決闘百十四殺

@mountainstorn

本編

「我が名は———!誇り高き主命と偉大なる父祖の名において、汝らに決闘を申し込む!」


 高らかな宣言は幾重にも重なった怒号と金属音に溶けて消えた。


 眼前に迫るは1500の敵軍。友軍や部下は散り散りに敗走し、今残るのは自分だけだ。

 将として軍を任され、敗北した。敗着の責任は全て私にある。ゆえに私がすべきことはただ一つ。

 将としてではなく、一介の剣士として敵軍を殲滅する。一人も生きて帰さない。一人で敵軍を全て殺し尽くす。今眼前にいる全てを斬り殺す。故にこその決闘の宣言。敵軍そのものとの決闘である。

 こちらを踏み砕かんと騎馬の群れが近づく。鉄と汗が混ざり合ったツンとするような匂いを感じながら、私はすうと息を吸い込み、止めて…


 つんざくような猿声とともに、前に走り出した。


 槍を並べて迫る騎馬隊の突撃。その中央には突撃槍を構え、白馬に乗った男がまっすぐ迫ってくるのが見えた。

 こちらを串刺しにせんと迫るそれに俺は正面から全速で間合いを詰める。衝突までの数瞬、俺は取るべき攻め手を逡巡する。

 槍を封じるために姿勢を低くし馬を狙うか?

 回り込んで騎手の足を刎ねるか?

 いずれも悪くないが最善では無い。機動力に勝る相手は取れる選択肢も多い。敵を受けに回らせねば殺し損ねる羽目になるだろう。


 故にこそ、俺は飛んだ。槍持ちの騎手への正面からの跳躍。おおよそ考えられないほどの俺の最悪手に相手が取る手は一つ。単純な刺突。空中では回避不能な一撃が俺の腹を貫こうとする。


 だが、来るとわかっている手なら捌く方法はある。


 俺は空中で左腕を突き出し、突撃槍を掴んだ。左腕に纏う手甲を軋ませながら体を捻り槍の軌道から強引に腹を逃す。脇腹を少し裂かれながら俺は馬の頭に着地し、そのまま振り抜いた太刀は一息に騎手の首を刎ね落とした。頭部を失った死体をぶら下げ駆けて行く馬を横目に俺は騎馬の群れに突っ込んだ。


 限界まで体を沈め、地を這うように後続の槍襖を潜り抜ける。振動を肌で感じながら騎馬の足元に転がり込み、限界まで沈めた姿勢のまま馬足を薙いだ。

 鮮血が飛び散ると同時に馬体が勢いのまま地面に倒れ込み、哀れな騎手の体が巻き込まれて地面に叩きつけられる。騎馬隊の動きに歪みが生じた。

 倒れた味方をかわそうとする者、助けようとする者、ひっかかる者。塊であった隊の動きが石に隔てられた渓流のように分かれる。その乱れをつく。ひたすら動き続け、走り回り、敵の流れを断たなくてはならない。


