第4話 沙織2

私が通話ボタンを押せないまま、時間が過ぎて、明日は高校の卒業式となった。


友人の澪からのメッセージで近所の公園に呼び出される。

特にやることもないので指定された時間に私は公園に足を運んだ。


公園に到着すると綺麗な夕日が澪たちを照らしている。

彼女ともあと少しでお別れかと思うとなんだか胸に来るものがある。


ただ、夕日がもたらす影は2つ。


私としては少々、会いたくない人物もいる

そして、その人物はまたしてもベンチに座っていた。


「え、どうして、川崎君が?」


公園にいた澪は私が視界に入ると走って駆けつける。


「さ~お~り~ぃ~、明日で卒業だね。さびしいよぉ~」


澪は私に抱きついて頬釣りをし名残惜しさを体で表現する。


「うん、私も」


いつもなら頬釣りは恥ずかしいから嫌だけど、今回ばかりは澪に同意しており、頬釣りを嫌がることなく受け入れる。

私達、二人が何やら怪しい雰囲気になっているので少々気まずい気持ちの川崎君


「あの~、俺もいるんだけど」


澪は川崎君の存在を思い出したが頬釣りを止めることなく謝罪する。


「あ、ごめん、忘れていた」


澪は「ごめん」と言っているが一切悪びれる様子は見せない。

それに呆れる川崎君。


「おいおい」


川崎君の呆れる姿に澪も仕方ないなっと私から離れてしまう。


「ねえ、聞いて沙織、まじめな話なの!」

「う、うん」


私から距離を取った瞬間に澪の表情筋は引き締まる。


こんなにも真剣な澪はあまり見たことがない。

澪のただならぬ表情に息をのんだ。


「沙織を守るために今、この時から沙織と芳樹と恋人です」

「…………え?」


私は澪が何を言っているのか分からなかった。

一体全体、どうしたら私と川崎君が恋人になれるの?


私は川崎君の告白を断っている。

この事実を知っている澪

私の相談に澪は「好きな人とが一番だよ」と言って励ましてくれている。

私の恋心を応援する澪が何故?

告白を断った相手に「恋人です」と言われて混乱してしまう。


って、もしかして、和樹を諦めろっていうつもりなのかな?

