第5話 手合わせ
……は?
え、私達って、四星のってことだよね。
なんで?
「ふふ、驚き、困惑してる。顔がそう言ってる」
ニヤニヤしてるよ、キチョウさんが。
遊ばれてるよ……
「いや、だって、急に言われても困りますし……だいたい、なんで僕なんですか?」
「おや、嫌かい?」
「そういうわけじゃなくて、とてもありがたいんですけど、僕には学がないし、四星の方達には迷惑なんじゃないかと思って……」
「その四星である私が言ってるんだから、大丈夫大丈夫」
「でも……」
いいのだろうか、僕なんかが。
「ああ、それと、教えるのは四星本人じゃなくて、その部下たちなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。もしかしたら、四星に手解きしてもらえることもあるかもしれないけど……基本的には部下たちだよ」
「それでも、邪魔じゃないですか? みなさん、本業は狩人なんですよね」
「それは気にしなくていいよ。一人、若手の育成に熱心な子がいてね、それの部下たちもその傾向にあるんだよ。だから歓迎されると思う。それに、四星とその部下が出向かないといけないほどの鬼が現れることなんて、滅多にないからね」
「そうですか……」
「ギョウコウちゃんみたいに魔法の才能がありそうな子は、特に喜ばれると思うし。まだ若いんだから、色々学べばいいさ」
「なるほど……」
そう言われると、行ってみたいかもしれない。キチョウさん曰く、僕には魔法の才能があるらしいし。
でも、そしたらキウソはどうなるんだろう。キウソは身体が弱いから狩人になるのは無理そうだし……
「そうそう、君のお兄さんも誘おうと思っているんだよ。中央にいる狩人はね、鬼を討伐、捕獲するだけじゃないんだ。捕獲した鬼を使って鬼についての研究を行っていたりする。腕のいい医者もいるから、もしかしたら病気が治るかもしれないし」
おお、気になっていたことを的確に……
「そうですね、キウソが行くって言うなら僕も行きます。もし残りたいって言ったら、僕も残ることにします」
「そっか。じゃあ聞いてみよう」
「はい」
「カイロウ、お兄さんはまだ寝ている?」
「はい、キチョウ様」
「そう。じゃあ、待とうか。カイロウ、私たちは外にいるから、お兄さんが目を覚ましたら教えてくれ」
「承知しました」
カイロウは頭を下げて返事をした。
そうか、カイロウがこんなふうにキチョウさんを敬っているのは、四星だったからなのか。それなら、当然のことだね。
「さて、ギョウコウちゃん。外行こうか」
「え、僕もですか」
「そうだよ。ソウカが、一回手合わせしてみたいって」
「ええ⁉︎」
「ちょ、キチョウ様!」
僕とソウカさんが同時に声を上げた。どうやら、ソウカさんも初耳だったらしい。
「ん? ソウカ、最近暴れていなかったでしょ? ちょうどいいじゃない」
「いや、ですが、ギョウコウ殿は武術を習得しているわけでも、魔法を正しく扱えるわけでもないのです。故に、手加減をしたとしても、我が相手になるのはいささか危険では……」
「だけど、私がやるわけにもいけないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「じゃあソウカ、お願いね」
「しかし、我は真剣しか持っておりませぬ」
「カイロウ、木刀あるよね?」
「もちろんでございます」
カイロウは、どこから持ってきたのか、木刀を二本持っていた。
……いや、あのさ、僕も意見を言いたいんだけど。
「ほら、木刀あるんだし、打ち合っちゃってよ」
「そんな簡単に……まあ、いいでしょう」
「いや、ちょっと待って⁉︎」
耐えかねて、会話に割り込んでしまった。止めるならこれが最後だと、勘がそう告げたのだ。
「どうかした?」
「どうかした? じゃないですよ! ソウカさんは四星級なんでしょう? 僕死んじゃいますよ!」
「大丈夫だよ、死なないから」
「いやいや、死なないとしても、大怪我しちゃうかも。しかも、暴れるってなんですか、めっちゃ怖いんですけど……」
「あーそれね」
「ギョウコウ殿、暴れると言えば聞こえは悪いが、ただ単に最近剣を振るっていなかっただけのこと。手加減をするから、遠慮せずに相手してくれ」
そうソウカさんは言うと、僕の耳元に顔を近づけ、小声で言った。
「……我とて、キチョウ様には逆らいたくないのだ。今断ってしまえば、後で本気の我を相手するやもしれぬ。それに、我は貴殿の力を知っておきたいのだ。貴殿も、自分の実力は知っておきたいだろう? ぜひ、一本手合わせ願えないだろうか」
確かに、これから他の四星の方の元へ行くかもしれないし、自分の実力は把握しておいた方がいいかも……手加減してくれるらしいし、後々、本気のソウカさんと打ち合うのはごめんだし。
「わかりました。お願いします」
ソウカさんは「うむ」と言って顔を遠ざけた。その顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。思ったよりも表情豊かなんだな、とギョウコウは思った。
「お、やるんだね。じゃあ外へ行こう」
キチョウさんはカイロウから木刀を受け取って、外に出ていった。僕とソウカさんも続いて出ていく。
診療所の外は芝生が広がっている。
ギョウコウとソウカは木刀を構えて向き合っている。
ソウカさんは悠然たる態度で、余裕を見せている。対して僕は剣技など知らないので、ソウカさんの見様見真似で構えているに過ぎない。キチョウさんは診療所の入り口あたりで立って見ている。
少し緊張するけど、仕方ない。
それにしても──
ソウカさんは手加減すると言っていたけど、今目の前で構えている人物は、そうしてくれるようには見えない。
さっきの笑みはなかったんじゃないかと思うほど、その顔は冷徹無慈悲。ギョウコウを見る目は、鋭い眼光を放っている。
その様子に、思わず萎縮してしまう。
(本当に、手加減してくれるんだよね……?)
そう、改めて問いたい。だが、そういう雰囲気ではない。
ソウカさんは、既にやる気。いつ斬りかかって来るかわからない。
僕も、覚悟を決めないと。
そう思い、深呼吸をする。覚悟を決め、ソウカさんの方へ向き直る。
その数秒後、ソウカが消えた。
そしてその瞬間、ギョウコウの目の前に現れ、木刀を振り上げる。
「っ!」
(やばいっ……!)
僕は反射的に木刀を顔の前で横にし、その瞬間ソウカさんの木刀がぶつかる。木刀はカンッと音を立てた。
「うっ」
ギョウコウの腕には受け止めた振動が伝わり、思わず呻く。ソウカさんの振った刀は、ずっしりと重たい。
「ほう、これを受けるか」
ソウカさんがそう言い、後ろに飛び退いた。掛かっていた重みがなくなり、ギョウコウは安堵の息を吐いた。
「ギョウコウ殿、今のを防ぐとは、実に見事だ」
ソウカさんが笑顔で言う。
「あの、防げ無かったら、僕大怪我してたのでは……」
「それは大丈夫だ。怪我をしても、すぐに我が治癒するから」
そう、なんでもなさそうに言う。
僕の身体への心配は、二の次だったというわけ、か。治癒って、それも魔法なのだろうか? もしそういう類いのものがあったら、学んでみたいかもしれない。
そうギョウコウが考えていると──
「では、もう一度」
そう言って、すかさずソウカさんが打ち込んできた。
(いやいや、約束が違くない⁉︎)
一回だけって言ってたよね──⁉︎
そんな心の叫びを、声にする暇もなく。迫ってきた木刀を右に避ける。
(よし、腹に隙が──)
そう思い、ソウカさんの腹目掛けて突く。だが、ソウカさんは難なく回避し、突きの姿勢だったギョウコウの腹に刀をお見舞いした。
「──ぐぇっ」
腹に木刀が直撃したギョウコウは、情けない声を上げて、腹に手を添えながら座り込んだ。
そんなギョウコウに、ソウカは嬉しそうに言う。
「良い、良いぞギョウコウ殿! 気づいていないかもしれないが、今の打ち合い、一秒もなかったぞ」
……ん?
「我の速さについて来れるか少々不安であったが、そんな心配は不要だったようだ。ほれ、立ち上がるがよい」
そう言って、ギョウコウに手を差し出す。
僕はソウカさんの手を掴み、立ち上がる。立ち上がったはいいのだが、まだ腹を押さえている。
「すまぬな、しばらく痛むかもしれぬ。我の治癒魔法は痛みまでは作用しないから、治せないのだ」
ソウカさんは申し訳なさそうに言う。
(なるほど、切り傷とか、目に見える怪我じゃないと治せないってことか。それよりも、さっきの“一秒もなかった”というのが気になるんだけど……)
「やはりキチョウ様が見込んだ通りだな。これからが楽しみである」
ソウカさんは笑顔だ。
「あの、さっき一秒もなかったって言ってましたけど、僕そんなに速く動いてたんですか……?」
「うむ。カイロウ殿から身体能力が高いと聞いていたからもしかしたら、と思ったのだが、やはり、我らの見立て通りであったな」
「えっと、僕はよくわからなかったんですけど……」
「気がつかなかったのも仕方がないね。今まで、ずっと一人で狩りをしてたのでしょう?」
キチョウさんが口を挟んできた。
「はい、狩りをできたのは僕だけだったので」
「イノシシを同時に三頭も相手したんだって?」
そういえば、そんなこともあった。少し苦戦したが、怪我なく無事に持ち帰ることが出来たな。
「結構前ですけど、そうですね」
「それ、普通は無理だから」
キチョウさんは笑って言う。
「カイロウから聞いた時は驚いたよ。十五の子供がイノシシ三頭を仕留めるなんて、前代未聞だからね。身体能力が異常なのはわかってたから、それを実際に見てみたくてね。ソウカと打ち合ってもらったってわけ」
キチョウさんは言う。
「さっきの打ち合いを見て確信した。やっぱりギョウコウちゃん、私たちと一緒に来よう」
「それは、キウソの意見を聞いてからで……」
「うん。それでね、カイロウから、お兄さんが目覚めたって報告が来たんだよ」
「本当ですか⁉︎」
「うん。だから打ち合いは中断して、中に戻ろう」
そう言い、キチョウさんは中に入っていく。僕とソウカさんも、続いて中に入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます