N09A4a 求人情報 1

 月曜日は登校する。蓮堂と相談して決めた。


 義手の七番で録音を続けて、あとで蓮堂に送る。トイレとかの伏せたい部分はあやの裁量に委ねる。自分の耳で聞くよりも不自然なく情報を得られる。あや自身は普段通りに動いていればいい。


 加えて、足に位置情報を仕込んだ。歩いて地面を踏めばその位置を送り、歩かずに動けば一定の間隔で位置を送る。危険を伝えたいときは片方の足を五連続で送る。


 どちらも蓮堂が探偵だった頃に使っていた。これのおかげで助けを呼べたと言った。すなわち、助けが必要な事態を想定している。


 あやは不安とまごころを同時に抱えて教室に踏み込んだ。少し遅くなったのですでにいつメンが集まっていた。


「おはよ。遅れちゃった」

「前に早かった分だけね」


 駄弁る輪に一時いちどきくんも加わっていた。あやが来るまで、戸浦先輩のどこに惹かれたと話していた。


「何かあったの? 昼休みを待たず話せたとか?」

十六女いろつきさんに変でないか見てもらおうと。好みの感じっぽいですかね」

「少し話しただけじゃそこまで分かんないよ。けど相手に合わせるよりさ、自分の納得するものを出しなって」

「それ! あたしもあやと同じこと言ったのに、イッチってばビビりまくってんの」

「こんなに燃える出会いはもうないと思ってしまって」

「相手に合わせたおかげで成功しちゃうほうがやばいよ。最高だと信じたものを一生、隠し続けるんだよ。無理でしょ。自信もって曝け出しなって」


 あやの言葉は蓮堂からの受け売りだが、その積み重ねがあや本人だ。行動は説得力になる。


 話の輪に男子グループも挟まってきた。彼らは一時いちどきくんを応援する友人たちだ。高校一年生にして一世一代の大舞台のように応援団が集まった。昼休みは直下の階段で待とうとも。


 あやも待つ組のつもりだったが、同伴を望む声が過半数を占めた。口下手同士では話が進まなそうと言って仲介役としてあやを推薦する。


「めっちゃ責任重大じゃん」

「あやならできる」「だね」「俺からも一時いちどきを頼む」


 いくらあやでも、こうまで押されては断りづらい。渋々と頷く、周囲では手を合わせて拝んだ。


 午前の授業を四枠、真面目に学んで昼休みに入った。


 約束の音楽室前へ向かう一団が集まる。一年のフロアは二階で、三年と音楽室は四階にある。教室とは反対側の階段をのぼる。


「そいや椎奈は? 全員が外してたら予習できないでしょ」

「骨やって入院だって」

「うわ大変。入院するほどって相当だよ」


 あやが言うと空気が変わる。腕と脚を失うほどの大怪我は他にない。


「あたしよりましだろうけど」


 なので持ちネタで和ませた。困ってさえいなければ笑い飛ばせる。控えめな半笑いまでは持ち込める。


 皆を待たせて、あやと一時いちどきは音楽室の前に着いた。階段の有無の分だけ早かった。戸浦先輩はすでに待っていた。


「どーも十六女いろつきさん。そちらが?」

「そう、彼が一時いちどきくんです。ではあたしは脇役なので」


 あやは物陰へ引っ込み後頭部を見せた。当人同士の話に割り込む気はないし、肩入れもしない。横に並ぶと圧迫感になるから離れて待つ。人間は単純なもので、なんとなくを鋭敏に察知する。


「突然すみません。一目惚れをしてしまいました。話の機会をいただけてありがとうございます」

「いいっすよ。どうせ暇ですし」


 興味なさげの抑揚で答えた。


「申し遅れました、一時理助いちどき・りすけです。お名前をいただいてもよろしいでしょうか」

「体育系っすか、その言葉。戸浦とうらリティス、日本人とアメリカ人のハーフっす。見た目じゃわからないでしょうが」

「どこか違う雰囲気だけはあります。物憂げというか、格が違う方というか」

「そうなんすか。自分じゃあわからないっすけど」


 リティスは口下手だが、嫌ってもいない感じがした。ただ、一時くんの言葉のどれかに引っかかっているような間がある。どちらも根拠はあやの勘だ。


 立つ姿勢を変える様子がない。重心の移動とか、身振り手振りとか、熱が入れば無意識に出るような仕草がない。もしくは、服が擦れる音を出さずに動いている。


 試しに肘で脇腹をなぞり確かめた。やはり制服は音を防ぐようなニッチな素材ではない。ならば本当に、後ろにいる二人は棒立ちで話しているか。


「ところで一時いちどきさんは、その格が違う相手に求愛する格なんすかね」


 リティスは棘を刺した。意図してとも無意識とも知れないが、とかく一時いちどきは言葉を詰まらせた。


「恥ずかしながら一時いちどきさんの活躍を見たことがなくて。なんで見に行かせてくださいよ。グラウンドを見下ろすだけでもいいっすよ。それか体育館種目なら、どうにか都合をつけられたら」

「ちょうど今日、サッカー部がグラウンドを使います。僕は左コートで、前半は手前の後半は奥で、フォワードをしてます」

「了解、見ておきます。意外と花形なんすね」


 リティスは歩き、あやの前へ来た。


十六女いろつきさん、紹介ありがとうございます。これからはうちだけでも喋れますんで」


 事務的な抑揚ではあるが、話の内容からは好印象と見えた。懸念したほど口下手でもない。付き合う相手を選んでいるか、練習したか、もしくは。


「どういたしまして。あの、彼はそんなに?」

「まだわかんないっす。けどあんなに言われたら、興味は出るっすよ」

「戸浦先輩、結構かわいい所あるんですね」

「うちが?」


 試しに褒めてみた。一時いちどきの褒め言葉に何かがあるなら、リティスとの繋がりをこれで深められるかもしれない。もし失敗しても一年後にはいなくなる相手だ。経験のため、得ておく。


「そうですよ。あたしももっと知りたくなっちゃいました」


 恋バナを特等席で見聞きできるから。人付き合いにおける成功も失敗も見て覚えていく。本を読むのと同じだ。擬似的にでも経験を増やして糧にする。全くの初めてより、聞き齧りがあった上でのほうが分析を進めやすい。


 あやに打算はないが、無意識で打算と同じ理由を楽しんでいる。


 リティスはやはり、少しだけの笑顔を見せた。褒めると効く、再現性を得た。


 昼休みの終わりが近い。続きは水曜日に、また三人で。約束して、チャイムを待たずに解散した。


 一時いちどきは皆が待つ場所へ向かう。あやを置いて、二段飛ばしで。

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