でも、私は……。


「澪……あの……」


私は何かの間違いだと思い恐る恐る手を伸ばす。

その震えた手はゆっくりと澪の肩を掴んだ。


「澪、それじゃあ誤解されるよ」


川崎君が横から口をはさむ


澪の衝撃発言で怯える私は川崎君に顔だけを向ける。

その表情はとても男性には見せれないもので川崎君も怯えていた。


怯える川崎君を守るためにもすぐに弁明する澪


「あ、ごめん。えっと、正確には偽の恋人ね」

「どういうこと?」


澪はベンチに座ってゆっくりと話始める

その表情はいつもふざけている澪から想像できないほど真剣なものだった。


「沙織、明日は卒業式なの」

「う、うん」


やはり何か裏があるんだと私は澪の話を真剣に聞く。

あまり厳かな雰囲気ではないので生唾をゴクリと飲み込む。


「それで、なぜこうなったかというと、沙織に告白しようとしている男子がいるのよ」

「そ、そう……なんだ」


私は告白をされると聞いて怯えてしまう。

今までも何度もいろんな人から告白されて怖い思いをしてきたからだ。


「だから、男避けとして今日から芳樹と付き合い始めたというのをグループチャットに流す。牽制をしておくのよ」

「なんとなくは分かったよ。でも、川崎君に悪いよ」

「澪、よく聞いて……告白予定者は1人じゃないの」

「そうなの?」

「30人よ」

「…………え?」


あまりにも現実からかけ離れた数字に思考が追い付かない。


「こっちだって最初は信じられなかったのよ。ただ、沙織なら……あり得るかもと思って」

「ああ、それで俺なんかで申し訳ないが澪の相談に乗って偽の恋人役を引き受けたんだ」


川崎君は胸に手を当て、優しい眼差しを沙織に送る。


「芳樹なら適任なのよ。うちの学校で芳樹に勝とうなんて思うやつは稀よ。それに告白されるかもしれないけど、人数は圧倒的に減らせれるはずだもん」

「で、でも……」


私は偽の恋人というものでも恋人という枠に和樹以外の男を置くことに戸惑う。

だが、澪としても友人が困る未来が待っていることを知っているので放って置くわけにはいかないのだろう。

それに澪には、こういうことで、とても世話になっている。


「大丈夫、本当に付き合う必要もない。それに卒業式の一日だけだよ」

「えっと、一日だけでも……」


一日だけという期限付きだが抵抗する私に川崎君は横槍を入れる。


「実は俺のためでもあるんだよ」

「え、川崎君のため?」

「うん、実は澪から聞いたんだけど、俺も告白予定者がいるみたいなんだ。沙織と違って30人もいないけど」

「…………」

「正直さ、全員断ろうと思っている。たださ、彼女たちの気持ちを正面から受けるのが辛くてさ……良ければ、俺のためにも偽の恋人役をやってもらえないだろうか?」


告白を断る辛さは私もよく分かっている。

だからこそ、川崎君のことを気の毒に思ってしまう。


「うん……一日だけなら」

「ありがとう!」


川崎君の説得によって私は川崎君と一日限定の偽の恋人という関係になった。

川崎君は感極まったのだろう……私は一瞬にして彼の腕の中に納まっていた。


「ちょっと、やめて」


嫌がる私だが、それに気が付くことなく私を振り回す川崎君。

私も女性としては身長が高いのだが川崎君はそれよりも更に大きいので、私を軽々と振り回していた。


