N18B3a 策略家 1

 埼玉県の荒野にぽつんと佇む倉庫。


 壁と天井でたんまりと空気を抱え込んでいるが、まともな建物らしさは隅にある安アパート程度の部屋だけで、それ以外は風を受ければいつでも破れそうな音で軋む。シャッターと照明器具が電気を使ってなけなしの文明らしさを誇っている。もちろん冷暖房はない。


 蓮堂の赤いスポーツカーが入った。四角に並ぶ車の四台目として右手前側に、停めたら中央の三人と合流して話が始まる。


「待たせた。リーダー様が来たぞ」


 蓮堂の言葉に隠れて進んだ。


「元気だったな」ハマカンが親指を立てた。「どうも」岩谷が頭を下げたらシャッターを降ろしに向かう。その隣に待つ強面がオオヤだ。顔はハマカン以上にオヤジ臭く、背広は岩谷より高級品で、威厳は蓮堂より大きい。


「彩ちゃんだね。初めまして。蓮堂くんから聞いた通り、僕のことはオオヤと呼んでいい」


 言葉や物腰が柔らかくても強そうに響く。オーラを感じる。あやはまだ他の言葉を持たなかった。


「初めまして。蓮堂との関係を聞いてもいいですか」

「事務所の大家、大口の依頼主、まあそんなところだね。昔は雑務を手伝ったこともあるが、ある時期を境に僕の出番はなくなった」

「あたしの産みの親と関係ありますよね」

「その通りだ。リナちゃんを助手にしてすぐの頃は、蓮堂ママと呼ぶこともあった。今や本物か」


 視線が蓮堂に集まる。苦い顔でバトンを受け取った。


「その呼び方をしたのはオオヤだけだ。誤解を招くな」

「そうだったかな。ところで、呼び方は蓮堂くんの指示かな」

「彩が選んだ結果だ。私は口を出さん」


 シャッターが時間をかけて閉じた。光は南側の窓と、やけに頼りない蛍光灯から。本題が始まる気配は目線に出る。切り出したのはオオヤだ。


「では、始めようか。題して『一斉摘発作戦、危険なメイドを確保せよ』いいオペレーションネームじゃないかい」


 苦笑いが答えになる。あやは一人だけ情報が足りず、裏で何が動いているかわかっていない、と蓮堂が捕捉した。説明は岩谷が受け持った。車のボンネットに置かれた、プロジェクターとノートパソコンを使い、床をスクリーンとした。


「話は彩さんに頼んだこの一件に遡ります。安藤奈津五郎あんどう・なつごろうが取引をしていた彼女、これが『レディ・メイド』の一員とは最初期から目星がついていました。確証がないので伏せていましたが」


「目星をつけたのは私だ」蓮堂が引き継いだ。「金の流れが怪しい連中をリストにした。そいつらの中で、その位置にその服装で現れる候補は『レディ・メイド』だけだ。まあ、確証は彩の大手柄まではなかったが」


「あたしが?」記憶を辿った。「求人情報をやけに喜んでたあれ、本当に大手柄だったんだ」

「そうだぞ。あれがなければオオヤも岩谷も、全力を向けられなかった」

「やたっ、うれしいな」


 無邪気に喜んで見せる。大袈裟に見せるのは演技だが、喜びは本心そのままだ。自分の行動が誰かの助けになるのは嬉しい。誰かが大きな動きを成し遂げるほど、自分が担った一部の価値も高まる。


「その前の話もある」オオヤが割り込んだ。「僕らは彩ちゃんが巻き込まれるとわかっていた。だから少しずつ手を出して、巻き込まれさせた上で利用したんだ。許せとは言わん。恨め。僕にも恨みがある」


「私には引け目がある」蓮堂が捕捉した。「私の仕事の結果がオオヤの父親を殺す結果になった。間接的にだがな。持ち込んだのは『レディ・メイド』の上にいる連中で、同時に私の昔の女の仲間だ」


「まって、こんがらがる」あやが整頓の時間を求めた。「蓮堂には昔の恋人がいて、その人の仲間が蓮堂に依頼をして、その影響でオオヤさんのお父さんが殺されて、だから仇を探してた」

