第7話

俺は全身が鉛になったような、つらい気だるさに襲われながら朝を迎える。

それもこれも昨日の出来事が原因だろう。


昨日、沙織の恋人と対面。

俺は沙織の好みのタイプというものを知る。

というか、思い知らされた。

正直、知らない方が幸せだったかもしれない。


なぜなら、俺では逆立ちしても絶対に敵わないほどのイケメン高身長。

以前に公園で出会っているが間近で見るとよくわかる。


気だるい頭と体を持ち上げ俺はベッドから降りる。

ゾンビのように洗面台の前へ行き、鏡の前に立った俺は自分の容姿と沙織の恋人の容姿を比べる。


ーーーーーーーああ、何もかもが俺と違う。


9頭身はあるだろう小顔にスタイル。

俳優顔負けの整っている顔面。

更に天は二物も三物も彼に与えるスペックの高さ。


対して目の前の鏡に映る男はどうだ?


ぼさっとした髪の毛に冴えない表情、目の下にクマがある。

昨日は眠れなかったおかげで本当にゾンビのようだ。


水道の水を手ですくってゾンビのような顔を洗ってみる。

うん、綺麗にならない!

聖水でもかけるか?

いや、聖水なんて使ったら成仏してしまうかもしれない。


手に歯ブラシを持ち歯磨き粉を付けようとしたが切れてやがる。

俺は空の歯磨き粉の入れ物をゴミ箱に捨て少し高い位置にある歯磨き粉を背伸びをして掴む。


「はぁ~」


なんだろう、沙織の恋人だったらこの高さを背伸びせずに届くんだろうな。


俺なんて小学生から沙織より身長が高い時期なんてなかった。

18歳になった今思う。

生涯、俺は沙織より低い身長だろうな。……170㎝は欲しかった。

厚底ブーツでも買おうかな……。


歯ブラシに歯磨き粉を付け、口の中へ放り込む。

その時だった。


うっ……………。


ヤバイ……吐きそうだ。


俺は慌ててトイレに駆け込む。

そして、のど元に酸っぱいものが込み上げ……。


「…………………………………………」


なんとかトイレから脱出に成功。

気分は最悪だ。

どうにも体調が悪い。

体が思うように動かない。


「お兄ちゃん、大丈夫……って、どうしたの?まるでゾンビの様になっているよ!」


制服姿の妹の可憐が俺に駆け寄ってくれる。

本日は妹の可憐の中学の卒業式なのでいつもより少し気合の入った髪型でちょっと可愛い……自慢の妹だな。


「大丈夫だ」

「そっか……って、大丈夫じゃないって!」

「まあ、心配するな今日はゆっくりするよ」

「う、うん」


中学生の制服姿もこれで見納めか……来月から妹の可憐も女子高生だなんて……変な虫が付かないか心配だ!


「可憐、行くよぉ~」


玄関で母さんが妹の可憐を呼んでいる。


「ほら、行ってこい」

「う、うん……いってきます」

「いってらっしゃい」


ゾンビのような顔をしているが、今できる精一杯の笑顔で妹の可憐を見送る。


リビングへ向かい体温計を脇に挟んでしばらく待つとピピッと音が鳴る。


……うん、病院にでも行くか。

どうやら、沙織の風邪を貰ったみたいだ。


俺はこれから雪山でも行くんですか?というような格好に着替え、財布などが入ったリュックを肩にかけ玄関のドアを開ける。

暦は3月に入り少し暖かくなってきたが、今の俺には猛吹雪の雪山にでも入るぐらい寒くて体が震える。


まあ、車の暖房をしっかり効かせれば大丈夫だろうと一歩を踏み出した。

しかし、あっけなく踏み外す。


体が俺の意志で動いてくれない。

バランスを崩してリュックが落ちそうになったが、リュックの中には大切なパソコンが入ってる。

咄嗟にリックを庇うが、そのせいで自分の体の方が先に地面に衝突した。

おかげで盛大に転び、廊下にゴンッという鈍い音を響かせる。


「ちょっと、大丈夫?」


朦朧とする意識の中で俺は沙織に出会った。


「ねえ、和樹!和樹……かずきぃぃぃぃ!」


沙織は俺の手を握り泣きそうな声で俺の名前を呼ぶ。


「しっかりしてよ…………目を開けて、和樹、お願い死なないで!」


ってか、俺が死ぬ?何を言っているんだ?


「あ、お母さん、和樹が……死んじゃうよ……嫌だよ……う、うわぁぁぁぁぁぁぁん」

「ちょっと、和樹君……和樹君、私が分かる?」


今度は美香さんの声が聞こえる。

それよりも沙織は俺の手を握りしめたままでいてくれるのでとても暖かい。


ああ。俺が沙織を好きになった瞬間を思い出した。

小学生の時、俺は病弱だった。

よく熱を出していたが、いつも沙織が手を握ってくれていたっけ。

まあ、昔から引っ込み思案の沙織の遊び相手は俺しかいなかったから、寂しいだけだったのだろう。


それでも嬉しかった。

沙織が俺の傍にいてくれることが本当に嬉しかった。


「かずき……」

「しっかりして和樹君。今、救急車呼ぶから」


そんな風邪ひいて転んだだけでそんな大袈裟な……あれ、床に血が落ちている。

この血は俺のものなのか?


どういう状況なのかさっぱり理解できない。

沈んでいく意識に身をゆだねていくのは、とても心地よかった。



☆彡



沙織と出会ってもう十年以上になる。


沙織と初めて会ったとき俺は全身に電気が走ったのを今でも覚えている。

一目惚れだった。


沙織のお父さんは既に他界しており、沙織はお父さんの顔を知らない。

だけど、よく、うちに来ては賑やかにしていた。


美香さんは母さんのことを姉さんと呼び、我が家で酒をよく飲んでいた。

だから、必然的に俺と沙織が一緒にいる時間は多かった。


小学校でももちろん一緒だ。

沙織は小さい頃から可愛い女の子。

周りの男子が放っておくなんてことはない。


ただ、小学生男子と言えば好きな子にいたずらするのが通例。

しかし、俺は違った。

まあ、母さんのおかげと言っていいだろう。

沙織が泣いたりしたら、俺が母さんに泣かされる。

当時は「理不尽だ!」なんて思っていたが今思えば「ありがとう」である。


しかし、俺は昔から体が小さく一度も沙織の身長を超えたことがない。

沙織をイジメる上級生には全くと言っていいほど歯が立たなかった。

負けそうになると腕を大きく振ります、ぐるぐるパンチが炸裂……いや、空を切るが正解か。


中学に上がるころにはより一層、沙織の端正な顔立ちは美しく

幼さも相まって本当に美少女というのに相応しい女の子になる。


そして、小学校の時の比ではないぐらい沙織はモテた。


ただ、同級生の男子からは弄られる感じの嫌がらせ。

そのあたりは簡単に対処できた。


問題は上級生だった。


ある日、中学3年生の男子にしつこく告白されてしまった沙織は泣きながら俺のところに戻ってくる。

「怖かった」と泣きじゃくる沙織。

その時に俺が出来た事と言えば一緒に家に帰ることだけだった。


そして、それが序章であることにそのあと気が付く。

それからしばらく、同じ中学3年生の男子生徒に告白される日々が続いたのだ。

放課後に呼び出されるのはほぼ毎日。


俺は悲しむ沙織を見たくなかった。


だから、髪を金色に染めた。

沙織を守るために見た目を強く見せた。


そして、告白現場に先に行き先輩と話をした。


「先輩、沙織は嫌がってます。やめてください」


この上級生は何度断っても告白してくる迷惑な奴で沙織を怖がらせるヤツ……心底嫌いだった。

だが、いくら金髪に染めたところで中学1年生のチビなんて怖くなかった。


「ああん?やるのか?」


俺に向かってガンを飛ばしてくる先輩。


その後はその先輩と大喧嘩をしてしまう。

そして、俺は負けた……。


俺は負傷をしただけで、沙織を守ることが出来なかった。

そう思っていた。

また、ケンカの時にできた痣を沙織に見られたくなかったので少し間、学校は休んだ。


もちろん母さんにはかなり叱られた。

ただ、うちの母さんはちょっと……いやだいぶおかしい。


「ケンカしたのか?」

「……」

「沙織のためか?」


事実を言われたために俺は母さんと視線を合わせることが出来ない。


「和樹、あんたは最高の息子だよ」


そういって俺を抱きしめる。

殴られて痣になっているところが痛かったが悪い気はしなかった。


俺は負けたのだが意外にもそれ以降、その先輩が沙織に告白をすることはなかった。


何故告白しなくなったのか知りたいが直接聞くのは流石にできない。

でも、なぜこのような事態になったのかすぐに分かった。


ある日、クラスメイト達が噂しているのを聞いてしまったからだ。


(おい、聞いたか?)