 馬を止めてこちらを突こうとした者の槍をかわし、踏み込みつつ肘の内側を切りこむ。

 正面の騎手が止まったせいで手綱を抑えるのに精一杯になった者の足首を削ぎ切る。

 姿勢を落とし馬から降りようとした騎手の喉に突きを入れる。

 振り回す槍を掻い潜り馬の腹を切り開く。

 こちらを向いた馬の首肉を削ぎ落とす。

 馬上からの槍の振り下ろしを左腕の固めた手甲ではじき体勢が崩れたところで手首の内側を切りつける。

 倒れた味方を踏みつけてこちらに突っ込もうとして手間取る騎手に駆け寄り脇腹を突き刺す。

 足元を払おうとする槍を踏みつけそのまま持ち主の脇を裂く。

 倒れた己の馬の下から這い出ようとする者の喉笛を突く。

 味方を助けようと馬の首を返そうとした騎手に駆け寄り脇腹を割く。

 落馬しながらもこちらに遮二無二襲ってくる者の頭蓋を叩き割る。

 大きな赤馬にのった男の槍撃を払い除け駆け上り、袈裟がけに一太刀を見舞う。

 倒れる男を支えようとした騎士の腕を返す刀で切り上げる。

 勢いのままこちらを踏み潰そうとする騎馬の喉をつき、一緒に倒れこんだ騎手の頭を柄で叩き砕く。

 こちらに背を向け逃げようとする者の背中に拾った槍を投げ込む。

 頭を叩き潰さんとする槍の振り降ろしを剣を両手で支えて斜めにそらし、そのまま指を落とし脇を切り裂く。

 叫び声を上げながら向かってくる騎士の剣を払い腕を脇に抱え首を突く。

 落馬した騎手を引きずる騎馬の突進をかわしすれ違いざまに引きずられる騎士の首を踏み抜く。

 騎馬の心臓に突きを入れ落馬した男に馬乗りになり頭を殴り潰す。

 馬から降りて後ろから組みついてきた者には剣を己の脇から背後に差し込み面頬の間から顔面を突き刺す。

 馬上槍を飛び越え組みついて腰を突き刺す。

 組み倒そうと突っ込んできた者の顔に膝を叩き込み崩したところを左手で頭を押さえて剣で突き入れる。

 座り込んでただ震える者の首を刎ねる。

 前後から襲ってきたものを全霊のふり下ろしで前方の相手の頭を叩き割り、流れのままに振り返りながら切り上げ迫っていた者の顎を切り裂く。


 気がつくとあたりに騎馬の姿は少なくなっていた。動き回っている敵後方にいた歩兵部隊に近づいていたらしい。前方には槍襖、背後からは引き返してくる騎馬が見える。部下への追撃でなく俺を狙ってくれるならば殺しやすくて助かる。ほんの少しの理性は殺到してくる兵の前に溶けて消え、後にはただ本能が残る。


 槍襖に騎士の死体を蹴り転がしこじ開け、正面にいた者の喉を貫く。

 引き抜く勢いのまま隣にいた男の喉を切り裂き、そのまた隣の男の肩口を切り下げる。

 飛び込んできた者の兜を手甲で一打ちし、空いた穴を平突きで貫く。

 斧を振るう腕を抱えて受け止め、至近から顔に突きを入れる。

 振り下ろされた鉄鞭を踏みつけて止め、叩きつけるような一太刀で腕を落とす。

 槍持ちの突進を倒れている死体で受け止め、飛び込んで頭をかち割る。

 泥を蹴り上げ怯んだところで腹を突き刺す。

突っ込んでくる盾兵を受け止め、逆手に握って振り下ろした刃で肩口を突き刺す。

 突っ掛けてくる者の足を払い後頭部を踏み砕く。

 構える相手の膝を蹴り抜き、前に倒れたところを首の後ろを突き刺す。

 腹を突こうとする者の手首を剣の柄で一打ちしそのまま跳ね上げた剣で切り裂く。

 振り抜かれた槍を手甲で受け止め、手首を切りつけ怯んだところで肩口を切り落とす。

 振り下ろす槍を切り払い逆袈裟で肋を砕く。

 背後から来た兵士を左手の甲で一打ちし、振り返りざまに胸を突く。

 敵の振り上げた武器を左手で受け止め間合いを詰め剣で腕を切り落とす。

 走りくる相手の足を払い倒れたところで顔面を踏みつける。

 鉄槍の振り回しを地に身を伏せてくぐり太ももを突き刺す。

 大槌の振り下ろしを躱して懐から腰を抱えこみ背から肝臓を抉る。

 駆けてきた馬の足元に兜を投げつけて転ばせ、地面に叩きつけられた乗り手に馬乗りになって喉を突く。

 血泡を吹いて痙攣する相手の上から立ち上がろうとした俺に背後から一瞬影が差した。


 とっさに剣を構えて上半身だけ振り返った俺を衝撃が襲う。ゴロゴロと吹き飛ばされた俺の目に映ったのは赤銅色の鎧をまとった戦士だった。

 背は並の戦士より頭3つ分は大きく、肩幅は二倍では足りない大きさだ。構えた一本の鉄槌は長い戦いで吸った血で赤く染まっていた。俺でも一撃をまともに食らえばひしゃげた肉塊になるのは間違い無いだろう。

 こちらに突っ込んで来る相手を見ながら思考を加速させる。躱したところで状況は良くならない。逃げに回れば消耗するだけだ。

 だからこそ俺は跳ね上がるように前に突っ込んだ。

 鉄槌と俺の剣、お互いの腕の長さから間合いを考えれば相手の懐に飛び込むのは難しい。狙うのは鉄槌の中心より一歩踏み込んだ場所。速度の乗り切らない敵の手元に近い一点だ。

