないだけで手を汚していてもおかしくないし、不本意だったと主張が通るなら司法は崩壊している。少なくとも盗聴器はどこまで贔屓しても言い逃れができない。
それでありながら望むようにとは? ダブルバインドだ。バラバラの情報を提示されている。あやは混乱している。手放しに信用してはいけない。言葉の奥にある本心を引き出す。
「本当に? どうして?」
「彩が前線で動くからだ。私や岩谷がどう要求しても、彩は無視してこっそり動ける。大雑把に言えば、殺せと言っても殺したふりをして逃がせるし、捕まえろと言っても勢い余って殺せる。この場でこそ私がリーダーとして決めてるように見えるだろうが、本当に決めるのは現地で動く者、今回は彩だ。だから最初から、彩の好きにしていいと取り付けた。契約書だってある」
注目先は蓮堂から岩谷へ。手帳に書き込む準備をしていて、何を書くかはこれから決める。
「手は尽くすし、無理は通します。新たな戸籍、銀行口座、クレジットカード、それから家あたりですか。親が必要なら、蓮堂さんがいるので困らないですが」
「待て、勝手に決めるな」
「決めるのは彩さんですからね」
蓮堂は顔を背けた。目の前にかんぴょう巻きを見つけて口に入れた。「まずい」とぼやき、ハマカンと痴話喧嘩を始めた。
重苦しい始まりをしたが、あや以外も重苦しく感じている。あやにはそう見えた。大人であっても天上人ではない。耐えられる緊張には限界がある。蓮堂のぼやきで賑わう食卓が始まった。
今回ばかりは、好物への貶し言葉で始まればわかっていても熱くなる。あやが小さい頃から率直な感想と反撃のプレゼンテーションを繰り返してきた二人だ。前提を知らなければ、今にも殴り合いが始まりそうに見える。不安は顔に出る。あやは見つけられるから、どうにかする。
「とりあえず聞いてよ。リティスはきっと話が通じる相手だと思ってる。あたしがここまでの話をして、選択肢を出して、決めさせる。これでいい?」
言い合いは収まり、両者ともに笑みを浮かべた。
「干瓢巻きさえうまくなる玉虫色の言葉だ。あとは尻沢、引き続き確認を頼むぞ」
「お任せを」
蓮堂とハマカンの推し合戦が再開した。寿司まで遠い席もある。取りに行くように尻沢が忍び寄り、蓮堂の尻へ手を伸ばす。蓮堂はすぐに弾いた。
「八十八勝五敗だ。露骨すぎたな」
「かっこいい娘さんです」
やはり蓮堂は顔と視野角が広いらしい。あやはまたひとつ、見習いたい点が増えた。
「全員、もう疑問はないな。すべて共有したな。締めるぞ」
蓮堂は姿勢を正した。
「蓮堂探偵事務所、再稼働だ。地味にいこうか」
あやが指だけで地味な拍手を送った。周囲はあやに続いて音のない喝采を送った。
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