N23B4c 対立陣営 3

 考えるべきキーワードを書き出してからベッドに向かった。眠るまでずっと蓮堂の声が扉の向こうから聞こえる。懐かしい感覚だ。前回は小学生の頃、それ以上を思い出す前に、あやは眠った。


 時刻は午前の六時。たっぷり九時間は寝ていた。


 頭がすっきりしている。昨日のややこしい出来事が夢での話だったように感じる。しかしメモで振り返ると、やはり現実だ。


 起きてからずっと蓮堂が何かを動かす音が聞こえる。部屋をひっくり返すような騒がしさもある。こんなのは初めてだ。扉を引き、蓮堂の作業場を兼ねた居間に出た。


「おはよー。蓮堂ちゃんと寝た?」

「おはよう。彩がぐっすり寝てる間に私もぐっすりだ、安心しろ」

「ならいいけど」


 あやは荷物を眺める。昨日まではカバーの下にあった、パソコンや周辺の機械たちが今にも動きそうな構えになりつつある。椅子を中心に、放射状に。整然と並ぶ一角とは別のまとまりでカバーの収納袋と、あとは謎のトランクの山をちょうど蓮堂が動かしている。音の正体はこれだ。


「朝飯は待ってくれ。ピザと寿司が来る」

「蓮堂もウーバーするんだ」

「出前と言え。どこぞの馬の骨より安全だ」


 片付けがひと区切りした様子で座った。部屋の隅に仮置きの山と大きな椅子がある他は普段通りで、あやと向き合う。


「蓮堂、考えをまとめる手伝いがほしい」

「いいだろう」


 あやも椅子を出して座った。蓮堂と同じスツールだ。機能はキャスターと高さ調整だけで、背もたれがない分だけ小さくて動かしやすい。リラックスには程遠いが、立って座ってを繰り返す状況を想定している。


「まずあたしたちの状況について。厄介な事件の渦中にいて、放置したら危険なんだよね」

「そうだ」

「事件に関わってるのは、あたしたちと、『レディ・メイド』の人たち。の、二勢力」

「おおむね合ってる。誤差程度だが一応な、私たちの範疇には彩が知らない顔ぶれもいるのと、『レディ・メイド』は大組織のごく一部だ」


 あやは頷いた。前提がわかっていれば、次にどう動くべきかを決められる。


「蓮堂はその組織の誰かと因縁があるよね」

「そうだが彩もだぞ。気づいてるだろうが」

「あたしの産みの親の友達がいるよね。あとあたしの友達、のふりして近くにいた」

「もうひとつある。勇気があるなら言う」


 蓮堂が目を逸らした。露骨に重い話だ。あやの周りにある重い話のうち心当たりはひとつしかない。


「あるよ。勇気も、覚悟も」

「頼もしいな。取り乱すなよ」


 手を膝の上に。


「彩の両親、自動車事故だったことになっているが、連中の仕業だ。証拠が出ないから動きようがないだけでな」


 覚悟はあった。けれど、ショックもまたある。不運でも不幸中の幸いでもない。仕組まれていた。最初から。


「彩。怒ってもいいし、八つ当たりしてもいい。この机はいい音が鳴る」


 金属が軋む。あやの左手だ。以前は油圧シリンダが破れたが、今回は軋む止まりに押さえた。それでも蓮堂が机を軽く叩いた音よりも大きく聞こえた。


「しない。ショックだけど、育ててくれた蓮堂とハマカンのほうが大きいから」


 蓮堂の肩から強張りが抜けた。あやの左目にはそれが見えた。


「あたしが生き残ったのは偶然? それとも失敗?」

「偶然だろうな。連中にとってただの三歳児はどっちでもよかった。だが私が義母になっために、今は彩も向こうの邪魔になってる」

「わかってきちゃった。それでハマカンの義肢とか岩谷さんの仕事とかをこっそり持ってきた。偶然でも無関係でもないんだ。全部これからのために」


 蓮堂は肺のすべてを吐いて、大きく吸った。


「察しがいい。理由がどうあれ、私は何人も使って彩の人生をもてあそんだ。すまなかった」

もてあそばなかったら人生にもならずに死んでた。いつもありがとう、蓮堂」


 あやは胸を張って答えた。昨日までは大きく見えた蓮堂が、今日は縮んで見えた。


「でさ蓮堂、これからあたしたちは一蓮托生となって『レディ・メイド』の奴らと戦うと思ってるけど」

「そうだな」

「どう戦うの? まさか喧嘩じゃないよね。この日本でそんなの無理だよね」


 そうだと言ってほしいところだが、蓮堂の顔を見ただけで察するものがある。探偵だった頃に何度となく違法すれすれの動きをしたり、立件できないのであたかも合法のように動いていた。


「普通はそうだが、忘れたか? 岩谷がいる。つまり後ろ盾があって動けるわけだ。国家ぐるみだから犯罪にはならない」

「それって、もしかして」

「喧嘩だ。しかも、とびきり派手な」

「げーっ。てことは命の保証とかさ」

「ない。私も、あとは岩谷の首も」


 再び蓮堂が大きく見えた。今度はあやが縮んだ。


 いくら義肢のおかげで常識はずれの動きができるとはいえ、それを扱う心はどこにでもいる女子高生だ。不良ですらない。普段ならば考えもしないような行動に臨むのは苦しい。勇気が足りないのではない。忌避だ。


「念のためだが、人を殺すわけじゃあないぞ。投げ縄を飛ばすみたいな道具がある。アンパンマンとかポケモンとかのアニメでもちらほら出てくるやつだ」

「それ使うのばいきんまんとロケット団でしょ」

「まあ、うん」

「やっぱり。あたしはてんどんまん派とケンジ派だよ」

「渋いな。私はマルデヘンダー派とアキハバラ博士派だ」

「誰?」


 笑顔は空気を軽くする。あやは楽観した。具体的な行動はともかく、中心にいるのは蓮堂だ。蓮堂が誰かの指示に従うなんて考えられないから。その蓮堂がいるなら、悪い結果にはきっとならない。


 状況はわかった。二陣営の対立だ。理由もわかった。相手の陰謀から自分たちを守る。


 あやは義肢による動きで加わるので、きっと前線かその付近にいる。


 ノックに続いて扉が開いた。


「来たか。寿司が」


 蓮堂が立ち上がった。あやは道を開ける。玄関の側へ向かう。


 彼とは顔を合わせたことがある。大谷秀臣おおたに・ひでおみ、通称オオヤだ。

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