(ああ、本田と鈴木だろ?)

(かなりヤバイらしいな)

(なんでも不良グループに入っているらしい)

(それであの髪の毛?)

(らしいぞ、お前も気を付けろよ)

(何がだよ?)

(勧誘されるらしいぞ)

(え?)

(鈴木も付いて行ったせいでその不良グループに入っているとか)

(マジかよ、怖えな)

(近づかないでおこうぜ)

(だな)


この時、俺は好都合だと思った。

これによって沙織に近づくやつが減る、沙織が悲しむことが無くなる、と本気で思っていた。


ただ、中学2年に上がり、豊田澪という邪魔者が俺達の中に入ってくる。

まあ、一人ぐらいならいいだろうと思っていた。


そして、中学3年の時に沙織に衝撃的なことを言われる。


俺達はよく3人で帰っていた。


「また、沙織にへばりついてる」


俺は常に沙織の傍にいたのだが、豊田がいつもちょっかいを掛けてくる。

だが、豊田は沙織の傍に居てくれるので俺としてはあまり邪険にできなかった。


「うるせえ、ほっとけ」


俺は軽口を叩くくらいでそれ以上でも以下でもない。


「あ、ちょっとコンビニ」

「買い食いはダメだぞ、不良少年」


いちいち俺に突っかかってくる豊田。


「家の手伝いだ」

「うそつけ」


豊田が言っているが無視だ。

俺はコンビニに入るが二人が外で待っていることを知っているので急いで買い物を済ませる。


何やらヒソヒソと話をしているが聞こえない。

俺は自分の存在を気が付いてもらうために近づいて声を掛ける。


「お待たせ」


俺は二人の前へ出ていき自分が買い物を終わらせたことをアピール

手に持っている買い物袋を肩の位置まで持ち上げて二人に見せる。


「ねえ、和樹」

「ん?」


何やら真剣な表情で沙織は俺の目の前に立つ。

引っ込み思案の女の子だけど俺とだけは話してくれる。


何か特別な関係という感じで俺は嬉しかった。


「なんで金髪なの?」

「え?今更?」

「うん、なんで金髪にしてるのか知りたい」


本当に今更って感じだ。

俺が金髪にする理由なんてただ一つ。


「そりゃあ、沙織が……」

「え?私?」


「ハッ」と気が付いた俺は沙織から目を逸らす。

沙織のことが好きで告白の邪魔をするために、沙織が泣かなくてもいいように……なんて口が裂けても言えない。

それ以外のことならいいかと適当なことを言ってごまかそうとした。


「普通にカッコイイと思っているからだ」


なんだろうな、この言い訳もちょっと変な感じだ。

もっと他に言い回しはなかったんだろうかなんて思う。

だけど、そんなことはどうでもよくなるという発言を沙織から受ける。


「その金髪、似合ってないからやめた方がいいよ。私は嫌いだよ、金髪」

「………………え?」


き……きら……きらい……誰が?……誰を?

もしかして……沙織が……俺を……?


次の瞬間に体から力が抜ける。

思考も停止してしまい、呼吸すらしていなかった。


「ねえ、和樹……おーい」


俺はあまりの衝撃に意識を失っていた。


「はっ!えっと沙織、そ、そ、それはどういう意味だ?俺が嫌いということか?」


どういうことだ……俺のことが……というか金髪はやっぱりダメなのか?


「誰も和樹のことを嫌いなんて言っていない!」


と沙織は小さい声で喋る……気を使われているのか?


「そ、そ、そうか……よかった」


一応、俺が嫌いというわけではないことに内心ほっとする。


「私は金髪が嫌いって言ったよ」

「わ、わ、わかった!」


やっぱり金髪が嫌いだったのか……どうすればいい?

元々、俺が金髪にしたのは上級生に対してのものだ。

今、俺と沙織は中学3年ということでもう必要ないのか?

う〜ん、どうするべきだ?


俺はそのまま悶々としながら自宅へ帰る。


「和樹、おかえり」


母さんが挨拶をしてくれるが俺は沙織の「金髪嫌い」宣言をどうするかで頭が一杯だった。

だが、挨拶を無視する俺を母さんが許すはずもなく。


「お・か・え・り」


わざわざ俺の目の前へ来てアイアンクローの愛情表現付きで再度、挨拶をしてくれる


「ただい……ま、イタイイタイ……ギャー」

「どうしたんだ、ぼーっとして」


俺は母さんの愛情表現(アイアンクロー)で苦しんでいるというのにとても笑顔で俺のことを心配してくれる。


ただ、この痛みのせいで普通の答えしか出てこない。

普通に金髪やめればいいじゃない?


「母さん、白髪染め持ってる?」


俺はただ髪を黒くしたかった。

だが、聞く相手と聞き方を間違えてしまった。


「ああん?母さんがそんな年に見えるのかい!」


そこから更なる母さんの愛情表現(アイアンクロー)によって俺は……一時間ほど動けなかった。

それから誤解を解いて黒染めを買ってもらい、その日の晩に金から黒へと変貌する。


「お兄ちゃん……お母さんのアイアンクローでそんなになったの?」

「なるか!」

「冗談だよ。お兄ちゃん似合ってるよ!」

「そ、そうか?」

「うんうん」


という具合に家族の反応はまずまず。


そして、翌日


登校時間になったのだが……。

俺は黒く染めた髪を沙織に見られると思うと緊張していた。

沙織はどう思うんだ?


我が家の玄関を少し開けて様子見をしようとしたのだが、沙織が既に玄関前に立っていた。


「あ、おはよう、え?誰?」


沙織はきょとんとした顔で俺を見てくる。


「俺だよ!」


沙織も冗談を言うようになったんだなと思っていたが、沙織の雰囲気がおかしい。


「えっと、和樹君、いますか?」


なんと、大真面目に俺を認知していない。

ショックだ!


「だから、俺だよ!!俺が和樹だよ」


俺は自分の名前を名乗る。


「………………え?」


いまだにすっとぼけた顔をする沙織に向かって前髪をかきあげた。


沙織と目が合う。

正直、かなり恥ずかしかった。

微動だにしない沙織は少しずつだが、黒髪和樹を認識し始めたように感じた。

だが、次の瞬間に大きな声で叫んだ。


「ええええええええええええ!」


俺はかきあげた前髪を降ろす。

驚いている沙織だが、俺はすぐにでも感想が欲しかった。


「………………似合うか?」


沙織はこれを良しとしてくれるだろうか?

ただ、あまりにストレートに聞いてしまったことにちょっと後悔した。


「……き……」

「き……?」

「……何でもない」


急に眼を合わせてくれなくなる沙織。


「えっと、先に学校へ行くね」

「おい、沙織」


沙織はそのまま俺を置いて学校へ行ってしまう。

き……って嫌いってこと?


ショックだった。

せっかく黒に染めたというのに……。

俺は重い足取りで学校へ向かった。


俺が学校へ到着すると当然、沙織は学校に来ており自分の席に座っていた。


「おい、あれ、誰だ?」


誰かが俺を見て大きめの声をだすことで教室が騒然とする。


まあ、金髪が真っ黒になったのだ。

想定の範囲内だった。


だが、俺がいないだけで沙織に近づくやつがいることに心底腹が立った。

そいつはバスケットボール部の男子で背の高いイケメンだ。


俺の天敵だった。

その天敵を威嚇するように近づき声を掛けた。

完全に頭に血が上っていた。


「なあ、お前、沙織に何か用か?」

「お前、本田か?」


見上げるような背の高い奴だが怯むわけには行かない。


「ああ、そうだよ……やんのか?」


母さん直伝のガン飛ばしを披露する。


「チッ」


俺はかなり嫌われているために、バスケットボール部の男子は舌打ちをした。

そして、ズボンのポケットに手を突っ込み自分の席へ戻っていく。


俺は沙織が怖がってないかすごく心配だった。


だが、怖がっているのではなくバスケットボール部の男子を目で追っていた。


ちょっと待て……どういうことだ?

