第6話 沙織3
すっかり体調が良くなった私は朝からコンビニへ買い物に出かけようと玄関に向かった。
玄関は暖房が効いてないので、吐く息が白い。
「ちょっと沙織、病み上がりなんだからもっと着込んで行きなさい」
「はーい」
極暖と言われるインナーを着ているがその上にセーターなど3枚ほど重ね着していたが、更にその上にお母さんのダウンジャケットを羽織っていた。
その時に携帯にメッセージが入る。
メッセージの相手は澪だった。
『体調はどう?また、お昼ぐらいにお見舞いに行くね』
私は特に用事もなかったので
『ありがとう』
と、メッセージを返信してポケットに携帯を入れる。
「いってきます」
私は家の中の見えないお母さんに挨拶をした。
「あ、ついでにお昼ごはん用の野菜も買ってきて」
すると、姿は見えないが返事だけは返ってくる。しかも、おまけつき。
「わかった」
再度ポケットから携帯を取り出して、買い物リストに野菜を追加して玄関を開ける。
とても明るい日差しが家の中に入ってくるが同時に冷たい風が頬に当たり身震いしてしまう。
「さむぅ」
買い物行くのやっぱりめんどくさいなっと思った瞬間
ゴンッ
と、何やら鈍い音がした。
和樹の家の方から聞こえたので私は自分で開けた家の玄関のドアから身を乗り出す。
私は和樹の家の前に人が倒れているのを発見する。
どうみても私の幼馴染の和樹だ。
たぶん、つまずいて転んだのだろう。
…………なかなか起き上がらない。
どうしたのだろうと近づいて声を掛けた。
「ちょっと、大丈夫?」
私は和樹が転んだ床を見て自分の目を疑った。
「……!」
現状を理解するのにどれぐらいの時間を要しただろう?
現在の和樹の状態に私は混乱してしまう。
呼吸ができなかった。
手が震える。
足も震える。
そして、やっと理解が現状を頭で認識してくれる……和樹が頭から血を流して倒れていた。
その事実に気が付いた瞬間、私は背筋が凍る……脳裏に浮かんだのは和樹の死!
「ねえ、和樹!和樹……かずきぃぃぃぃ!」
いくらゆすっても声を掛けても返事がない。
先ほどまで開いていた和樹の虚ろな目が閉じられ、和樹の体の力が抜けて行っているのがわかる。
「しっかりしてよ…………目を開けて、和樹、お願い死なないで!」
どうしよう、なんで?
なんで、こんなことになっているの?
お願いだから返事してよ。
和樹、私を一人にしないでよ。
私が叫んだことでお母さんが家から飛び出してくる。
「あ、お母さん、和樹が……死んじゃうよ……嫌だよ……う、うわぁぁぁぁぁぁぁん」
私はお母さんに救いを求めた。
涙が止まらない。
どうすればいいのかもわからない。
和樹の隣をすぐにお母さんに譲る。
お母さんは和樹の容態を調べ始める。
「ちょっと、和樹君……和樹君、しっかりして?」
お母さんが和樹に声を掛ける。
よく見るとお母さんも涙目になっている。
「う~ん」
うなされる和樹。
私に出来る事は何もない。
ただ、私は和樹の手を握ったまま離すことはしなかった。
手を離したら和樹がどこかへ行ってしまう気がする。
そんな不安をかき消すように私は強く和樹の手に指を絡ませて握った。
「かずき……」
廊下に和樹の頭から流れでた血痕を見て意識を失いかけるがなんとか踏ん張る。
「しっかりして和樹君。今、救急車呼ぶから」
しばらくすると、お母さんが呼んだ救急車で病院に搬送される。
お母さんは車で後から病院へ行くと私に伝えた。
また、救急隊員の人に現状の報告と病院を指定していた。
私は無理を言って救急車に同乗させてもらい病院へ付き添った。
☆彡
和樹と出会ってもう十年以上になる。
私はお父さんの顔を知らない。
だけど、寂しいなんて思ったことはない。
隣の家の本田家との交流で我が家は常ににぎやかだった。
それにいつも和樹が傍に居てくれた。
小学校中学校とほぼ一緒に登下校。
私は当時、気弱で声が小さかった。
そのため、男子にいつもいじめられていた。
そんな私を守ってくれる和樹。
ケンカするとき、小学生の時はぐるぐるパンチで弱かったけど……。
小学生の時なんて逆に和樹が泣かされて私が慰めてくれたよ。
中学生になると小学生のようないじめはなくなった。
だけど、中学に入ってすぐに上級生にしつこく告白され続けたのは怖くて今でも覚えている。
何度もお断りして何とか分かってもらえたのでほっとしていたのは今でも覚えてる。
でも、それと同じぐらいの時期かな?
しばらくの間、体調不良で休んでいて、体調がよくなり学校へ来たと思ったら、和樹の頭は金色に染まっていた。
最初はなんとも思ってなかった。
その頃だったかな。
周りが和樹から距離を取り始めたのは……でも、私は……私だけは和樹と一緒にいよう。彼の味方であろうと傍に居た。
私達は孤立していた。でも、中学2年の時に出会った澪は和樹を怖がることなく一緒にいてくれた。
中学3年の時、私は和樹が金髪のままだと進学できないと、先生方が話をしているのを聞いて彼にやめるように勧めた。
ただ、なぜかあの時は澪に猛反対されたっけ?
えっと、どんな会話をしたっけ?
確か……
私達はよく3人で帰っていた。
「また、沙織にへばりついてる」
私と和樹はどこにいくのも一緒。
澪はそんな私達といつも一緒にいてくれた。
「うるせえ、ほっとけ」
乱暴な口調だけど私と和樹の距離は変わらない。
それを澪はいつも揶揄っている。
「あ、ちょっとコンビニ」
「買い食いはダメだぞ、不良少年」
澪は正論で和樹を指摘する。
「家の手伝いだ」
「うそつけ」
和樹は自分だけコンビニに寄り道をする
私と澪は和樹を外で待っていた。
いつもなら澪と二人になったら何気ない会話をしていたのだが、その時の私は少し違った。
金髪のままだと和樹が進学できないということを聞いたのだ。
「ねえ、澪、やっぱり私、和樹に金髪やめてっていうよ」
「え?いや、和樹のヤツ……その、いいんじゃないかな?沙織から言わなくても……」
「ううん、和樹には、はっきり言ったほうがいい」
「やめなって」
この時、澪は私の行動を拒む。
だけど、和樹の将来のため私は強引に和樹に金髪をやめるように言うと決心していた。
「お待たせ」
和樹がコンビニで野菜とサラダチキンを買って出てくる。
「ねえ、和樹」
「ん?」
私は人と喋るのは苦手だけど和樹だけは別。
家族の様に話が出来た。
だからこそ、物おじせずに言える。
「なんで金髪なの?」
「え?今更?」
「うん、なんで金髪にしてるのか知りたい」
他の人は絶対に聞けない。
皆、和樹を怖がっているから。
「そりゃあ、沙織が……」
「え?私?」
和樹は目をそらす。
「普通にカッコいいと思っているからだ」
どうやら金髪は和樹の趣味らしい。
でも、言わないといけない。
私が和樹のために言わないと、和樹の将来のためにならない!
「その金髪、似合ってないからやめた方がいいよ。私は嫌いだよ、金髪」
「………………え?」
手に持っていた買い物袋を地面に落としてしまう和樹。
たぶん、自分のお気に入りの髪の毛を貶されてショックだったのだろう。
でも、私は和樹のために言った。
「ねえ、和樹……おーい」
私は買い物袋を拾い上げて和樹に渡す。
「はっ!えっと沙織、そ、そ、それはどういう意味だ?俺が嫌いということか?」
和樹はしばし呆然としていたがハッと我に返り聞いてくる。
「誰も和樹のことを嫌いなんて言っていない!(むしろ好きだし)」
「そ、そ、そうか……よかった」
「私は金髪が嫌いって言ったよ」
「わ、わ、わかった!」
和樹はその後、一緒に帰ったが……だんまり状態。
私と澪は和樹からちょっと離れた位置で声の音量を下げて話をする。
「ねえ、澪……やっぱり……言い過ぎた?」
「かなり……ね……」
「あとで……言い過ぎたって……謝る」
「その方がいいと思うよ」
翌日、私は和樹に謝ろうと玄関の前に立っていた。
ガチャっと本田家の玄関がいつも通りの時間に開く。
「あ、おはよう、え?誰?」
和樹の家から出てきたのは、和樹と同じ背格好で真っ黒な髪の毛の少年だった。
真っ黒な髪の毛の少年は長い前髪で顔が隠れている。
「俺だよ!」
真っ黒な髪の毛の少年は「俺」というらしい。
「えっと、和樹君、いますか?」
私は真っ黒な髪の毛の少年に和樹の行方を尋ねる
「だから、俺だよ!!俺が和樹だよ」
真っ黒な髪の毛の少年は自分の事を和樹という……え?
「………………え?」
自称和樹は前髪をかき上げる。
すると、見慣れた顔が前髪の奥から現れた。
私は目の前の人物が和樹であるという事実を受け入れるのにかなりの時間が必要だった。
そして、目の前の人物が和樹であるという事実を受けいれて再度、驚いた。
「ええええええええええええ!」
和樹はかきあげた前髪を降ろして照れくさそうに髪の毛を弄る。
「………………似合うか?」
和樹の今までのギャップと照れた仕草に私は胸が何かに打ち抜かれる。
「(す)……き……」
「き……?」
「……何でもない」
危うく好きだと言ってしまいそうになる。
「えっと、先に学校へ行くね」
「おい、沙織」
私は自分の顔に熱を帯びていることは容易に理解する。
鏡を見ることなく顔が赤いことが想像できる。
そんな顔、和樹には見せられなかった。
恥ずかしかった。
だから、その場から逃げ出した。
和樹とは別に学校へ到着した私をみんな不安そうに見てくる。
「沙織、おはよう」
そんな私に声を掛けてくれたのは澪だった。
ただ、まだ顔が熱くて上手く返事が出来ない。
「あ、おはよう……澪」
「ん?どうしたん?」
「いや、別に」
「顔赤いよ、熱でもあるんじゃない?」
澪に言われなくても顔が赤いのは分かっていた。
だからこそ、顔を上げることが出来ない。
「あれ?今日は本田と一緒じゃないの?」
私が澪と話しているとクラスメイトの男子が私に話しかけてくる。
「う、うん」
正直、苦手な男子だったので私は俯いたまま顔を上げることが出来なかった。
「ねえ、鈴木さん、今日よかったら……」
彼はバスケットボール部の男子で体が大きい。
その威圧的な行為に私は怖くて仕方がなかった。
「ちょっと、あんた……沙織が嫌がっている」
「何だよ、豊田」
澪が私を庇ってくれる。
私はいつも守れてばかりで、しっかりしないといけない。
でも、怖くて小さくなるしかなかった。
そんな自分がとても嫌いだった
私が俯いて怯えていると他のクラスメイトの男子が騒ぎ始める。
「おい、あれ、誰だ?」
彼の言葉を皮切りに教室が騒然とする。
一体、何が起こっているの?
私は怯えながらも教室に入ってくる人物に目を向ける。
「おい、あれ……本田か?」
私に声を掛けるバスケットボール部の男子が和樹を見て驚いていた。
その可愛い姿が目に入ると私は目を逸らす。
和樹は私の傍にいるバスケットボール部の男子に近づく。
和樹はこちらに近づいてくるが私は和樹を直視することが出来ない。
顔が更に熱を帯びるのを感じる。
「なあ、お前、沙織に何か用か?」
「お前、本田か?」
「ああ、そうだよ……やんのか?」
「チッ」
和樹はかなり嫌われているために、バスケットボール部の男子は舌打ちをする。
そして、ズボンのポケットに手を突っ込み自分の席へ戻っていった。
彼が自分の席まで戻っていくことを確認して安心する。
視線を元に戻す。すると、隣で澪の肩が震えているのが分かった。
「え?え?え?え?え?え?」
隣にいる澪は金魚の様に口をパクパクさせている。
「んだよ、豊田」
「んだよって、それはこっちのセリフ!」
澪は普通に驚いている。
ただ、和樹は驚く澪に何も思わないのかすぐに私の顔を覗き込んでくる。
「沙織、どうした?」
でも、今の顔を私は見られたくなかった。
思わずプイッと視線を逸らす。
「…………すまん」
和樹は無理に私の顔を見ようとはしてこなかった。
何故か、私に謝りつつ和樹は移動する。
この時は自分の席へ移動したのだと思っていたが、先生が着て出席を取っているときに和樹がいないことに気が付く。。
今思えば、この時にもっとちゃんと話をしておけばよかった。
私は和樹の顔を見ると自分の顔が熱くなるのを感じ続けた。
そのため、和樹を避けてしまった結果、和樹は学校に来なくなった。
朝、一緒に行こうと待っていたのだが、成美さんが私に声を掛けてくれた。
「ごめん、和樹、休むから先に行って」
「わかりました」
最初は体調が悪いものだと思っていたが、それが一週間も続いた。
「えっと、和樹のこと放っておいていいから先に行って。もし、和樹が学校へ行くようになったら和樹が迎えに行くから」
「……はい」
今となってはこの時に和樹を迎えに行かなかったことを後悔している。
でも、また和樹に会って冷静に話が出来るのか?
家族の様に話が出来るのか?
それが分からなくなった。
恋人として和樹と一緒に居たい。
その思いが日に日に増していき、更に会うのが怖くなる。
拒否されたらどうしよう?
そんな事ばかり考えていたので、和樹の家の玄関を叩くのに1か月かかった。
だからこそ、和樹との距離は心も体も遠い存在になってしまった。
本当に丁度、一か月後に私は本田家の呼び鈴を鳴らした。
「あ、和樹ね、竜二のところに行ったんだよ」
すると、和樹のお母さんの成美さんが出てくる。
私の顔をみるなり、寝ぐせの付いた髪をかき上げながら和樹のことを教えてくれた。
「え?いつ帰ってくるんですか?」
私は「ちょっとそこまで」という感覚で和樹は出かけているんだと思っていた。
でも、それは全くの勘違いで……
「ごめんだけど、いつになるのか私も分からないのよ。もしかしたら帰ってこないかもね」
「え……?」
もう……和樹に会えないの?
手足が震える。
和樹にもう会えない恐怖が襲い掛かる。
「ちょっと、沙織。大丈夫?」
「はい」
私は手足の震えと同時に涙が止まらなくなる。
そう、思い出した。
これが初めて和樹を失う恐怖を味わったとき。
自分の世界から和樹がいなくなる。
その恐怖で力が入らなくなり家のドアを開けるのに苦労した記憶がある。
私は家に帰って声を出して泣いた。
お母さんは仕事に行っていたので家には私一人。
誰にも迷惑にならないと声を出して涙が枯れるまで泣いた。
和樹がいなくなった。
そのこと以外は何も考えられない状態になり数日、学校を休むことになった。
この後、2,3日で学校に行くようになった。
もしかしたら和樹が着ているかもしれない。
でも、それは私の願望でしかなかった。
だから私はまず、和樹の居場所を作ろうとした。
それに、和樹も中学校に来たときには居場所が必要。
私が友達を沢山作って、和樹がひとりぼっちにならないようにする。
だからこそ、友達付き合いを大切にした。
でも結局、和樹は中学校に来ることなく卒業式を迎えてしまう。
和樹はこのままいけば中卒で仕事がないかもしれない。
だから、私が養ってあげなくちゃ!
良いお給料がもらえる仕事というのは医者しか思いつかなかった。
もし将来、和樹と結婚しても和樹には苦労をさせないように私が頑張ろうと。
だから、高校では勉強を死ぬ気で頑張った。
でも、和樹にはもう恋人がいて……
もしかして、その人と和樹は結婚するのかな?
そうなったら、私が医者になる必要ってあるのかな?
☆彡
なぜか、私は真っ暗闇の中にいた。
辺りを見回しても1メートル先も見えない。
しかし、目の前が少しだけ明るくなり人影が見える。
真っ暗闇の中で私は和樹を見つけた。
嬉しかった。和樹に会えたことに興奮する。
「和樹!」
「(ん?どうした?)」
和樹の声が聞こえた気がした。
よかった、まだ、傍に居てくれた!
「あれ、かず……き?」
しかし、和樹の隣には別の女性がいる。
どうみても、私には敵わないほどの超美人なお姉さん。
胸も大きい。
どことなく成美さんに似ている。
「いや、和樹は私の……私が好きな人なの!取らないで!」
いくら私が叫んでも和樹には届かない。
暗闇の中に消えていく和樹と彼女。
手を伸ばすが届かない。
「ダメぇ」
私は伏せていた上半身を起こす。
「あ、あれ?」
先ほどまで和樹は一緒に女性と腕を組んでいた。
が、その姿はどこにもない。
「あれ?夢……?」
辺りを見回すと白を基調とした部屋に真っ白のカーテンが窓一面を覆っている。
伏せていたベッドには、大好きな男性が少し熱を帯びた顔をして眠っていた。
どうやら私はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
それに手に温もりを感じると思って視線を移すと、白いベッドの上で眠る和樹の手を握っていた。
暖かい手の温もりに私の頬は緩む。
時計を見ると午後2時を回っていた。
二人部屋の病室だけど、今は和樹と私だけ。
ただ、和樹の頭には包帯が巻かれており痛々しい姿になっている。
二人だけの空間だというのに私は恋するドキドキと同時に和樹のことが心配でドキドキしていた。
そういえば、お母さんは何処へ行ったのだろう?
