Chapter3

 休憩所の周囲しゅういはドーム状に削り出された空間。戦闘を行った下層特有とくゆう窮屈きゅうくつさとは少し雰囲気がことなっている。

 壁や天井の凹凸おうとつ適度てきど掘削くっさくし整えられていたり、地面もこまかな砂利じゃりなどをいてなめらかにならされていたり……かつてここを訪れた人の手が加わった形跡けいせきがそこかしこに散見さんけんされる。安全区域ということもあって、魔物が放つ独特どくとくな気配も一切感じない。砂漠さばくのオアシスと形容けいようされるような雰囲気だ。

 水もすなもカラッカラの青空あおぞらも、ここには何一つ存在しないのが非常に残念ざんねんでならないのだが。


「いつまで経っても、一向いっこう人気ひとけが増えることは無いんだな」


 下層の残念要素ようその一つ「誰も来ない」。


 陰気いんき湿気しっけが強い上に、出てくる魔物は死者やら霊体れいたいやらの不穏ふおんの言葉をそのまま体現たいげんしたような連中の巣窟そうくつときた。怖いもの見たさ、肝試きもだめし気分で足を踏み込もうものなら入った瞬間、トラウマが過剰かじょう物量ぶつりょう質量しつりょうともなってやってくることは必然ひつぜん。ゼクトの同業者も下層へこのんで降りる者はほとんどいない。理由は「不潔ふけつ陰鬱いんうつな気持ちになる、ただ単に怖い」など様々さまざまである。

 そんな下層由来ゆらいの素材を調達する依頼が舞い込んだ時は、あまりに人気にんきが無さ過ぎるため、気付けば職員達の机のはしに積み重なるメモ用の紙束の一枚になりがちだったりする。職員が依頼主に謝罪しゃざいするという胃の痛くなるイベントもセットで、職員たちの精神的な負荷ふかも、それはもう恐ろしいことになってしまっている。


 社会はコワい。


「とにかく、しばらくは下層に足を運ばずに済みそうだな。マスターからの話が本当だった場合ならな」


 ここ最近、ゼクトは下層の依頼を中心ちゅうしんに活動をしていた。理由は色々と複雑ふくざつなものがからんでいるのだが、その一つが職員たちの精神安定せいしんあんてい。謝罪回りする時間や体力を、他の業務ぎょうむてたり職員自身のプライベートを充実じゅうじつさせることでモチベーションの回復をうながすことだったりする。ボランティア活動という一面いちめん強調きょうちょうされていた。

 そんなことを知ってか知らずか、ゼクトは職員から救世主きゅうせいしゅあつかいされているのだが、当人は噂話うわさばなし極力きょくりょくかないようにしている。とてもじゃないが正気しょうきでは聴けないくらいずかしいらしい。


「マスターが吹聴ふいちょうでもしたのかってくらい痛々いたいたしい名前まで付いちまったから目立めだって仕方しかたがない。ホントに誰だよ、俺のこと“不浄世界ふじょうせかい清浄者せいじょうしゃ”とか言い出した奴。言いたいことはよく分かるんだけどさ、もっと当たりさわりのない言葉を使って欲しかった」


 こういった噂がひとあるきをした先で、あらぬヒレを付け足されるだけ足されて人物像じんぶつぞうがよりものみた何かになってしまっていることにいきどおりをかくせない。何より余計よけいに恥ずかしいし。


「あぁでも、意味いみいもやってきたことも動機どうきも、根本こんぽん自体じたい間違まちがっちゃいないことぐらいは評価ひょうかしなきゃな……上から目線めせんで悪いけど」


 ちょうど安全区域の領域外へ一歩を踏み込んだところだった。

 安全区域の外は、層界名物めいぶつの魔物が常に徘徊はいかいしている危険地帯。下層の構造こうぞうは日の光無き地下空間そのもの。所々にある鍾乳石しょうにゅうせきからしたたる水玉がひびかせる岩肌いわはだ音色ねいろは、いのちあるおのれの周囲に命をもとめめる亡者の存在をほのめかすようだ。