「おやおや、お熱いようで……邪魔者は退散しますか」

「ちょっと、澪、待って」


抱き合うというよりも羽交い絞めに会う私を残して澪はそそくさと公園から出ていく。


「本当にありがとう、沙織」


感動しっぱなしの川崎君は澪がいなくなっていることや私の様子など気に留める事などなかった。


「あれ?本田じゃん!」


澪が公園の外側に向かって発する声に、私は大きく目を見開く。

すぐに私は澪の視線の先にいる人物を確認すると全身の毛が逆立つぐらい身が引き締まった。


私にとって、今の現状を一番見られたくない人物、本田和樹


「お願い、やめて、川崎君、お願いだから!離して……お願いよ!」


私は動かせる腕を振り回して、川崎君の胸に力いっぱい叩きつける。

2,3回と叩くとようやく川崎君も気が付いてくれたみたいで、抱きしめられる力が弱まる。


「あ、すまん……つい、うれしくて」


涙目で抵抗する私に気が付いた川崎君はすぐさま解放してくれる。

私は川崎君から解放された途端に全力で澪と和樹のいる公園の外側へと走り出した。


すでに日は沈んでおり和樹と澪を照らす明かりは外灯のみとなっていた。

走るのは得意な方なのですぐさま澪と和樹に追いつくことが出来た。


「待って」


だけど、最近、勉強ばかりで運動をしていないせいか少し走っただけで息が切れる。

先ほどまで澪と和樹がどのような話をしていたのか私には分からない。

ただ、二人に追いつくと話は終わっているようで澪は来た道を帰る様に、また公園へ向かう。


「まあ、さっき話した通りよ。あなたはただの幼馴染なの、だから沙織との距離には気を付けてね。沙織はもう恋人がいるんだから」


振り返りざまに澪は和樹を指さし少し離れたところで忠告をする。

ただ、澪が和樹に向かって話している内容はどう考えても私に近づくなという内容だ。


「……あ、あぁ……わかったよ」


言葉に詰まる和樹。


「ねえ、和樹……」


私は偽の恋人であることを和樹に言おうと思っていたのだが、澪にそれを止められる。

澪は私に近づき耳元で囁いた。


「(敵を騙すにはまず味方からだよ)」

「え?」

「それじゃあね、沙織」


ふふっと不敵な笑みを浮かべながら澪は暗い夜道へと姿を消す。

澪が言っていることを私は理解できている。

それは和樹にも偽の恋人であることをばらすなということだ。


ただ、誤解されたくない私は和樹に全部話そうとした。

しかし、ケーキ屋での写真が脳裏に浮かぶ。


「あの……えっと……」


私は混乱していた。


和樹にもし恋人がいれば、私に恋人が出来ても祝福されるだけだろう。

逆にあれが間違いだったら和樹は沙織を引き留めてくれる?


そうだよね?

もしあれが何かの間違いなら……和樹は私の傍にいてくれるはず!


なぜそのような考えになったのか私自身も分からない。

でも、欲望や期待が渦を巻く。


私に恋人がいるって聞いたら焦って欲しい。

引き留めて欲しい。

ついでに抱きしめて欲しい。

私の傍に居て欲しい。

ギュってして欲しい。

嫉妬して欲しい。

お母さんと同じようにお姫様抱っこして欲しい

俺の女になれ!とか言って欲しい。

お前が好きだと和樹の口から聞きたい。

プロポーズされたら秒でOKする!


私の和樹に対する欲望は無限大。

いつの間にか和樹が嫉妬してくれるものと勝手な解釈が欲望を増長させる。

だから…………和樹に話が出来た。


「うん、その……私ね、川崎君と付き合うことになったんだ。恋人が出来たんだよ」


和樹に嘘でも恋人が出来たという報告に胸が痛む。

高鳴る心臓の音は苦しいが、同時に期待を胸膨らませる。


「そっか、よかったな」

「……………あ、あれ?」


和樹は笑顔で私に言葉を返す。

私は期待していたものと何一つ一致しないことで、思考が停止し、呼吸ができなくなった。


「それじゃあ、俺は先に行くよ」

「あっ…………」


私は手を伸ばすが和樹はそのまま歩いて自宅へと向かう。

その足取りは逃げる様に早く感じた。

和樹との心の距離が一気に広がり、ポツンと取り残されたような寂しさを覚える。


一筋の涙が頬を伝う。

私は和樹に向けた手を降ろして自分を冷静に見つめる。


「あ、あは……ハハハ……何を……期待していたのかな」


私に恋人が出来たことを受け入れる和樹……まあ、受け入れたこと自体で和樹に恋人がいないことの証明なんてならない。

私に興味がなかっただけということもある。


ただ、おかしな期待をしていた自分自身を滑稽であると笑う。

私は和樹が見えなくなってからゆっくりと帰路に付く。



☆彡



私は翌日、高熱が出たことで卒業式を欠席することになった。


「もう、今日は卒業式だというのに……はぁ」

「ごめん」


お母さんは私に愚痴をこぼしたが、ベッドの上で弱っている娘にこれ以上の小言をやめ、ため息をついた。


「仕方ないわよ。早く元気になって大学の入学式は絶対に出席するよ」

「……うん」


再度、ベッドの中に潜り込んだのだが、かなり汗をかいたのでシーツが濡れていた。


「あ、結構濡れているね。シーツ交換するから、その間にでも病院へ行ってきて」


お母さんはシーツを変えるから、その間に病院へ行ってこいと言う。

病人にたった一人で病院に行ってこいと酷なことを言う。

ただ、熱のせいで正直、動きたくないし病院まで体が持ちそうにない。


「ちょっと、まだ、しんどいから動けないよ」

「大丈夫よ、応援を呼んでいるから」

「応援?」

「そ、だから服着替えて、病院行っておいで」


熱のせいで体の自由が利かないがお母さんの言われる通りに寝間着からコンビニへ行くときの恰好に着替えてマスクをして玄関へと向かった。

私が玄関に到着すると同時に我が家の玄関ドアが自動で開いた。


「大丈夫か?」

「…………え?」


家の中に入ってきたのは隣に住む幼馴染の和樹だった。


「和樹君ごめんね」


和樹が家の中に入ってくるのと同じぐらいにお母さんも家の奥から和樹の出迎えに来る。


「いえ、これぐらいお安いご用ですよ」

「助かるわ、ほんと」

「それじゃあ、美香さん、行ってきますね」

「お願いね、和樹君」


私は高熱のせいでかなりふらついており、靴を履こうとしたがよろけて倒れそうになってしまう。

それを支えてくれる和樹。


「……あ、ありがとう」


朦朧とする意識で和樹にお礼を言う。


「俺なんかで……すまないな」


和樹は私に恋人がいることを気にしているのだろう。


「えっと……その……そんなことはないよ」


私は和樹に話をしようとしたのだが、上手くしゃべることができなかった。

でも、和樹に触れられる……それが嬉しい……ずっと前から好き。

それに、もたれかかっても岩の様にビクともしない。

身長は私と同じぐらいだけど、やっぱり男子だよね。


その後、和樹は特に何かを言うことなく私を支えながら車に乗せて病院へと向かった。


病院では高熱があることを伝えると待合室ではなく隔離された場所に案内される


その場所まで和樹が付いてきてくれた。

私は和樹に支えられながら歩くのだが顔が緩んで仕方なかった。

高熱が出たことにちょっと感謝した。


二人掛けの椅子に私と一緒に和樹が座る。

名前を呼ばれるまで私は和樹の肩を借りてぐったりとしていた。


順番待ちで待っている間、和樹は私に肩を貸しながらパソコンを開いてキーボードをカタカタと入力する。


私はパソコンの画面の内容を見ていたのだが、和樹が何をしているのか理解できなかった。

ただ、和樹が何か難しいことをやっているということだけでちょっと誇らしく思っていた。


「和樹、すごいね……」

「これくらい慣れたら簡単だよ」

「そんなことない、私の大好きな和樹はやっぱりすごいよ」

「…………」


私は素直に和樹を大好きと言えた。気持ちが伝わったかな?

こんなにも好きの気持ちが溢れたのは久しぶり。


「なんかいい気持ち……」


私は和樹の肩に頭を乗せたまま目を閉じた。

和樹は私がもたれかかっているのにびくともしない。


やっぱり男の子なんだと思い知る。


そのおかげで遠慮なく体を預けることが出来る。

好きな人の肩に安心したのだろう。

次第に意識が遠のいていった。



☆彡



私は気が付くとベッドの上で寝ており、夕日が部屋に入り込んでいた。


「…………え?あれ、和樹は……?もしかして、夢?」


私は上半身を起こす。

辺りをきょろきょろと見回すが和樹の姿はない。

私はため息をついた。


ぐっしょりと濡れ纏わりつく肌着が気持ち悪い。


肌着を着替えるために上着を脱ぐ。

ブラなどは付けてなくて薄い肌着のみが濡れて透けていた。

肌に纏わりつく感じが気持ち悪かったのでその肌着も脱いだのだが、新しい肌着が別室にあることを思い出す。


仕方ないのでそのままの格好でドアを開けてリビングへと移動する。


「お母さん、私の肌着って…あれ?和樹?どうしたの?」


ドアを開けるとそこにはお母さんと和樹がいた。

何故か和樹は私の胸を凝視する。


すぐに和樹は耳まで真っ赤に茹で上がり私から視線を逸らす。


「ちょっと、沙織。なんて格好をしているの!」


何故お母さんがあんなにも慌てているのか理解できない。

私が和樹の前に出て来たらダメなのだろうか?


お母さんの言葉に私は視線を落とす。

まだ、熱のせいで朦朧としていたのだろうか?

自分の上半身を視認することでようやく、自分が裸であることを……そして、その状態で和樹の前に立っていることを理解した。


「い……いやぁぁぁ」


現状に気が付いた私は咄嗟に上半身、特に和樹には見られたくない場所を腕で隠すのだが時すでに遅し。

私は慌てて自分の部屋へと引き返す。


和樹と病院へ行ったのは……やっぱり夢だったの?私が行くまで、何事もなかったように和樹はリビングでくつろいでいた。

だけど、よく見ると脱いだ服といい、今履いているデニム地のワイドパンツといい、外に出る時の恰好だ。

私は夢の中で病院へ行った時の姿と今の恰好(上半身は裸だけど)が一致することに納得した。

と、私は現状を理解するが同時に色々な感情が荒波の様に押し寄せてきて処理が追い付かなくなる。


服は夢の中で見たものと一緒……やっぱり和樹に連れて行ってもらったのよね?


和樹に優しく病院に連れて行ってもらったことは嬉しい

でも、上半身を見られたことの羞恥心。

どちらかというと、現在は羞恥心の方が強いためにすぐにブラとピンクのタートルネックのセーターで武装する。


あれ?私……和樹にもたれかかって……密着していたな。

更に和樹と病院へ行った時のことを思い出し赤面する。


トントンと私の部屋のドアを叩く音が聞こえる。


「ひゃ!…………もう、なによ?」


私は和樹が部屋に来たものだと思っていた。


「何拗ねているのよ」

「あれ?お母さん?」


だけど、部屋の前にやって来たのはお母さんだった。

お母さんはドアを開けることなくドア越しで私に話しかける。


「お母さん、ちょっと買い物してくるから、お粥食べて薬を飲んでおきなさい」

「う、うん」


その後すぐに、鈴木家の玄関ドアの開け閉めの音が聞こえてくる。

お母さんが出て行ってすぐにまたしても部屋のドアを叩く音が聞こえてくる。


「……」


私はドアを叩く音に反応はしなかった。

なぜなら、現在、鈴木家にいるのは私と和樹だけということは分かっていたからだ。


「沙織……すまん」


和樹もお母さん同様、ドアの前に立ちドア越しで話を始める。


「変態!出ていけ!」


私は和樹に見られたことでの羞恥心で冷静ではいられない。

どう考えても自分の方が悪いのは分かっている。

長い付き合いのせいで素直になれない私はどうしても和樹には照れ隠しをしてしまう。


「ああ、分かってる。不可抗力といえど、恋人でもない俺が見てしまって……本当にすまなかった」


和樹の言葉に胸が痛んだ。

赤の他人が聞いたらどうということない声色の和樹だが、私からしたら、今の和樹の口調が冷たく感じる。

特に”恋人でもない”というフレーズが酷く私の心に棘として突き刺さり、ズキズキと鈍い痛みを感じるので胸を強く押さえつける。


私は和樹に弁明しようと慌ててドアノブに手を掛ける。


しかし、開けることが出来なかった。どうやって言い訳すればいいか分からないからだ。

でも、和樹に誤解をされたくない。その一心で、自室のドアを開ける。


「かず……」


バタン


私が自室のドアを開けると同時に自宅の玄関が閉まる音がした。

弁明の機会を失った沙織は夢遊病者のようにふらふらと玄関へ向かい、自宅の玄関にペタンと座り込む。


「和……樹……」


和樹もお母さんもいなくなった自宅。

私には世界から一人取り残された様な感覚に陥った。


「和樹……行かないで……お願い……傍にいてよ……」


堪えられなくなった私はひとり呟く。


「……さみしいよ……和樹……」


寂しいという言葉と同時に涙が頬を伝う。


しばらくの間、玄関から動けなくなった。

どうやら、まだ熱が下がっておらず、意識が朦朧とする。

体がかなりしんどいので壁にもたれかかり目を閉じた。



☆彡



気が付くとベッドの上で眠っており外は明るくなっている。

携帯の時刻を見ると12時を過ぎたところ。


「え?全部……夢?」


私が着ているのは寝間着。

ブラにピンクのタートルネックのセーターに下はデニム地のワイドパンツ姿ではない。

いつも着ているお気に入りのフリルの付いた寝間着である。


熱もかなり下がったようで体の気だるさが無くなっている。

私は寝間着姿のまま、ゆっくりと部屋のドアを開ける。


部屋のドアを少し開けて顔を半分覗いてリビングの様子を観察する。


「あ、沙織!大丈夫?」

「澪!」


なんと、リビングにいたのは和樹ではなく、澪だった。

いつも私を見つけると飛びつく澪だが、病人の私に抱き着いたりはしなかった。


「沙織、もう大丈夫なのか?」


私は澪以外の男性の声に体が反応する。

私のお見舞いに来ていたのは澪だけでなく、よく見ると川崎君もいた。


「え?川崎君!……ごめん、こんな格好で」

「いいよ、気にしないで」


寝間着の胸のボタンが一つとれており、お腹も少し出ていたので私は慌てて自分の部屋へと戻った。


「うんうん、青春だね」


何故か澪は嬉しそうな声を上げている


「もう、変なこと言わないで」


澪の青春という言葉を聞いてちょっと嫌な気持ちになった。

だけど、そんなことは気にしない様に部屋の中で着替えをする。


ただ、不思議なことに先ほどまで夢で見ていた服が見当たらない。


仕方ないので青のセーターとロングのスカートを履いて部屋を出る。

すると、もうすでに帰り支度の澪と川崎君が玄関で靴を履いていた。


「あ、沙織。お大事にね」

「もう帰るの?」

「うん!病人相手に無理させるわけにはいかないから」

「うん……お見舞いありがとうね」


バイバイと手を振って我が家の玄関を開け出ていく澪

それに続いて川崎君も玄関を出ていく。


「お大事にね」


川崎君は優しく微笑みかけてくれた。

顔がいいだけにかなり眩しい笑顔だと思う。

……でも、付き合いたいとか好きという感情ではない。


たぶん、川崎君が告白してこなかったら自慢できる友達という感じだ。


そんなことを考えていると澪が玄関のドアを開けて突拍子もないことを言い出す。


「あんたの彼氏の芳樹が寂しがっているから体調よくなったら連絡入れてあげて」

「お、おい!澪!」


言いたいことだけ言って澪はすぐに玄関を閉める。

大きな声が廊下に響いたのではないだろうか?


「もう……澪のバカ!……はぁ……彼氏って、あれ?」


自分の発した言葉に詰まる。

彼氏?

誰が?

芳樹って川崎君?

卒業式限定の偽の恋人じゃないの?


まだ、偽の恋人が続いている?

私はまだ熱があって夢を見ているのだろうか?

リビングへいき体温計を脇に挟む。


ピピッという音がなったので体温計を取り出したが見事なまでに平熱に戻っていた。


私はソファーに体の全体重を預けた。


すると、お母さんがリビングへと入って台所へ向かう。

通り過ぎながら私に話しかけるお母さん。


「沙織、もう大丈夫なの?」

「うん、熱も下がったよ」

「そ、そう……よ、よかったわ」


体調が良くなっている私を見てお母さんは微笑んでくれるのだが、なんだか笑顔がぎこちない。


「どうしたの、お母さん?」

「ううん、別に何でもないのよ」

「そう?変なお母さん」


どうにも体調が悪そうに見える。

もしかして、私の風邪を移してしまったのだろうか?


「お母さん、もしかして、私の風邪、移った?」

「え?大丈夫よ。お母さんは……ね。それよりも風邪が治ったなら明日学校へ取りに行くよ」


どうしてだろう……何か引っかかるような言い方をするお母さん。

取りに行くというのは多分、卒業証明書だろう。


私はそのまま部屋に戻って明日の用意をした。


ふと、携帯の日付を見るとなんと二日も経っていた。

どうやら私は卒業式の日は丸一日寝ていたようだ。

どうりで体が重いと思った。


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