Chapter4

「もう一度死んできやがれ」


 ゼクトの刺突しとつは、正面に立ち尽くした活性死者ゾンビの頭部を白煙はくえんをたてて消し飛ばす。


 突いたいきおいを余すことなく利用した回転かいてんりで更に周囲の魔物を蹴散けちらす。斬られた魔物は悶絶もんぜつしながら倒れていく。

 よく見れば切断部せつだんぶからまた白煙が出ているのが分かる。これはゼクトが唱えた浄化の魔法の効果によるものである。


死魂祓いアリーヴィオ浄化光聖サグラディア

 聖職者せいしょくしゃ亡者狩もうじゃがりを生業なりわいとしている者たちが多用たようする魔法。応用おうようが利きやすく、ゼクトのように剣にまとわせたり対象に向けて波動はどうのように放つことも出来る。

 効果対象が死霊しりょう系統けいとうにのみに限定げんていされている代わりに、該当がいとうする系統に分類されている魔物や物体に対する効果は絶大ぜつだいの一言。


 そしてゼクトが戦う魔物の系統は、すべて死霊系統。ならばこうなることは自明じめいである。


「魂の根っこから浄化されるってどんな感覚なんだろうな。例えてみたら、恐ろしく澄んだ水でこびり付いた汚れを余すことなく洗い流すみたいなものだろ?それで絶叫ぜっきょうするほどの痛みに苦しむんだろ?難儀なんぎなものだな、本当に」


「そういえば、せっかく浄化されて輪廻りんねかえろうとしても、ほんの僅かなけがれではずされて、またこんな地獄に逆戻りとかいうものが一生続くとかマスターが言ってたな。お前らこれで死に戻り何週目なんしゅうめなのか覚えてたりするものなのか?」


 饒舌じょうぜつに語る舌はとどまることを知らなかった。

 これだけしゃべれば隙やらミスをしそうなところ、精度は上昇。それに伴い攻撃速度までもが加速していく。


 魔物が攻撃を行う瞬間をねらい澄ましたかのように蹴り飛ばすことで自分自身の行動空間を確保かくほし、その流れで数体の魔物を一気に仕留しとめる。これを繰り返していくと、学習したのか中距離ちゅうきょりからそこらの石を投擲とうてきして攻撃を仕掛ける魔物が出てくる。投げられた石の速度は最低でも200km/h。何も対応せず頭部に当たろうものなら致命傷ちめいしょうは避けられないだろう。


「『屈折障壁くっせつしょうへき』」


 ゼクトの肉体に届く前に、石は見えない壁のようなものに触れると、軌道を左右のいずれかに避けていった。

 どういうわけか、れた石はおかしな程の加速がかかり、先にいる魔物に命中する。


「効率的にも、もっと投げてくれると助かるんだけどなぁ」


 薄ら笑いを浮かべながら逸らしそこねた石を剣の腹で上手くさばき、受けた反動でついでとばかりに数体を切り捨てる。その間も投擲攻撃が続けられているのか、石があちこちに飛び回っては魔物を吹っ飛ばしている。



 回転斬りで周囲を一掃してから、飛んできた石を今度は蹴り返す。速度は投げられた速度の。僅かに発光した石はそのまま数体の頭部を立て続けに貫通かんつうする。


「物質付与でこれか、やっぱり弱いな。さっきの連中は当たる当たらない以前に蹴り返す余裕がなかったくらいだし。何なら俺の攻撃をかわす奴いたし」


 数だけ見れば直近ちょっきんの戦闘を彷彿ほうふつとさせるものがあるが、中身は別物べつもの多勢たぜい無勢ぶぜいな雰囲気が一変いっぺんして、魔物と呼ばれる存在を一撃でほふり尽くすその様は、一騎当千いっきとうせんしょうせる猛進もうしんとも見て取れた。


 つねにその場にとどまることなく、僅かな空間の隙間さえも利用して攻撃、最低でも魔物の行動を阻害そがいできるように投げナイフでけんせいする。


 目に見えて魔物の数が少なくなってくる頃に、状況が変化する。


から驚きはしないが、強くなっていっているな」


 ゼクトの攻撃にすべがなかった魔物たちが、確実に避ける挙動きょどうを見せ始め、躱した魔物は反撃を行うような対応ができるようになっていた。

 

「その学習能力というか対応能力が高いの、本当にうらやましいわ。だけど、とっても鬱陶うっとうしいんだよな」


 戦闘能力や戦術の強化に伴い、投石とうせき速度や攻撃手段しゅだんが変化する。ある魔物は膂力りょりょくが上がったのか仲間なかまの死体(?)を近接武器のように振り回して剣技けんぎに対応し、中距離攻撃に特化とっかした魔物の投擲速度が僅かに向上したり。中には魔力に目覚めて魔法攻撃を遠距離えんきょりから行う魔物が出てきたり。

 どの変化もいちじるしい変化ではあるが、飛び抜けて危険きけんなのは魔法をあつかいだした個体こたい

 使う魔法はどれも属性ぞくせい性質せいしつの薄い初心しょしんの魔法使いが使うようなあらつたない魔法だが、使用される魔力のりょう桁違けたちがいな為か、威力がかなり高くなっている。


 人類の新人しんじん魔法使いの最大威力がこぶしだいの石をころがす程度ならば、この個体等はその石を完全とはいえないが破壊はかいすることができる。ふざけた火力かりょく常時じょうじ放ってくるようになる。

 これは投石同様……それ以上に危険きわまる。


 なぜこのようなことが起こったのか、ゼクトはすでに答えをみちびき出していた。


「倒した連中から力をい上げたのか」

 

 魂力の上昇レベルアップと呼ばれるものがある。

 この世界における強さの基準きじゅん水準すいじゅんしめす、層界の法則の一つ。その法則は魔物にも適応される。

 ゼクトはこの戦いで三桁程度の魔物を打倒し、少しばかりの力を得ているという実感もあったが、同時に「思ったよりも得られていない」という確信を得ていた。


「下層の魔物は、力を渇望かつぼうして求める以上に、生命や魂につらなるぬくもりに対して過剰かじょう執着しゅうちゃくしているふしがある。みじめもいいところだ」


 下層と呼ばれる世界そのものの特性も相まって、この粘着質ねんちゃくしつ飢餓きが状態が半永久的はんえいきゅうてきに続く。癒せるのは命の温もりに触れながら、血肉ちにくすすり食らう時。そして命ある魂を食らいつくした瞬間、彼らは極上ごくじょう絶頂ぜっちょうによる高揚感こうようかんを全身であじわう。

 しかし、その先に待っているのは、いつもよりも強くうったえてくる空腹くうふく。一瞬前に味わったものがうそのように消え去る。それでも忘れることができない刹那せつな快楽かいらくのため、今日も彼らは命を求めるのだ。


 それが共食ともぐいによる薄っぺらな充足感じゅうそくかんだったとしても。


「下層の依頼を取り続けてずっと思ってたんだが、つくづくむくわれねぇのな」


 見るにえないといった心情しんじょうか、ゼクトは魔法の出力を上げる。剣に宿る聖なる光が刃の輪郭りんかくおおい尽くしながら、周囲の重く暗い空気をも飲み込むほどの力を展開てんかいした。領域が広がるほどに世界が浄化されていくのが分かる。

 この時、初めてゼクトの聖なる力を見た魔物の反応は怯えるだけ、それでも本能にあらがうことなく命を奪いに来た。だが、力を得てより強くなった猛攻もうこうが、いつの間にか止まっていた。怯えを通り越した何かを感じたのか、あれだけ叫び声をあげていた魔物たちも静まり返り、立ち尽くしていた。

 視線の先は一点。恐ろしく静かで安寧あんねいの気で満ちている空間の中心……ゼクトであった。


「このくらいの数なら、全部はらえそうだ」


 表情は先ほどの殺気立つ雰囲気から一変、優しげでくもりの一切を感じさせない慈愛じあいとも形容される姿。

 剣を両手に握りしめて顔の前で掲げ……


「『輪廻りんねへの導き』」


 そして、逆手に持ち替えた輝く剣を、ゆっくりと静かに地面に突き立てた。


 ——世界に静寂せいじゃくしろが訪れた。

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永遠の層界 うちはらいと @kagimura_965

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