 ゼクトの居る場所は下層“迷宮回廊めいきゅうかいろう”。

 かなり広めなトンネルがいくつもえだ分かれしているようなイメージだ。ここで遭難そうなんしたら最後、二度と帰ることは出来ないと言われるほどに、この空間は圧倒的あっとうてき面積めんせきほこっている。


「おいおい、おむかえが早過ぎやしないかい?」


 そこで出迎えるように地面にただよい始めた黒いきりから湧き上がるかのように現れた魔物の群れは、命のかがやきを見逃みのがすようなことはなく、獰猛どうもうに目を細めて標的に向けて笑みを浮かべる。


 お前の命を寄越よこせと言っているのだろうか。


「お前らにくれてやる命なんて、何処にもないんだけどなぁ」


 そうこう言う間もなく魔物の数がどんどん増えていく。


「明らかな異常事態。原因は、あの大群かな? それにしても随分ずいぶんとまた数が多いな、さっきの大群を潰したことに対する報復ほうふくかと勘違かんちがいしてしまうよ。正解せいかいな気がするけど」


 通路を埋める魔物の群れ。面子めんつはどれも先ほどと全く変わりはないが、先ほどよりも威圧いあつ感が少ない様に感じた。


生成せいせいされたばっかりだから、そんなものか。じゃあさっきの大群はながあいだ生き長らえた……は間違った表現になる気はするが、いや最初から死んでるから? もういいや、とにかく力をたくわえ続けた強力な個体が多かった。その分、世界が生成する力を蓄える方向ほうこうにシフトしたというのなら、この尋常じんじょうじゃない生成のされ方に説明がつく」


 かついでいた荷物を後方の安全区域に放り投げて小剣を抜く。


「一旦、その力をしずめて貰う必要がありそうだ。と、ちょっと予定がくるいそうだから連絡しとかないとな」


 てきを前に堂々どうどうと端末をいじりだす。しかし目線は変わらず魔物に向けたまま。入力にゅうりょくを終えた端末を耳に当てると、先ほどの女性に通話がつながる。


「……帰りがおそくなる連絡か」

「さっすがマスター、よくわかってる」


 連絡の要件ようけんを聞くまでもなく言い当てた彼女にゼクトは苦笑にがわらいを浮かべながらおうじた。


「それで? 何日程度に延長する?」

「更に一日追加でよろしく。短時間に過密な戦いが多過ぎる。多分この戦闘で魔力をギリギリまで消費するだろうから、回復する時間が欲しい」

「わかった、傷ひとつなく生き残って帰れるように頑張りなさい」

「無茶を言うな。ここらで無傷で生還せいかん出来るのはマスターくらいだろ」


 通話をすぐに切ると、迎え撃つべく片手で剣を構える。右足を後方にずらして半身はんみ体勢たいせいになると、左手を照準を合わせるかのように前方に突き出し、右手は後方に引きしぼる。腰も深く落としたところで剣の刃に変化が発生する。


「『死魂祓いアリーヴィオ浄化光聖サグラディア』」


 ゼクトの詠唱えいしょうによって神聖しんせいなる純白じゅんぱくの光が剣に宿やどる。決してまぶしくなく、松明たいまつのような安心感あんしんかんあたえてくれる光は、亡者たちをおびえさせるのに十二分じゅうにぶん効果こうかをもたらした。


 聖剣せいけんの力とも呼ばれる浄化の御業みわざ

 不浄に住み着くしばられ続けた生暖なまあたたかいたましいたちを、けがれの根本ごと焼き尽くし輪廻りんねかえす。それは今を生きる者たちには理解りかいできない程の壮絶そうぜつ苦痛くつうを伴うゆえ、亡者や死霊たちは本能的ほんのうてきげるのだ。


 無論むろん、この力を持つ者が、万に一つ彼らに逃走の選択肢せんたくしを与える。なんていうほど優しい訳がない。


「とりあえず浄化だ、亡者ども」


 不敵ふてきに笑ったゼクトの笑みに応えるように、光がわずかにまたたいて見せた。

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