「そうだ」

「その仇の候補のひとつとあたしが触れたから、うまく動かして引きずり出そうとして、今はいよいよ仇討ちを始める準備が整いつつある」

「話が早いな」

「おっけ、あたしは何をしたらいい?」


 この答えにオオヤが反応した。注目の先を改める。


「何かをする気があるのかい?」

「奪われたのに黙っていたら、許してくれる奴でしょ。また奪われちゃうよ。だから対価を見せておく。どこでも同じでしょ? 規模が学校より大きいだけで」


 あやは真っ直ぐに見つめる。オオヤはたじろぐ。言葉の応酬が止まったので、次は岩谷が。


「彩さん、僕ら法治国家の一員としては、復讐の連鎖は止めないといけない。自力でやるのは以ての外だ」

「それもわかってるよ。だから手段を正しくする。復讐だと知ってるのは当人だけでいいし、手続きが正しいなら傍目には正しい人に見える。ちょうど詳しい人がたくさん集まってるし」


 蓮堂は満足げに声をあげて笑った。ハマカンも同様に、こちらは静かに。


「とのことだ。オオヤ、抜け駆けはやめておけ」

「ご立派に育ったもんだ。誰かに似てな」

「ハマカンだな。私よりよほど長くいる」

「俺か? 友達思いはいいことだが、このやり方はレンちゃん寄りだろ」


 張り詰めた空気から一転して賑やかになり、すぐにまた真剣に戻る。頭の中が透き通って感じる。緩急の源はあや自身にある。産みの親が築いた縁という名の遺産だ。


 今後の計画を共有する。


 『レディ・メイド』の一員が近いうちに闇取引をする。これは岩谷が調べた動向から確実だが、場所と日付がわからない。蓮堂が候補を絞り込めるが、それだけでは足りない。なので、あやが内情を探る。場所と日付がわかれば追い込んで確保する。人員は蓮堂とオオヤと岩谷、加えてその配下だ。それらの事情に合わせて、ハマカンが道具を作る。


「彩にもうひとつ謝ることがある」蓮堂が切り出した。「録音データを渡してもらったが、実は受け取る前からリアルタイムで聞いていた。黙ってて悪かった」

「まじ? 恥ずかしい話とかしてなくてよかった」

「それらしい音が聞こえたら切るつもりだったさ。しんどいからな」


 すなわち、あやが大ニュースとして言うつもりだった話をすでに共有している。来週の水曜に重要人物が訪れる。今日のあと、土日月火の四日で整えて決行する。誰も何も言わないが、全員がそのつもりで動いている。あやにはそう見えた。


 話も終わりかけた雰囲気なのであやが質問を切り出した。


「ここに集まる必要って? ビデオ通話とか色々あるけど」


 大人たちは誰が答えるかを目線で示しあう。岩谷に一票と蓮堂に三票、満場一致だ。


「盗聴への対策だ。二つの方法を警戒してるが、詳しくは別の日だ。ちょうど教材が出てくる」

「ここなら安全なんだ」

「まあな。スマホを見てみな」


 あやはポケットから取り出した。左上には圏外と書かれている。壁の上部を見た。巨大な窓が並ぶ、つまりは電波を通すはずだ。電波を遮断する加工があるかもしれないが、他の壁も金属製には見えないから、一面にそんな加工をしていることになる。が、質感からはとてもそうは見えない。ならば思い当たる理由はひとつ。


「埼玉県って電波も通らないんだ」


 はずれだ。周囲の薄笑いからわかる。そんなにおかしい考えとも思えないので、あやは不思議な顔で返した。


「確かに埼玉県は不毛の地だが」蓮堂が説明した。「電波は届いてるさ。特に人工衛星を使うやつは、埼玉県だからって避けやしない。圏外なのは妨害電波があるからだ。逆相の電波をぶつけて打ち消してる」

「なんだ、びっくりした」

「私もびっくりした。いくら埼玉県でも、本当に電波が通らないのは川越市の脇田本町だけだ。駅と本屋だけは綺麗だが、他は本物の荒地だから行くときは覚悟しておけ」


 この場に埼玉県出身は岩谷だけで、彼も脇田本町とは縁が遠く、実状でないとは言い切れないし義理もない。もちろん行かないのが一番だが、世の中には万が一がある。


 会合は賑やかに終わった。


 ハマカンと岩谷は右ハンドルで、蓮堂とオオヤは左ハンドルだ。この倉庫のように左右に停めるならこれが集まりやすく解散しやすい。たかだか数秒が生死を分ける世界にきっといる。平和な日常は誰かが危険への対処を引き受けるおかげで成り立つ。


 あやは初めて実感した。自分がその一員になっていたと気づき、誇らしさが半分、緊張が半分だ。


 リティスの扱いに確証はないが、このメンバーへの不安もない。きっとよくしてくれる。

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