第2話

何の取り柄もない本田和樹、18歳……ただいま、絶賛失恋中!

俺は両親が家に帰ってくるのを首を長くして待っていた。


「遅い!」


玄関で仁王立ちして両親の帰りを待つ。

しばらくすると、玄関の扉が開く。

俺は「おかえりなさい」と両親を迎え入れようとしたのだが……


「おかえ……り」


帰って来たのは両親ではなく、ツインテール制服姿の妹の可憐だった。


「…………なんだ、可憐か」

「なんだって、何よ。可愛い妹が帰って来たというのに」

「いや、すまん。ちょっと、叔父さんのところへ行きたくて、父さん達が返ってくるのを待っているんだ」

「ふーん」


可憐は興味なしといった感じで靴を脱いで家に上がる。


「くそ、昼には帰るって言っていたのに」

「別にもう行けばいいじゃない。なんでお父さんとか帰ってくるの待ってるの?」


気だるそうに「早く言えば」という可憐


「俺だってそうしたい……だが……父さんの車の中に俺の車のカギが入っているんだ」

「なんで?」

「……母さんが持ってる」

「……?……あっ、なるほど」


先日、親の車の燃料がないので入れるのも面倒だと俺の車を使った母さん。

鍵をそのまま持って父さんの買い物に付いていったのだ。


ちなみに妹の可憐がすぐになるほどと納得したのは母さんと一緒に出掛けていて……共犯者だから。

だが、妹の可憐は詫びる気などない。


「お兄ちゃん、スペアは?」


俺は痛いところを突かれて口ごもる。


「……失くした」


妹の質問に仁王立ちしたまま答える。

俺の答えにため息をついてから悪態をつく我が妹。


「もうお兄ちゃんもお兄ちゃんだね」

「そんなこと言うな、妹よ!」

「どうせ、部屋のどこかに入れて分からなくなっているんじゃないの?」

「探したよ……でも、ないんだって」


本当に困っている俺はちょっと余裕がなく、大きな声で答えてしまう。

そんな俺を見て妹の可憐は顎に手を当てポーズを決める。


「なら、あたしが探しだしてあげましょう!」

「マジか、頼む」


こうして、二人で車のカギを探すことになった。

ってか、父さんたちが帰ってきたらそれでいいのだけど……出来れば早く出かけたい。


「ふふん、この名探偵可憐ちゃんにお任せあれ」


自信満々な可憐

ポーズを決めるその姿は先日の夕方に再放送していたテレビの影響だろう。


「なんか、怪しいな」

「え?………………そんなことないよ」


俺から視線を逸らし、目が泳ぐ可憐


俺たちは兄妹だ。

兄は妹のことなら何でも分かってしまう。


どこにあるか分かっているのか?いや、あの顔は分かっていない……チラチラとこっちを見ている……ということは……小遣いか?


「…………いくらだ?」

「…………え?いいの?」

「見つけれたらな」

「やった!」


まあ、いつ帰ってくるか分からない両親を待つよりもお小遣いハンターに協力仰いだ俺。そして、車のカギを探すと申し出た可憐を部屋に招き入れる。


すると、可憐は勢いよく俺の部屋を物色する。


「ここ!いや、こっち!こっちかも!」


棚や引き出しをそこら中、開け始める可憐

妹よ、開けたら……閉めろ!


