第4話 来訪者②

 カイロウは寝ているキウソのそばで、座って何やら書類を書いている。おそらく、キウソの病状を記した手記であろう。


「カイロウさん、お客様です」

「ん、今行く」


 そう言い、立ち上がる。


「ああ、そうだ。この子は無事だ。目を覚ますかもしれないから、少しの間診ていてくれ」

「は、はい」


 カイロウは部屋を出て、先ほどの青年の方へ向かった。

 ギョウコウはカイロウが座っていた椅子へ腰掛ける。横を見ると、キウソが気持ちよさそうに寝ている。呼吸も出来ているし、大丈夫そうだ。右目に巻いてある包帯は、火傷のせいなのだろう。布団の隙間から見える腕も、包帯に巻かれている。

 ギョウコウはため息を吐く。


(キウソはもともと身体が弱かったし、本当に大丈夫かな……。僕が魔法を発動させてしまったせいで……)


 キウソは全身を使って炎を纏ったギョウコウに抱きついたのだ。普通に考えて、顔全体に火傷を負うだろう。それどころか、身体全体が火傷するはずだ。だが、火傷は顔の右目の部分だけ。布団を被っているから身体全体はわからないが、カイロウも大丈夫だと言っていたし、思ってるよりも軽傷なのかもしれない。

 どうして軽傷で済んでいるのかはわからないが……まあ、自分にできることはないし、快復することを祈るしかない、か。


 ギョウコウがそう思っていると、カイロウが部屋へ戻ってきた。


「ギョウコウ、ちょっと来てくれ」

 

 カイロウは手短に言う。なんだろう、とギョウコウは思ったが、短く返事をし、立ち上がってカイロウに着いて行った。


 カイロウは客間へ向かった。診療所なのに、客間なんてあるのか、と思ったが、あるらしい。診療所ではあるが、一応カイロウの自宅でもあるのだ。だから、ある。

 村の家々に客間なんてある家はほとんどない。それこそ、村長の家ぐらいだろう。村長はエラいから、いい家を持っているんだ。

 ギョウコウ達が住んでた家は、部屋の区切りなんかほぼなかったし、状態も良くなかった。多分、村の中で一番酷かったのではなかろうか? 

 まあこの村は貧しいし、他の家もかなり粗末なものだと思うんだけど……このカイロウさんの診療所は、かなり綺麗で村の家と比べると大きい。


 (もしかしてカイロウさんは金持ちなのか……?)


 そう思ってしまったのも仕方がないといえよう。


 それはさておき、客間に着いた。中には小さな円卓があり、二人の人物が椅子に腰掛けていた。

 一人は先ほどの金髪の青年。もう一人は、赤みがかった黒髪の少年だ。

 さっきは傘を被っていたのでわからなかったが、この少年もかなりの美形だ。


(二人揃って美人とか……)


 村の娘達が見たら、黄色い悲鳴をあげて騒ぎ出すだろう。笠を被っていたのは、それを防ぐためなのかも──と邪推した。断じて、嫉妬ではない。

 ギョウコウもよく可愛いと言われるが、違うのだ。可愛いと美しいは違うのだ。

 まず、扱いに差が出るんだよ。可愛いと、なんというか……子供扱いされてしまうのだ。


(まあ、子供なんですけども……)