沙織はあいつのこと……?


でも、目で追うってそういうことだよな。

気があるってことだよな?


俺は頭の中に浮かぶ負のイメージを拭い去ろうと頭を左右に振る。

そして、再度、沙織を見ると今度は俯いていた。


俺と沙織の間に豊田が入ってくる。


「え?え?え?え?え?え?」


隣にいる豊田が何かしているが鬱陶しいだけ。


「んだよ、豊田」

「んだよって、それはこっちのセリフ!」


ってか、豊田なんて相手している場合じゃない。

俺は顔を上げない沙織がどんな顔をしているのか気になった。

もしかして、好きな奴に話しかけられて浮かれているとか?


「沙織、どうした?」


衝撃だった。

頬を染める沙織は俺から視線を逸らす。


この時の沙織の仕草に俺は体の痛みと自由が無くなる。

心臓を鷲掴みにされて肺が圧迫されて呼吸ができない。

こんなにも苦しいのは初めてだった。


そして、その場から離れるため、逃げ出すために口から出た言葉がーーーーーー


「…………すまん」


どうして、謝ったのか自分でも分からない。


もしかして俺は沙織の傍に居るべきではないのか?

そんなことを考えながら俺は移動する。


これから授業なので本来なら自分の席へ移動するのだが、俺の脚は自然と自宅へ向かって進んでいた。


今考えればこの日、学校をサボったことを後悔している。

この日、学校に帰っていなければ別の人生を歩んでいたのではないのか?


よくないことや不幸というのはどうしてこうも重なるのだろう。

この日、俺は自分の運命を呪った。


家に帰るが誰もいなかった。

当然である。


時計はまだ午前10時になる前だ。

父さんは仕事に行き、母さんは買い物、妹の可憐は学校だ。


ふと、リビングの机の上にある書類に目が行く。

母さんが片づけることなく出しっぱなしにしている。

「だらしがないな」っと、思ってその書類に目をやると自分の名前が書いてあった。


そして、自分の名前の隣に書いてる文字を見て目を疑う。


「……養子……?」


一瞬で理解はするが、心がそれを拒否する。

何も……考えたくない……。


俺はそのままベッドに潜り込む。


どれぐらい時間が経ったのだろう。

ベッドの外は暗闇で覆われている。


「お兄ちゃん、ごはん」


コンコンとドアを叩くと同時に妹の可憐の声が聞こえる。


「………………」


俺は返事をするのも億劫なため無視することにした。

ベッドの中で携帯を使って調べた「養子」の意味……その結果、俺と妹の可憐の血は繋がっていない。


妹の可憐はこのことを知っているのだろうか?

小学6年生だというのに身長が160㎝もあり、スタイルが良い妹の可憐。


血がつながってないと知り、俺は妙に納得してしまう。

妹の可憐と比べられること自体が間違っているのだ。

多分、一生、妹の可憐には勝てないだろう。


「お母さん、お兄ちゃんが変!」


拗ねて部屋を出ていく妹の可憐。

その代わりに母さんがやってくる。


「和樹、早くしないと飯が冷めるよ」

「………………」

「ほら、可憐もご飯食べるの待ってるんだ、早くしなよ」

「あとで食べる」


母さんはため息をついただけでそれ以上は深追いをしてこなかった。

俺は皆が寝静まってから冷えた飯を食った。


それからも俺は籠城生活を続けた。

活動するのは皆がいないときか、寝静まっているとき。


家族と顔を合わせたくなった。




だが、狂戦士(母さん)の限界は一週間だった。


朝、父さんや妹の可憐が出かけたときに母さんが大爆発。


「おい、いい加減にしろ。さっさと出てこい」


母さんがドアを蹴破る。

決して蹴破るというのは比喩的な意味ではない。

本当にドアが壊れるほどドアを力いっぱいに蹴りドアを物理的に破壊する。


久々に本気でキレた狂戦士(母さん)を目の前にしてビビってしまう。


怒られてそれに従うなんて情けないと思いながらも身の危険を感じ俺は学校へ行った。



☆彡



既に授業は2時限目が終わっており3時限目からとなる。


俺は教室に入ろうとしたのだが、まず沙織を探した。


ーーーーーーー衝撃的だった。


沙織の周りには人だかりが出来ていた。

男子がちょっかいを掛けようとするのだが、沙織の周りの女子が拒んで撃退。


沙織たちは仲良さそうに話をしている。


あれは本当に沙織なのだろうかと自分の目を疑う。


今まで見たことのない光景。


いつも自信がなくオドオドしていて口ごもったりしていた。


だが、今は笑顔で気さくな態度で友達と話をしている。


引っ込み思案だったのは遠い記憶のようだ。

いつも俺の後ろに隠れていた沙織は、そこにはいなかった。


「俺が……邪魔だったのか」


俺は沙織の周りの女子に嫉妬した。

沙織の隣に居たかった。

でも、俺が沙織の成長を妨げたのも事実だ。

沙織の傍に居るべきではない。

そう思った。


沙織のために思ってやってきたことが実は無意味だった。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ーいや、無意味ならまだいい。


結果を見る限り俺が沙織の傍に居たら、いまだに沙織は昔のままだろう。


悔しかった。


先ほどみた光景は俺のことを全否定してくる……クソッ!



☆彡



俺はすぐに家に帰ることにした。

すぐに家に帰るのは狂戦士(母さん)の制裁を意味するのだが、そんなことを考える余裕はなかった。


「ちょっと、何帰ってきてんだ?」

「……うるさい」

「うるさいって、生意気なこと言ってるんじゃないよ!」


いつもの俺なら鋭い視線と身の毛もよだつ声で足に力が入らず小鹿の様に震えている。

だが、もう死んでもいいやっと思える。

今は、いっそのこと殺してほしかった。


「なあ、腹立つなら殺せよ」

「あ、あんた…………いい度胸だね」


怒髪冠を衝く母さんに俺は言ってはならない言葉を吐き捨てる。


「別に殺せるだろ、実の子供じゃないんだから」

「あんた……どうして」

「ようやく気が付いただけだよ」

「違う、あんたは私の息子だ」


先ほどまで鬼のような形相はいつの間にか消えてなくなり、明らかに母さんは動揺していた。


「どこをどうやったら、そう見えるんだよ。父さんみたいにイケメンでもないし背も高くないし頭も悪い、母さんのように運動神経が良いわけでもケンカが強いわけでもない」


自分が劣っているというのは常々感じていた。

それを全てぶちまける。


「……和樹」

「いつもおかしいと思っていたんだ。俺だけだ……何も持っていない、俺だけ取り柄が何一つない!」

「…………」


俺は声を荒げて母さんに面と向かって悪態をつく。

母さんも俺の言葉に拳を降ろし素直に聞いていた。


「だから、もう出ていく。この家でも俺の存在は邪魔なはずだ」



母さんは俯いて何も言ってこない。

だからこそ、俺は辛かった。

否定すらしてもらえない。


「チッ!……何も言わない……沈黙って肯定しているのと同じだろうが」

「……か、和樹、ちが……」

「母親面するなよ!」


俺は母さんの言葉すら聞きたくない。

すぐに母さんの隣をすり抜けて自分の部屋の荷物をまとめる。


必要最低限のものをスポーツバッグに入れて俺はいまだに立ち尽くしている母さんの隣を通って玄関を出ようとした。


「じゃあな」

「待って……」


玄関から出ようとした瞬間に俺は手を引かれる。


「和樹……行くんじゃない……行くな」


今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳で母さんは俺の腕をつかむ。


「母さん、今までありがとう」


俺は素直に今まで育ててくれたことに感謝した。

この時の俺は沙織にも家族にも見放された。

自分がひとりぼっちだという悲劇の主人公を演じていた。


この時の自分を客観的に評価するなら、甘ちゃんのバカヤロウである。


そんなバカヤロウな息子に母さんは意外な提案をしてくる。


「そ、そうだ……母さんと一緒が嫌なら竜二のところはどうだ?このまま、ひとりでの生活なんてしないでくれ」

「叔父さんのところ?」


何かを思いついた母さんは俺を本田竜二、父さんの弟にあたる人と一緒に暮らせという。

一応、戸籍上は俺の叔父となる人だ。


まあ、母親として家出されるのはつらかったのだ。

今思うと、本当に母さんには俺の我が儘で振り回して申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。


そして、このことが、きっかけで俺は叔父さんのところで修行することになる。

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