 刹那の瞬間、俺はその一点に、右手に握る剣の一撃と左拳での一撃を重ねた。

 金属が砕ける音と激しい衝撃と共に火花が散り、奴の鉄槌が吹き飛ばされ真上に跳ね上がった。

 一瞬の刹那俺は半ばから砕け散る剣を握り直し、奴は拳を握る。

 俺と奴の視線が交差した。

 次の瞬間奴の右拳は俺の兜の左半分を砕き飛ばし、俺のへし折れた剣は奴の喉を貫いていた。

 鉄槌が地面に落ちて鈍く重量感のある音を立てた。

 折れた剣を手放しつつ俺は奴から間合いをあける。

 鎧の男はもう動かない。素晴らしい戦士だった。

 しかしその死に思考を割く時間はない。まだ殺さねばならぬ相手は無数にいるのだ。

 俺は壊れた兜をむしり取るように脱いで地面に放り捨て、武器を失った俺に殺到する兵達に視線を向けた。


 顔を紅潮させて飛び込んできた兵士の面に全霊の左拳を打ち込む。

 顔の骨の砕ける感覚を感じながら、怯んだ隣の兵士の突きをかわし、胸ぐらを掴んで背負い敵の塊に投げ込む。

 味方を貫いてしまい狼狽する大柄な兵士に飛びかかり首に組みついて体重移動で頚椎を拉ぐ。 

 着地した時目の前にいた不運な兵士の髪を引っ掴んで引き倒し顔面を叩き潰す。

 足元に突きを見舞ってきた兵士の槍を踏みつけ飛び上がって顔を蹴り潰す。

 肩口に手刀を振り下ろし鎖骨を砕き肋をへし折る。

 飛びかかってきた大柄な兵士を両腕で押さえつけ、何度も顔面に頭を叩き込む。

 飛んできた鎖鉄球を左手甲で叩き落とし踏み込んで右肘で顎を砕く。

 倒れた兵士にしゃがみ込んでとどめを刺しつつ、拾った兜を間合いを取って隙を伺う兵士に投げつけ隙を作り顔を殴り潰す。

 正面から迫る相手の爪先を踏み抜き、怯んだところで顎を抑え後頭部を叩きつける。

 振るわれる槍を頭を反らし躱し、重心を崩したところを前に引き倒し顔面を地面に叩きつける。

 鎖骨を掴んで引き倒し踏みつける。

 耳を掴んで引き摺り落とし膝に叩きつける。

 飛びかかってきた男の目に指を突き入れ、眼窩に指を引っ掛け落ちている鎧の上に叩きつける。

 腹をまっすぐ前蹴りで撃ち抜き、倒れたところに踵を打ち下ろす。

 相手の口の中に手を突っ込み下顎に指をかけて引き倒し踏み潰す。

 棍棒の振り回しを上半身を前に倒して交わしつつ肋の間を貫手で貫く。

 振り下ろされた槍を手甲で受け止めて跳ね上げ、そのまま砕けた手甲での拳を胸の真ん中に撃ち込む。


砕けた手甲を強引に腕から剥ぎ取り一息つくと、目の前に敵兵はいなくなっていた。どうやら敵陣を突破してしまったようだ。背後を振り返ってみれば短刀と長刀を構えた兵士が爛々とした目で逃がさないとでもいいたげにこちらを見つめていた。

 もとより逃げるつもりなどない。俺は決闘を、殺しを途中で投げ出すことは決してしない。おれは足元の死体から外套を引き剥がし左腕に巻きつけた。

 

 敵の短刀の投擲を頭だけ揺らして躱しながら突っ込む。飛び道具への対応で大事なのは最低限の動きで捌くこと、半身になって被弾面積を減らすことだ。

 2本目の投げナイフは肩当てで受ける。目前に迫った剣士は長短2本の刀を構え直していた。

迫る短刀による素早い突きを俺は外套を巻いた左腕で絡め取る。

 軽い武器ならこのような戦い方も取れる。しかしもう一本の長刀の振り下ろしはそうはいかない。

 肩口を切り落とさんと迫るその刃を俺は右手の甲で横からはたいた。甲の肉が削げ散るのを感じながら短刀の男に一撃を打ち込もうとした瞬間奴と視線があった。直感が奴の目に映るそれを感じ取る。その目に写っているのは俺の背に落下しようとしている短刀。

 あらかじめ投げておいたそれはまっすぐ俺の背に突き刺さろうとしていた。回避も弾くことももはや不可能。それは過たず俺の背中に突き刺さった。


 奴の目が見開かれる。その目に映るのは俺の背中に貫かず中途で止まる短刀。一瞬の隙に俺の腕が奴の首に絡みついた。背から抜け落ちた短刀が地面に落ちると同時に地面に叩きつけられた奴の首がへし折れた。

 俺は奴の死体を放り捨て、自分の背中の傷の具合を確かめる。皮と肉をそこそこ抉られた程度で済んだようだ。奴のナイフが見えた瞬間、俺は肩の骨を動かし、僅かにずらした肩甲骨、背中で最も厚く丈夫な骨で短刀を受けた。

 もうすこし大きい刃物だったらこうは行かなかっただろう。

 こんな危険な受け方をする状況に持ち込まれたこと自体が悪手だ。俺は息を整えながら、地面に落ちた長刀を拾い上げて、丁度飛びかかってきた兵士の腹を平突きで貫き裂いた。

 二刀のための刀らしくいつも使っているものに丈は劣るが拵えは良さそうだ。

 

 籠手を剣先で弾いて武器を落とさせ、手首を返して脇腹を切り上げる。

 頭上からの全霊の振り下ろしで顔骨ごと顔面を切り裂く。

 地面すれすれからの切り上げで足を腿から落とす。

 弧を描くような振り抜きで鎖骨をぱかりと叩き割る。

 引き抜くような一文字の横薙ぎで一人の首を切り裂き、手首をねじって放つ袈裟斬りでもう一人の肋下の肉を削ぎ落とす。

 土煙が立つような踏み込みで間合いを詰め、刀で顎下から突き通す。

 打ち下ろすような一太刀で敵の剣を弾き落とし、反動を乗せた突きを腹に突き込む。

 敵と刃を合わせる瞬間に刀を捻ることで太刀筋を逸らし、敵の手首を柄で一打ちして武器を叩き落とし、さらに踏み込んで左拳で喉笛を叩く。

 大盾の刻みに足をかけて飛び越え、脳天を串刺す。

 掠らせるように鼻面を切り落とし、返す刀で撫ぜるように腿の肉を削ぐ。

 組みついたところから鎖骨に柄を振り下ろし悶える相手の背中を突き刺す。

 真っ直ぐ、真っ向からの振り下ろしで眉間を叩き割る。

脇に構えてからの跳ね上げるような太刀で腕を落とす。


 眼球を突き抜く。

 顎を削ぎ落とす。

 喉笛を掻き切る。

 背骨を断ち切る。

 胸を貫く。

 脾臓を抉る。

 脇腹を割く。

 肺を刺し貫く。

 肝臓を突く。

 腸を切り裂く。

 脛を切り落とす。

 鎖骨を砕く。


 切る。刺す。叩く。突く。折る。貫く。拉ぐ。捥ぐ。打つ。徹す。斬る伐る剪る截る殺す殺す殺す殺す殺す殺す…


「気は済んだか?」


 ふと気がつくと、目の前に一人の大柄な老人が立っていた。あたりには立っている者は俺と老人しか残っていない。血と鉄の匂いがあたりに漂っていた。


 俺は血に酔った脳を無理やり回転させる。たしかこの老人は敵将だ。名前は…なんと言っただろうか?黙りこくる俺を見て老人は苦々しい顔をし、石を削って創られた巨剣を構えた。


「語る言葉は持たんというわけか…良いだろう。戦術で上回った物を暴力で覆された。陣は崩れ、部下は逃げ去った。このような凶剣を読み違えたわしの負けだ。だがここで終わりだ。命に代えても貴様だけはここで仕留める」


 終わり。その言葉が俺の脳を刺激する。俺は老人に焦点を合わせ、口を開いた。


「終わりではない」


「何?」


「足りない。まだ百十三しか殺してはいない。まだお前達の1割も殺せていない」


 老人は俺の言葉を聞いて目を見開いた。


「まだ…殺し足りんというのか」


「当然だ。この戦は貴様らを皆殺しにするまで終わらん。もとよりそのつもりの決闘だ」


「……怪物め」


 老人は吐き捨てるように言うと石剣を構えた。俺も無言で長刀を持ち上げる。短い会話が終わり、そして———


 百十四。その日、一人の男が百十四人を殺した。兵器でも魔法でも無い剣による純粋な殺戮。後々まで畏怖を持って語られることになる惨事。その一部始終を知る者は少ない。

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