「おいおい、散らかすなよ」

「あっ、あった!」

「マジ?」


机の引き出しの奥から取り出し、天井に向かって高らかに持ち上げ見せつける妹。


「って、それ、違う」


妹の可憐が見つけたのは車のカギではなく、古くて黄ばんでいるA4用紙キャンパスノートの切れ端だった。

そこには幼い字で大きく「コインとどけ」と書かれており、名前の欄には「かずき、かれん」と書かれていた。


「いやー、お兄ちゃん……まだ持っていたんだ?」

「別にいいだろ」

「もうお兄ちゃんったら、あたしと結婚したいの?」

「どうやって、兄妹で結婚するんだよ」


ニシシと笑う可憐。

すぐに俺からコインとどけに視線を移す。可憐は黄ばんだ紙を潤んだ瞳で懐かしそうに見ている。


「にしても、"婚姻届け"が"コインとどけ"か……あたし、ずっと間違えていたんだよね」


ちなみに俺も「婚姻」を「コイン」として認識していたな。


「それよりも車のカギを探そうぜ」

「もう……ぷぅ、こんなにも面白いものが出てきたのに」

「いいから、それは元あった場所に置いておいて」

「つまんないの」


俺が素早く可憐の手から”コインとどけ”を奪い取り元あった場所に戻す。

「ちぇ」っと言いながら口を尖らせて残念そうにする可憐


「よし、それじゃあ、探すぞ」


俺は可憐に号令を掛けてスペアキーを探し始めた。


「あ、そうそう、あったよ」

「え?」


可憐は指で俺の車のカギを指でつまみ目の高さに持ち上げる。


「良かったね」

「ってか、どこにあった?」

「コインとどけの下」


可憐が指さすのはコインとどけがあった机の引き出し。

そういえば、以前に俺もこれを見つけて懐かしいなと思いながら……鍵をその下へ……ふぅ、思い出してしまった。


それと…………もう一枚の”コインとどけ”の存在も思い出してしまった。


「はぁ」


テンションが下がる俺の目の前に伸びる手。


「はい、まいど♪」


それは我が妹の可憐の手で彼女は太陽のように眩しい笑顔になっている。

妹の可憐とは正反対に俺は暗〜い顔で可憐の手を指さす。


「なんだ、この手は?」


妹の手をまじまじと見つめて質問した。


「ひどい、お兄ちゃん、超絶可愛い妹の手だよ」

「ああ、そうだな」


俺は可憐から鍵を受け取り適当に相槌を打つ。


「ふふん、認めたね!」

「ああ、認めるさ。可憐は超絶可愛い。お兄ちゃんは可憐のことが大好きだ」

「そんな、お兄ちゃんがやっとあたしの魅力に気が付いて可愛いって……ってなんか、誤魔化そうとしていない?」


このまま俺は立ち去ろう体の向きを玄関へとむけるのだが、妹の可憐は俺を逃がしてくれない。

俺の背後から肩を鷲掴みにする妹の可憐……意外と力入れてるな。


「ちっ」


逃げられないと思った俺はついつい舌打ちをしてしまう。


「あっ、舌打ちした。もう、絶対に逃がさない!」


獲物に食らいつくかのような勢いで俺の腕にしがみついてくる妹の可憐。

とても柔らかいFカップが俺の腕を包み込む。

観念した俺は妹の要求を聞く。


「はいはい、分かったよ。いくらだ?」

「お兄ちゃん、あたしこれ食べたい」


俺の腕にしがみついたまま、可憐はササっと検索をしてネットの記事を見せる。

それはバケツサイズの大きな容器に入った、ジャンボサイズのパフェだった。


「え?…………それだけ?」

「それだけって、かなりでかいよ!しかも、パフェで5980円だよ!」

「まあ、確かにパフェに5980円は高いな」

「でしょ?でも、食べてみたいよね、ね、ね、ね!!!」


俺の鼻と可憐の鼻がくっつくほどグイグイくる可憐。

俺としては問題ない。どちらかというと予想より安い金額で拍子抜けしてしまっていた。

正直、ブランド物を強請られると思ったが……よかったぁ。


「わかった、今度連れて行くよ」

「ヤッター」


(俺が金出すので実質タダの妹)パフェの無料券をゲットした可憐は嬉しそうに自分の部屋に入っていく。


「叔父さんとの用事が終わったら、行こう!絶対に約束だよ、忘れないでね」

「ああ、大丈夫だ」


扉を閉める前に再度、確認する妹の可憐。

そんなにあのパフェが食べたかったのか?


可憐が俺の部屋から出ていくと電話が鳴った。

着信画面には「本田 竜二」と表示されている。


「え?叔父さん?なんだろう?…………はい、もしもし」


電話の相手は叔父さんだった。

何も考えることなく電話に出る。


『あー和樹、すまんが今日来るのはやめて、来週にしてくれ」

「どうしてですか?」

『ちょっと、佳代のヤツが入院するんだ』


佳代さんは叔父さんの奥さん。

俺から見たら叔母さんに当たる人だ。


「って、佳代さん妊娠していると父さんから聞いてましたが大丈夫なんですか?」

『ああ、大したことはない。一応の検査入院だ』

「そうですかぁ」

『それで、今後のことだがーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


この後、詳細な打ち合わせをして俺は電話を切った。


「お兄ちゃん、行かないの?」


壁にもたれかかっている俺の足元から妹の声が聞こえる。

視線を落とすといつの間にかしゃがみ込んで俺の電話の内容を聞いていたようだ。

ポリポリと良い音がする。


「ああ、佳代さんの体調が悪いらしい」


俺は妹の可憐のポッチーを一本頂いて口に入れる。

もちろん俺はチョコレート部分を先に食べる。


「あ、あたしのポッチーが!……って、佳代さん大丈夫なの?」

「検査入院と言っていたな」

「そうなんだ……無事だといいね」

「そうだな」


兄妹揃ってポッチーをポリポリ廊下で食べる。

一本目が食べ終わった俺は二本目に手を伸ばすが可憐が俺からポッチーを遠ざける。


「で、お兄ちゃん」

「ん?」

「明日、パフェ行こ」


まあ、予定がキャンセルになったもんな、早めに消化試合は済ませておこう。


「……仕方ない」

「イェーイ」


陽気でパリピな声を上げる可憐はポッチーの箱を俺の目の前に差し出す。

俺はやっと二本目のポッチーにありつけたのだった。



☆彡



翌日、俺と妹の可憐は店内で飲食も出来るケーキ屋へ向かうことにした。

俺はマンションの駐車場で待機。

男の用意なんて金と携帯、持っていけばそれでよし!


「遅い……」


先に車で待っていてと言われて既に30分は経つ。

俺はハンドルに顔を押しつぶして用意に時間が掛かっている妹の可憐を待つ。


「ん?女子大学生?あんなに綺麗な人、このマンションにいたか?」


俺はその女子大生に視線が釘付けになってしまう。

コートを手に持っており、胸元から肩にかけて大きく開いた服は体のラインがしっかりと把握できる。


「やば、目が合った」


俺は女性と目が合ってしまい慌てて携帯の画面に視線を移す。


女性はハイヒールを履いているのか歩くたびにコンクリートを打つ甲高い音が聞こえる。

あれ?こっち来てない?


俺は再度、女子大生の姿を探した。

すると、俺の車の助手席側に立ち、車のドアを開ける。


そして、無言で俺の車の助手席に座った。


「え?あ、あの……」


俺は冷静に状況を整理できずに困惑する。

こんな色っぽい女性を俺は知らない。


「ん?どうしたの、お兄ちゃん?」


その女子大生の正体は声を聴いてすぐに分かった。


「可憐……なのか?」

「もう、お兄ちゃん……妹をそんな目で見つめて……ケ・ダ・モ・ノ」


両手で頬を隠して照れる演技をする妹の可憐。

俺は自分があまりにも間抜けであったため、顔から火を噴き出しそうになっていた。


「違う、その……女子大生……じゃなくて」

「え?あたしのこと、女子大生って思ったの?ウケル!」


なんとか取り繕おうと試みるも失敗に終わる。

俺はもう、どうしようもないので開き直る。


「ほら、いくぞ」

「ワーイ、パフェェェ!」


見た目は女子大生だが話をすると妹の可憐なんだよな……ほんと、何なの、この外と内のギャップ……。

化粧と服装でここまで変身してしまうのか……女って怖い。


「それにしても、その恰好は何なんだ???」


俺は運転しながら可憐に話しかける。


「オープンショルダーのゆるめのニットにプリーツワイドパンツを合わせたゆるカワお兄ちゃん専用コーデにしてみました!どうよ、可愛い?」


大きく開いて肩まで見える服装で胸元を強調する可憐。

俺はハンドルを握り前だけを見ることに専念する。


「ああ、可愛いよ!…………って、そんな意味で聞いてない!なんで、そんな服を持っているんだ?」


すると意外な答えが返ってくる。


「えっ、これお母さんの奴だよ」

「母さんが……これを……?」

「うん、なんでもお父さんとデートするときはこの服着るんだって」


母さん、こんな大胆な服着ているの?まあ、確かに母さんは年齢を感じさせない肌艶ではあるが……うん、想像するのはやめよう。


「それにしても、よく母さんが貸してくれたな」

「もちろん、内緒だよ」

「おい」


妹の可憐のカミングアウトにツッコミを入れる。

その後、しばらく走っていると可憐が話しかけてきた。


「あ、そうそう。何でお母さん服借りて来たかなんだけど」

「?」

「お兄ちゃんのためだよ」

「ぶふー」


指先だけ合わせて可愛いポーズを決める可憐。


「もう、汚い」


噴き出してしまった俺を邪険に扱う妹


「いや、汚いって……そんなお兄ちゃんにアピールしたい妹の方がどうなの?」

「え?お兄ちゃんに?アピール?なんで?」

「え、その恰好は俺にアピールしているんだろ?」

「アハハハ、あり得ない。天地がひっくり返ってもナイナイ」


爆笑する可憐は腹を抱えて手首を左右に振る。


「それじゃあ、何のためだ?」

「うん、えっと……今からお兄ちゃんとあたしは兄妹ではなくて恋人!カップルになります」

「は?可憐、熱でもあるの?」


何やら突拍子もないことを言い始める我が妹……。


「熱はないよ。これには訳があるのです。ふふん♪」


車の助手席で腕と足を組みイスにもたれかかる可憐。


「で?何が悲しくて俺は妹とカップルになるんだ?」


前を向いたまま自慢げな妹の可憐に問う。


「実はですね……これから行くお店でカップル割をしているのです!お安くなるのです!」

「へぇ、そんなのやってるんだ。で、いくらぐらい安くなるの?」

「え、3%だよ」


シレっと妹の可憐は答える。

が、嘘をついてまでカップルになるほど得があるのかと言われると微妙だった。


「……お前は3%のためにお兄ちゃんとカップルになるのか?」

「当たり前です。たかが3%、されど3%だよ、お兄ちゃん!」


俺は妹の可憐が成長してしっかり者になっていると喜び目頭が熱くなる。


「そうか……そうだったのか!しっかり者に育ったな、可憐」

「うん、お兄ちゃんのために、あたしは成長しているの!」


そうだな、うん。しっかり成長しているよ。特に身長や胸なんか本当に良く育っているよ。

お兄ちゃんは眩しすぎて直視できない。


…………だが、俺は騙されないぞ!


「で?」

「で?って、何お兄ちゃん?」


少しばかりだが声が震える妹の可憐。


「本当は?」

「もう、お兄ちゃん、あたしはお兄ちゃんとカップルになりたいの」

「そうかそうか、お兄ちゃんは嬉しいぞ……で?」

「………………」


俺は妹の可憐を責め立てる。

次第に会話がなくなり、少しばかり沈黙の後、可憐は白状した。


「……本当はその……カップルで来店してくれた人に今話題のインフルエンサー「HIMEKA」デザインキーホルダーを配っているの!」

「なるほど、理解したよ」


俺は妹の本音が聞けたことで納得する。


「お兄ちゃん、お願いします」


両手を合わせて俺を拝む妹に俺は笑顔を返す。


「わかったよ。ってか途中でボロだすなよ」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん!」

「なあ、そのお兄ちゃんもどうなんだ?」

「あ、そうか……オホン、大丈夫だよ、和樹」


なんだろう、妹に名前で呼ばれるって変な感じだな。

今までお兄ちゃんって言われていたからなんか距離が遠く感じる。


「恋人ねぇ……愛してるぜ、可憐」

「…………う、うん」


その後、何故か黙ってしまう妹の可憐。

まあ、会話が無いならいいやと俺は車の音楽の音量を少しばかり上げてそのまま、車を走らせた。



☆彡



目的地の佇まいは一見、普通のケーキ店なのだが、内装はかなり凝っておりオシャレな店内に驚く。

ついでに場違い感が半端ない。


入り口カウンター奥にかなりの広さの飲食が出来るスペースが確保されている。

そこは右見ても左見てもカップルまみれだった。

まあ、一応、俺達もカップルだからな……ちょっと後ろめたい気持ちがあるけど……。

妹の可憐はカップルを演出するためだろう、俺の腕にしがみついている。


ああ、これが妹の可憐じゃなかったらと思わずにはいられない……柔らかい感触に俺はため息をつく。


「いらっしゃいませ」


女性の店員さんに案内されたテーブルへ。

俺と妹の可憐は向かい合わせで席についてメニュー表に目を通す。


可憐はキョロキョロと周りを見まわたしていた。


「ねえ、おに……おほん、和樹、あのネットのパフェって……あれ?」


視線の先には本当にバケツサイズのパフェが机の上にドドーンと置かれている。

この丸みのあるオシャレなテーブルの上の面積の大半を占めるバケツパフェ


「おに……和樹、あたし……あれ、無理」

「まあ、あれはたしかに……4980円でも安いぐらい量があるな」

「あたしこっちのショコラティエ・スペシャル・パフェがいい、和樹はコーヒー?」

「ブラックで」

「んじゃ、注文するね……すみません」


可憐が手を上げてウエイターを呼ぶ。

その時に気が付いたのだが、周りの男どもがこっちを見ている。


「お待たせ致しました。ご注文はいかがなさいましょうか?」

「えっと……」


妹の可憐とウエイターが注文のやり取りをしているのだが、俺は周りの男どもの視線が気になって仕方ない。


俺は正直、腹が立って仕方なかった。


ん?腹が立っている?怒っている……なんでだ?

え……俺、嫉妬している?

そんな馬鹿な……可憐は妹だぞ……


いや、これは……あれだ。


男どもは可憐のことを見ているのは分かる……だが……お前らカップルで来ているんだろうが!

目の前の彼女に集中しろよ!


そんな浮ついた男に妹を嫁には絶対にやれん!!!


「和樹、どうしたの?」

「いや、俺は半端な男は許しませんよ」

「え?何言ってんの?」

「まあ、気にするな」

「変なの」


無邪気に笑う可憐

先ほどまで携帯に向け落としていた視線をこちらに向けてくれる。

なんだろうな……たまにはこういうものいいな。



しばらくすると、先ほどオーダーを取ってくれた女性店員が注文したものを持ってきてくれる。


「お待たせしました。ショコラティエ・スペシャル・パフェとホットコーヒーです」


俺の目の前にはホットコーヒーが置かれて可憐の目の前にはグラスの中で層を作っている生クリームとフルーツたっぷりのパフェが置かれる。


「うわぁ!」


目の前に置かれたパフェに可憐は感動しているのだろう。

目線の位置を変えて色々な角度からパフェを楽しむ。


嬉しそうにする可憐を見て、俺も頬が緩んでいた。


「可愛い彼女さんですね」


俺の傍で女性店員さんが声を掛けてくれるが表情が読まれたようで少し気恥ずかしい。


「ええ、まあ」


曖昧な返事で一応返す。

まあ、可愛いと言われて俺は少し違う意味で見てしまうが……まあ、弁明するわけにはいくまい。


「えっと、カップルでよろしいんですよね?」

「え?……あっ、そうです。その、最近付き合い始めたばかりで」

「まあ、そうなんですね」


女性店員さんは手を合わせ嬉しそうにほほ笑んでくれる。

ただ、俺としては非常に複雑な心境であった。


なんというか、全く赤の他人である店員さんを騙しているようで罪悪感が芽生える。


「あ、そうだ。カップルだと限定の品が貰えるんでしたっけ?」


俺は話題を変える。可憐のお目当てであるキーホルダーについて女性店員さんに聞いてみる。

しかし、意外な回答が返ってきてしまい……


「すみません、本日の分は先ほど来られたあちらのお客さんで最後だったんです」

「そうなんですね」


女性店員さんがあちらと指し示す先にはお揃いのキーホルダーを見つめる女性と男性がいた。


「本当に申し訳ございません」


頭を下げて謝る女性店員さん。

俺はすぐに女性店員さんに視線を戻して返事する。


「いえ、仕方ないですよ」


可憐はパフェを食べながら俺を励ます。


「残念、仕方ないね、和樹」


って、お前が欲しかったんだろうが!


「おまえ、いいのか?」

「いいよ。あたし……このショコラティエ・スペシャル・パフェで満足している。めっちゃ美味しい!毎日食べたい!」


そうかそうか、それは良かった。

でも、3300円もするパフェを毎日食べると……確実に太るだろうな!


「あ、でもカップル割引きはさせて頂きますので写真を撮りますね」

「え?写真?」

「はい、あそこのボードに張り出す写真です」


あそこですと女性店員が示す先にはコルクボードに沢山の写真が飾られていた。

え?張り出されるの?恥ずかしくない?


「では、あーんをお願いします」

「「え?」」


女性店員さんの要求に驚く俺と可憐。


「えっと、あたしの分のパフェを和樹にあげないといけないの?」


お前の心配事はそっちかよ!

パフェの一口ぐらい俺に出せ。


「ほら」


可憐の意地汚さに俺は羞恥心など吹き飛び、どちらかというと揶揄いたくなった。


「もう、仕方ない」


女性店員さんはカメラを構え、俺は口を開けている。

流石の可憐もそんな状態でパフェを差し出さないという選択肢を取ることは出来ないだろう。


「では、撮りますね」


カメラを構える女性店員。

口を開く俺。

パフェのクリームのみをスプーンで掬って差し出す可憐。


こうして撮影された一枚の写真はとあるケーキ店のコルクボードに貼られた。



☆彡



「ありがとうございました」


会計を済ませて店から出ていくとレジ対応してくれた店員さんの元気のよい声に見送られる。


「いやー、美味しかった!」


駐車場に止めている車へと移動する。

妹の可憐はとてもご満悦な様子。


「ちょっと待ってろ」


俺は車の運転手に乗る前に車のトランクを開ける。

そこには一般規格の120段ボールが一箱置かれている。

それを開けて中をゴソゴソとかき回す。


「ねえ、何を探しているの?手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。車に乗っておいて」


俺は可憐を車に乗せ、一人段ボールの底を再度、探す。


「ねえ、まだ?」

「少しぐらい待てって……よし、あったあった」


俺は段ボールの中からお目当てのものを探し出せたのですぐに車に乗り込んだ。

そして、隣に座る可憐にあるものを手渡した。


「ほら、これ」

「ちょっ!……これ……どうしたの?」


俺が手渡したのは本日、可憐が欲しいと言っていたキーホルダー。


「以前、叔父さんの仕事を手伝ったときにもらったんだ」


それを聞いた可憐は助手席から中央コンソール以上、運転席側のアームレストすら超えて身を乗り出してくる。


「え?もしかして……人気が出る前のHIMEKAに会ったことあるとか?」


あまりの勢いに俺は身をよじって体をドアに寄せる。


「なんでわかるんだ?」

「だって、これHIMEKAの初期のデザインで……1年前には今のデザインに変更されたヤツなんだけど」


少々、早口でキーホルダーの説明が入る。


「良く知っているな」

「うん、あたしの友達でめっちゃ詳しい人に教えてもらった」


友達ねぇ……まあ、そういうことにしておくか。

にしても、花音はやっぱすごいなと正直に感心する。

ちなみにHIMEKAの本名は姫宮花音という。


「へぇ」

「にしても、なんで最初に教えてくれなかったの?」


まだまだ、興奮冷めやらぬ様子の可憐

かなり身を乗り出しているのだが、そこからもう一段身を乗り出してくる


「いや、最近、デザインが変更されたからそっちのキーホルダーかと思っていたんだが…………店で見たやつは初期のデザインだったから、こいつを思い出したんだよ」

「そうなんだ」


俺の説明に納得したのか可憐は乗り出した体を元に戻す。

そして、俺が渡したキーホルダーに目を向ける。

その瞳はとても輝いていた。


本当にうれしそうな可憐を確認した後、俺は車のエンジンを吹かして帰路につく。



その翌日、俺はオールで仕事をしていたので昼まで寝ていた。

不規則な生活であるが、睡眠不足になるのは避けよう。

時計の針が12時を指しているが俺はまだ惰眠をむさぼることを継続する。


「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁん」


ベッドで寝ている俺の腹に漬物石を10メートルの高さから落とした!

と、思うぐらいの衝撃に一瞬だが息が止まる。


「お兄ちゃん!」


再度、漬物石が甲高い声を発する。


「どうしたんだ、可憐?」


俺は漬物石を可憐と名付けた。


「合格……合格したよ」


合格?…………可憐が合格?高校受験…………合格!マジか!!!

寝ぼけていたので思考と感情が動くのに時間が掛かった。


「よかったな、可憐!」

「うん、うん!」

「お祝いしなきゃな」

「また、パフェ食べたい!」

「おう、いいぜ」

「ヤッター」


可憐は高校受験の合格発表に浮かれていた。

俺も可憐の合格には心底喜んでおり、抱き着いてくる可憐の頭をゆっくりと撫でまわす。


それと同時に沙織の合否も気になってしまう。

俺はいつ合格発表があるのかすら知らない。


もしかしたら、もう合格発表が終わっておりイケメン高身長の全国模試1位と恋人になっているのかもしれない。

そう考えるだけで、胸が痛み息苦しくなる。


その痛みを和らいでくれているのが可憐であることに、俺は感謝するしかなかった。

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