お母さんは動揺しながらも、和樹が倒れているのに冷静になって命にかかわることではないと見抜いていた。
逆に私は気が動転して涙を流すことしかできなかった。
こんなことで医者を目指して大丈夫なのか不安になる。
和樹は水色の入院着に着替えている。
少しばかり胸のところが開けたので私は服を元に戻そうとした。
だが、指が触れると分かる和樹の体つき。
意外にも胸板の感触が硬いので指で和樹の胸筋をなぞる。
握った手は暖かいのだがなぞる指先は少し冷たい感じがした。
静かな病室に二人きり……今この瞬間、世界には私と和樹しかいないように思えた。
なぞる指が首を伝って唇へ。
「キス……ばれないかな……」
静かな部屋だからこそ、誰も周りにいないから……ちょっとだけなら、そう思っていたのだが……
「沙織、まだいたの?」
私はお母さんの声に背筋が伸びる。
そして、緊張のあまりお母さんに顔を見せることが出来ない。
もしかして、今の……見られた?
「あれ?お、お、お母さん、どうしたの?」
「どうしたのって和樹君の様子を見に来たのよ」
お母さんに見られていたらと思うと気まずいので私は話題を変えた。
「えっと……和樹は、その、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。転んだ表紙に頭を切ったけど大した怪我じゃないから安心しなさい。一応検査をするから2,3日の入院が必要ね」
やっぱり入院は必要みたい。
ただ、命の危険がないことにホッと胸をなでおろす。
「それよりも沙織は早く帰りなさい」
「ううん、私はここにいるよ」
私は和樹の傍に居たかった。
和樹が目を覚ました時に一人だと可愛そう。
お母さんにここにいることを告げ、和樹の傍にいるつもりだった。
けど、いつもとお母さんの様子が違った。
「ダメよ。帰りなさい」
「……どうしたの、お母さん?」
ここにいることを何故かお母さんは許してくれない。
「和樹君が目覚める前に帰りなさい」
「どうして?私は和樹の傍に居るよ」
「……なんで、和樹君の傍にいたいの?」
お母さんの冷たい視線に私は背筋が凍る。
こんなにも怒っているお母さんを見たことがない。
「……幼馴染だから」
「なら、余計に帰りなさい」
私は絶対に帰りたくなかった。
今、和樹の傍を離れると……後悔しそうだった。
「嫌だ!!!!!!」
私もお母さんに強く言い返す。
だけど……
「沙織!!!!!!」
お母さんも大きな声で怒鳴り散らす。
私はここまでお母さんに感情をぶつけられたことがなかったので驚いた。
お母さんがここまで感情を出すことに戸惑いを覚える。
「ど、どうしてよ……なんで、ダメなのよ!私は和樹の傍にいたいの!」
私も声を荒げてお母さんに抵抗する。
すると、お母さんは今まで見たことないような形相で私を睨みつける。
拳が強く握りしめられているのが分かる。
叩かれるかもしれない。
でも、それでも今、ここを……和樹の傍を離れる気はない。
「ここは病院ですよ、静かにしてください」
「…………婦長」
私達の親子喧嘩に割って入ってくるのは恰幅の良い女性。
大きい身なりをしているが、ナース服を着ておりここの病院の婦長さん。
「千晶さん……」
彼女の名前は大橋 千晶 (おおはし ちあき)
子供のころから和樹と共に面倒を見てくれている優しい女性。
ただ、怒ると怖い。
以前に和樹がマ〇コデラック〇に似ていると言ったらどこかに連れ去れ泣きながら和樹は帰って来た。
「沙織ちゃん」
「はい」
「今日のところは帰りなさい」
「でも……」
「ここは病院で他の患者さんもいるの、これは婦長としてお願いするわ」
千晶さんは優しく声を掛けてくれる。
ただ、私たちがあまりにうるさかったせいだろう。
目が笑っていない……。
「……わかりました」
その日は婦長の千晶さんの雷が落ちる前に渋々帰されることになる。
ただ、帰る途中に何か忘れているなと思いながら携帯を見ると物凄いメッセージと着信が入っていた。
澪からだった……。
慌てて澪に連絡を取る。
澪はちょっと不貞腐れて「今朝、約束したよね」と、拗ねたように言われる。
確かに約束はした。
覚えている。
けど、その約束はかなり前にしたような気がして、今日一日がとても長く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます