Chapter2

 下層・安全区域セーフティーゾーン

 人類が下層に到達とうたつする以前から存在している。魔物と呼ばれるものたちが全く寄り付かないことを利用りよう開拓かいたくした領域りょういき脅威きょういにさらされた人類の安全あんぜんそなえを得るとなっている場所。


 面積めんせきはサッカーコート1面分あるか無いか位の、安全区域にしては少し広めである。

 区域くいき内には管理人かんりにんの居ない休憩所きゅうけいじょ設置せっちされており、下層に降りてきた者たちを心身しんしんいやすためにもちいられている。しかし、現在使用している者は一人だけ。一室で荷物にもつ整理せいりをしているのは、あの男だった。


 どうやら男は、あの大群を相手取り、深手ふかで一つうことなくせいしたらしい。証拠しょうこ戦利品せんりひんの数々が、大開口タイプのバッグの中に隙間すきまなく詰め込まれている。


 鉱石こうせき宝石ほうせきetc.

 その全てが魔物を打倒だとうしたことで入手にゅうしゅできるのだ。かつての先駆者せんくしゃたちは、これを戦利品ドロップアイテムと呼んでいたらしい。じつ安直あんちょく、そのままである。


 しかしこのバッグ、見た目にはんして中身がひろすぎる。底がかすかにしか見えないほどふか縦横たてよこはばも広いため、かなりの物が入ることだろう。今は半分近くを戦利品がくしてある。食料や生活必需品ひつじゅひんなども選別せんべつしているのか、テーブルやベッドに丁寧に置かれている。

 ベッドには先ほどの戦闘に使われた銃や剣のほかげナイフや爆弾ばくだんの様なもの、おふだみたいなものが重ねられて置かれ、着ていた上着はハンガーで物干ものほ竿ざおに引っ掛けられていた。


 男はテーブルに置かれている水筒すいとうで水分補給ほきゅうを行いながら、気持ち分厚ぶあついクッキーをかみちぎる。かなり強い弾力だんりょくを感じながら、咀嚼そしゃくを繰り返す。


 そこで不意に、テーブルの上に置かれた薄型うすがた端末たんまつが音を立てて振動し始めた。男は端末を手に取り、素早すばやく端末の画面がめんをスライドすると、中から女性の声が流れ始めた。


「やぁ弟子でしよ。生存報告せいぞんほうこくをしろとあれほど言ったのに3日もおこたるとは……。言いわけを聞きたいのだが、まずは経過報告けいかほうこくをしてもらおうか」


 若い女性の声。しかし声音こわね端々はしばしに感じるみょうつやのある声には、少しばかりの怒気どきふくまれている。男は気づいたが、あえて無視むしして淡々たんたんと報告を行う。


依頼いらい達成たっせい……戦利品も思ったよりしつたかいものが回収かいしゅうできた。ついでに大規模だいきぼ亡者もうじゃれが層を上がっていきそうな兆候ちょうこうつかんだから、元凶げんきょうごと殲滅せんめつ。今は休憩所で荷物の整理と魔力の回復中、終わり次第しだいそっちに帰還きかんする。報告以上いじょう


 通話口でうなるような声を聞きながら作業を続ける男に、状況じょうきょうの整理ができたのか、女性が再び話しかける。


「そうか。しかしお前の実力じつりょくだったら半日足らずで始末しまつできるだろう。3日も報告できなかった言い訳にはならんぞ」

ゆるせマスター。わすれてた」

「そんなことだろうと思ったよ」


 男の白状はくじょうかぶ気味ぎみに突っ込むマスターと呼ばれた女性は、あきれ声でため息をつく。


「ゼクト、連日れんじつお前の親御さんから心配の声が来てるんだけど?」

「心配は不要だって何度も言ってるのに」

「それを聞いて心配しない親はほとんどいないだろう。しかし、こうも毎日来られてもねぇ……。でも何だかんだ大変ご立派な良いご両親だよ。大事にしなさい」


 男……改め、ゼクトの面倒臭そうな口ぶりに女性は苦言をていした。


「言われなくてもそのつもりだ。だからアンタを師事して力を得るすべをどん欲に学んできたんだ。それがお金を得るのに直結ちょっけつすることも知っていたからな。あと、両親のあれは過保護かほごっていうんだ」

「お前が幼少期ようしょうきから強い意志を持つかしこい子だったからだろうさ。だからなのか、ご両親はご両親で、自分たちの役目やくめたされているという実感じっかんが無いのだろうね」


 ある意味、世間せけんでいうところの自立よりとんでもない事してるから、尚更なおさらね。と言って笑う女性は「そうそう」と更に話を続ける。


「ゼクト、ギルドに報告した流れでこっちに寄ってくれないか?」

「いいけど、何かあったのか?」

素材そざい在庫ざいこが切れてしまってね。売却ばいきゃく予定のある魔石るいや薬草るいがあったら持ってきてくれるとありがたいんだけど、お金は出すから。いいかな?」


 彼女いわく、卸先おろしさきから急ぎで薬品やくひんを作って欲しいという依頼が入ったらしい。ゼクトと同業どうぎょうの者たちが、薬品を一斉いっせいにまとめ買いしてしまったのが原因で、在庫がほとんど尽きかけているという話を聞いたため、仕方なく調薬ちょうやくしようとしたところ、こちらも予想外なことに必要な素材が不足ふそくしていた。ということだという。


かまわないが、何でそんなことになってんだか」


 女性のお願い事を了承りょうしょうしたゼクトは少し困惑こんわくしていた。異常事態いじょうじたい発生はっせいしたのならば、自分の端末にも何かしらの知らせが入ってくるはずだと疑問ぎもんに思ったからだ。


「たぶんお前が依頼ついでにつぶしてきた亡者の大群の一件じゃないか?」

「既に上がっていった奴らがいたのか」

ちがいないだろう」


 きっとこの憶測おくそくで合っているだろうとゼクトは確信した。


「それに、お前の持っている端末はギルドが保有ほゆうしている端末の上位機種じょういきしゅだ。層をまたいだ通話を常時じょうじ可能かのうとした高性能こうせいのうタイプね。ギルドのは層を跨いでの通話はむずしいし、設置された端末と同じ層でしか情報じょうほうばすことができない仕組しくみになっている。だから今回の一件についての情報が届かなかったんじゃないかな?」

「そういうことか」


 そういえばそうだ、すっかり忘れていた。とゼクトは頭をかいた。


「ところで、聞きそびれてしまったのだけど、大規模な群れって目算もくさんどれくらいだったか覚えてる?」

「千は確実にいってたな」

「はは、本当ほんとうき上がる半歩手前だったわけか。なるほど、層からあふれ出てきた奴らが押し上げられて悪いことをしていた可能性かのうせいはありそうだね」

「いまかんがえたら、兆候なんて悠長ゆうちょうなこと言ってられなかったな。もう少し全力ぜんりょくるべきだった」


 話ついでに軽い反省会はんせいかいませると、女性は「気を付けて帰るように」と一言をのこして通話を切った。

 ちょうど荷物の整理も終わったゼクトは、今度は武装ぶそうの確認を行う。帰りもまた長い道のりになるためか、武装も摩耗まもうした武器ぶきではなく予備で持ってきていた武器を装備することにした。小剣ショートソードを二本と戦闘用のナイフを二本、それぞれ両腰と内ポケットに固定して、その他の戦闘や生活補助の小物類をウエストポーチに入れていく。


 その上から灰色のローブを羽織はおりフードも目深まぶかに被って出発の準備が完了かんりょうする。部屋に忘れ物が無いか一通り確認を入念にゅうねんに行い、休憩所を後にした。


 目指す先はここより上にある中層第一都市だいいちとしと呼ばれる世界だ。現在の下層よりも魔物たちの脅威度も低く、環境かんきょうも程良く自然に恵まれていることから、多くの人類の生活がそこでいとなまれている。ゼクトの活動拠点や実家も例にれることない場所だ。

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