N11A4c 求人情報 3

 ハマカンにも事情は通した。蓮堂が送った。


 あやが普段使いしている脚の一番は、別に運動ができないわけではない。あまりしない方がいいだけで、いざとなれば走るとか泳ぐとかもできる。スポーツ用や特殊型は外見が特異なので必要と分かっている日だけ付け替える。


 他の脚をハマカンの所に置いてきたのは正解だ。ちょっとした整備や思いつきで調整できるし、保管に適した環境でもある。今頃は前回よりもさらに特異な動きに耐えられたり、調査向きの機能を追加しているに違いない。


 始まりは金曜日だ。あやは放課後に、茶道部の活動より優先して椎名町へ向かった。


 求人への応募として連絡したとき、蓮堂も挨拶した。言外に独断ではないと伝えてある。トラブルに巻き込めば知らせが届く。相手が一人でなければ手出しは一気に難しくなる。


 西武池袋線が揺れる。椎名町は池袋のひとつ前だ。時間に余裕があるので、改札を出たら周囲を歩き回って道を覚えておく。義眼にも記録する。


 あやは扉を開けた。ここが『レディ・メイド』だ。


「ごめんください」


 足元を確認する。段差なし、靴箱もなし。土足のままで入る店だ。続いて左右を。右はトイレへの細道、左にはカフェらしくテーブルと椅子がならぶ。客はまばらで、大人の話らしきグループや、期待外れだったらしき若者グループが、それぞれ静かに話していた。


 そして最も目立つ正面は、いつも通りがかりに見るのと同じ、クリーニング店らしいカウンターの奥にコインランドリーに似た洗濯乾燥機が並ぶ。二つは回っているのできっとカフェ空間にいる誰かの服だ。


 足音と、続いて奥から顔が見えた。背が低くて短髪の子だ。カウンターに飛び乗り腕で支えて話した。


「いらっしゃいませ。その出立は、面接の方ですか?」

「はい、十六女彩いろつき・あやです。よろしくお願いします」

「わたしは黒田凛丹くろだ・りんにと申します。こう見えて二十二なのでご安心ください」


 お人形みたいに小さくてかわいいのに。世には思い込みを打ち破る人間がいる。肌とエプロンが白くて、髪と服が黒くて、ワンポイントの赤がカチューシャと名札で輝く。彼女はフロアリーダーとクリーニングを担当している。


 案内されたのはカフェスペースの奥の扉だ。口の字型の空間の残り半分を横目に進んだ。ボックス席やカウンター席、目的に合わせて席を使い分けられる。


 応接室のソファは座り心地が蓮堂の事務所に劣る。壁までの近さも圧迫感になる。こうして見ると蓮堂がいかに金をかけているか分かった。後で伝えよう。


「さて十六女いろつきさん、早速ですがこちらの記入をおねがいします」


 出てきた紙はチェックボックスだけの、アンケートより簡素な表だ。希望する作業や出張の可不可を、世間話を交えながら書きあげた。


「ありがとうございます。こちらが制服です。かわいい緑色ですよ」

「話が早いんですね。バイトって初めてなんですけど、もっと受け答えがあると思ってました」

「皆さんそう言いますけど、分かってから求人を送ってますからね」

「言われてみれば確かに。それでですか」

十六女いろつきさんも話が早い方ですね」


 凛丹はお上品に笑った。手が小さくて、それでも顔の半分は覆える。けれど、不釣り合いで気になる点もある。親指の側面に硬化した様子が見えた。固いものを握るとか、どこかで擦れたりした結果だ。この小さな身で頑張っている。あやがそう考えるには十分だ。


「黒田さんって、どう呼べばいいですか? リーダー?」

「普段は凛丹と呼ばれることが多いので、同じくそう呼んでいただいていいですよ」

「結構フレンドリーなんですね。じゃあ私も彩って呼んでくれたほうが短くていいです」

「彩さん。素敵なお名前ですね。ひとつだけ注意をお聞きください。一部のお客様が私のことを、重箱読みでリンタンと呼びますが、これは真似しないでください」


 苦労が垣間見える。可愛い子へのアプローチはしたくなるだろうが、関係性が役割だけの相手には控えるものだ。


「わかりました」

「助かります。着替え終えたら研修からいきますよ」


 更衣室は特別には用意がなく、応接室の奥の区切った部分を使う。服や荷物を入れるロッカーは正方形で、コインロッカーを思わせた。大雑把でも畳んで入れる。


 制服はメイド服だ。露出も飾りも一切なく、生地は厚手で頑丈かつ通気性に優れている。無骨な本格派、あやの馴染みから離れて新たな扉を開いた。姿見で確認する。服と名札が緑で、襟とカフスとエプロンが白。統一しつつも色で違いを印象付ける。


 ロッカーの鍵はエプロンの内側ポケットに入れる。ひと通りを義眼に見せたらクリーニング受付へ向かった。


「似合っていますよ」


 凛丹の笑顔が迎えた。忘れそうになるがこれは潜入捜査で、ここからは動ける範囲が増える。早めに情報を拾いたい。しかし、違和感が出てはならない。あやは適切の範囲で多くを見て持ち帰る。持ち前の社交性が武器になる。


「えへへ。ところで他の方が見えませんけど、挨拶はどうしたらいいでしょう」

「厨房は担当以外は入っちゃだめです。どなたかがベルで呼んだら注文を取りに出ますので、そのついでにどうぞ」


 衛生管理のために。異論の余地がない。ベルの音を待つ。


 今日は凛丹の手が空いているのもあり、クリーニング側の研修から始めた。道具の名前と使い方、受け取った品の扱い方、応対の作法。すべてすでに知っている、当たり前の内容だ。万が一にでもずれたら困るので確実に共有していく。分量や詳しい手順は説明書を見れば誰にでもできる。あとは経験を増やすだけだ。


 席にいた客が帰る。凛丹が彼らに話して、レジ打ちの研修につき合ってもらった。


 伝票に席番号が書かれているので、押すと音が出るおもしろ装置に打ち込むと、画面に品名と金額が出る。お互いに確認したら支払いに移る。


 客人が提示した方法は交通系カードで、読み取り機を動かす操作もおもしろ装置を使う。最後にお礼と見送りの挨拶をして、客が背を向けた。


「よくできました」

「ありがとうございます。意外とアナログ寄りなんですね」

「私たちがアナログの存在ですからね。なんだかんだでどんな状況でも使える信頼性はアナログが一番ですよ。機械の役目は、自力でもできる作業を自力より早く片付けることです」


 この話には聞き覚えがあった。蓮堂が似た話をしていた気がする。これも後で報告する。


 新たな客は来ずに時刻が過ぎる。ベルは鳴らない。初日はここまでだ。


 ほとんど暇に座っていただけでそこそこの時給になる。割のいい仕事だが、うまい話には裏がある。そうでなくても繁盛する日を見れば給料が安く感じるかもしれない。


 あやは着替えて帰路に着いた。無事に帰れた。

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