かな

「ねえ、どうすればよかったと思う?」


 涙が流れ切った後、私は鼻声で問いかけた。

 でもまこちゃんは何も言ってくれなかった。私が自分で答えを出すのを待っているみたいに。


 だから私は考えてみた。


 君島さくらは、今まで出会った人間の中でも、一番と言っていいくらい善良で幸福な人間だ。私のことを理解しようとしてくれたとも思う。私は彼女に失望しなかった。私が百パーセント悪いって知っているから。


 次会ったとき、なんて言えば許されるんだろう。

 私には、わかるはずもなかった。


「それなら、私に訊く代わりに、君島さくらに相談すればいい」


 まこちゃんの声が聞こえた。


「相談?」

「そう。かなちゃんには私がいたけど、他の人にはいない。そういう人は、別の誰かに相談する」


 相談か。その発想はなかった。まこちゃん以外の誰かに、自分のことを話して理解してもらえる可能性について、検討したことがなかったのだ。


「わかってもらえると思う?」

「少なくとも、君島さくらは理解しようとしてくれるでしょ? でも、わかってもらうためには、相手の想像力に任せすぎず、歩み寄る努力が必要」


 自覚はある。私は、みんなまこちゃんと私みたいに、思考を共有していると勘違いしてしまう。それで、自分の考えたことの続きから話し始めてしまって、よく相手を混乱させた。今回もそう。君島さくらに、まこちゃんの説明を怠った。そのせいで彼女が傷ついている。


「……わかった。努力する」

「かなちゃんならできるよ」


 まこちゃんは私を優しく励ました。その言葉に励まされた。そしてふと、これが幻聴なんだとしたら、私は自分で自分を励ましているってことになって、それはちょっと痛い人間かもしれない、と急に可笑しく思えてきた。やっぱりそんなことはあるわけがない。


「ねえ、まこちゃんって、本当にいるよね」


 沈黙。まこちゃんが言葉を考えているのがわかる。

 数秒経って、穏やかな声がした。


「かなちゃんが、そう思う限りは」

「それって、どういう意味……」


 まこちゃんは、答えてくれなかった。ただ、ふふっと切なく笑っただけ。 

 何かもっときちんと話すべきだとは思ったけれど、重い睡魔のせいで瞼が自然に閉じてしまう。私は、現実から逃げるようにして、いつの間にか眠っていた。


          *          *


 昨日、適当に閉めた遮光カーテンの隙間から漏れる光で目が覚めた。下の方を少しめくって外を確認すると、東の空が白んでいる。


 それを見る私の心はとても穏やかだった。いつも心の底にあるじっとりとした不安が消えている。頭の中が整理されていて、感覚が研ぎ澄まされている感じだ。窓から、朝の冷気を感じる。


 カーテンを閉め、部屋に目を向けた。見慣れたいつもの風景。机の上も昨日の夜ゲームした時のまま。


「まこちゃん?」


 そっと呼びかけてみるけれど返事はない。まこちゃんが消えた。どこにもいない。それで逆に私は、今までのまこちゃんが私の妄想なんかではなく、本当に私の中に住んでいたことを確信した。まこちゃんについて説明したすべての人に「それは私の幻聴だ」と否定され続けていたけれど、まこちゃんについてだけは、私のほうが正しかった。まこちゃんがいなくなった後の心は、すかすかで肌寒い。


「まこちゃん」


 私は、しばらく静かに泣いた。まこちゃんが消えたことは、私にしかわからない。私だけが悲しい。


 カーテンの間から漏れる光が強く、明るくなる。朝が来た。

 私は、そっとカーテンを開け、朝日を浴びた。それから、パジャマを脱いで制服に着替える。リボンを綺麗な蝶々むすびにするのに少々手こずったけれど、いい感じに、ちゃんと着られたと思う。


 鏡で自分の姿をチェックしていると、耳元でピアスが煌めいた。まこちゃんと一緒に開けたピアス。でも、学校に行くときは外した方がいいと言っていたっけ。長めのチェーンの先に小さな雫がついている銀色のそれを優しくつまみ、ピンクの花模様の丸い缶に仕舞う。もともとは金平糖が入っていた缶で、今でもなんとなく甘い匂いがする気がする。


 缶のふたをそっと閉め、鏡の自分を見つめる。まこちゃんには、いろんなことを言われた。話すときは伝える努力をしろとか、困ったときは誰かに相談しろとか。



 君島さくらと話をしよう。昨日のことは謝って、まこちゃんのことも話してみよう。うまく言えるかはわからないけれど、彼女はちゃんと話を聞いてくれる。


 涙が乾いた頬がくすぐったい。でも、「早く顔を洗っておいで」というまこちゃんの声はもうしない。


 私の心は、私だけのものになってしまった。

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まことかな 左倉 @sakurakari

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