 いくらギョウコウが狩りで獲物を仕留めても、村の娘達は男扱いしてくれないのだ。異性として見られてない。その扱いは人形のそれで──って、もういい。

 自分が惨めに思えてくる。

 だけど、そういうことに関しては、娘達は僕を蔑んだりしなかったな。

 なんでだろう、よくわからないな。


 そろそろ変な思考はやめて、現実に集中しよう。

 金髪さんと黒髪さんは、優雅にお茶を飲んでいた。

 金髪さんがギョウコウに気づくと、茶碗を置いて手招きした。


「おいで、こちらに座ってくださいな」


 金髪さんは空いてる席を指す。

 円卓は三人用のようで、ちょうど一人分空いている。

 カイロウは立ったままだが、どうやら金髪さんの方が立場が上らしい。カイロウは視線でギョウコウを促す。

 そういうことなら、とギョウコウは椅子に座った。

 金髪さんはニコニコしている。黒髪さんは……静かにお茶を飲んでいた。


「こんにちは、初めまして。私はキチョウです」


 金髪さんはキチョウと名乗った。


「あ、どうも。僕はギョウコウと言います……」


 そう言うと、キチョウさんは手を出した。


「ふふ。ギョウコウさん、話せて嬉しいよ。握手をしましょう」

「ああ、ええ……」


 ギョウコウは少し困惑しつつも、キチョウの手を握る。キチョウさんは満足したような表情をし、一度ギュッと握ってから手を離した。


「ほら、お前も自己紹介をしなさいな」


 キチョウは黒髪さんに言った。黒髪さんは持っていた茶碗を置く。


「ソウカという。キチョウ様の護衛のようなものだ」


 握手をする気はなさそうだ。


「うふふ、ソウカ、様呼びはやめてっていつも言ってるでしょう? それに、お前は護衛じゃなくて、私と対等な立場なんだよ? いい加減、直してほしいね」

「……我はキチョウ様に恩義がある故、常に敬意を払っていたいのだ。どうか許してほしい」


 ソウカはなんでもなさそうに言う。キチョウはむうってなってる。

 なんだこの面倒くさい主従は──と思ったのは秘密だ。


「ふっ、まあいいいさ。そんなことより、私達はあなたに確認したいことがあるんだ」


 むうってなってたキチョウさんはすぐに元に戻り、言う。ソウカさんは無言で頷いた。


「あの、なんでしょうか……」


 ギョウコウは怖かった。二人がどこから来たのかは知らないけど、身なりや態度から只者ではないのは一目瞭然。

 火事を引き起こしたのがギョウコウだと知っていて、兄弟たちが死んだのも知っていて、それで犯人であるギョウコウを捕まえに来たのではないか──と思ったのだ。

 事実ではあるが意図したものではないし、防ぎようがなかったのも事実。

 放火に、ナガルも含めて四人を殺害。

 考えなくとも分かるが、ただでは済まないだろう。

 自分が悪いとはわかっているが、せめて話は聞いてほしいと願った。

 ギョウコウはまだ十五歳。当たり前だが、死ぬのは怖い。

 ギョウコウは緊張しながら耳を傾けた。だが、キチョウが話したのは全く別のことだったのだ。


「ギョウコウちゃん、金色の矢を、見た?」


 ギョウコウちゃん呼びは気になったが、それは置いといて。

 金色の矢、だって?

 まさか、ナガルの胸に刺さってたやつ──?


「えっと、まあ、見ました……」


 あの矢のことを言っているのかはわからないが、一応見たのでそう答える。


「そう、じゃあ事実なのか……カイロウ」

「はっ」


 キチョウがカイロウを呼び、カイロウは素早く返事をした。忘れていたが、ずっと後ろに立っていたのだ。


「矢、ある?」

「はい」

「持ってきて」


 カイロウは短く返事をし、どこかへ行った。

 それにしても、カイロウはやけに従順だな。知り合いなのかな。


「あの、カイロウさんとは、どのような関係で……?」


 気になったので聞いてみた。


「ん? ああ、あいつは私の部下の一人だよ。今回の件を私に知らせてくれたのもあいつなんだ」


 なるほど、キチョウさんはカイロウの上司……って、待てよ。

 キチョウさんは明らかにカイロウよりも年下。綺麗だから若く見えるだけかもしれないが、ギョウコウと十歳差があるかどうかだ。ソウカさんなんて、ほとんど歳は同じに見える。


 どういうことだろう? それに、キチョウさん達はどこからきたんだろう。

 

「……キチョウさん達は、どこからいらしたのですか?」

「ふふ、中央だよ。只事ではなさそうだったから、私が出向いたのさ」


 その口ぶりから考えると、かなり偉い立場ってこと? 皇帝が住んでいる中央から来たって言ってるし。それに只事じゃないって、いったい僕は何をやらかしたわけ──

 それに伝達速度と移動速度がまあ速いこと。どうしてそこまで速く出来るのか、さっぱりだ。

 そう考えていると、部屋の外から足音がした。


「キチョウ様、お持ちしました」


 カイロウが戻ってきた。布で包まれた細いモノがある。おそらくはそれが金色の矢なのだろう。


「ここに広げて」


 キチョウがそう言って卓を指でコンコンと叩く。カイロウは言われた通りに机に上に布を広げた。

 案の定、それは金色の矢だった。ギョウコウは弓も使えるのだが、こんなに綺麗で豪華な矢は見たことがなかった。


「ふっ、本物だね。ギョウコウちゃん、これはあなたのお姉さんの胸に刺さってたんだよね?」

「は、はい」


 なんでそんなことまで知っているんだ、と言いたくなったが、おそらくカイロウが報告したのだろう。


「ふう、厄介なのに狙われてしまったね。ギョウコウちゃんや今眠ってるお兄さんも危ないかもしれない」

「は、はあ……」


 話が見えてこない。狙われていた? 孤児の寄せ集めだった僕たちが? それに、その矢には持ち主がいるはず。一体誰が、ナガルを射た?

 

「あの、その矢ってなんなんですか?」

「ああ、これは『朱雀』の矢だよ」

「……『朱雀』?」

「あれ、知らないか。じゃあ教えてあげよう」


 キチョウさん曰く、『朱雀』は“四神”の一人なのだそうだ。


「四神?」

「四神は、数十年前に突如現れた謎の存在で、皇帝に歯向かう存在なんだ」

「倒せないんですか?」

「うん、一人一人の強さが異次元で、皇帝直属の狩人である“四星”が相手すればどうにかなるだろうけど、倒し切れるかどうかはわからないんだよね」


 四星──聞いたことがある。

 国で最強の狩人四人のことで、倒せない鬼はいないのだとか。

 皇帝直属ということで、強さは異次元級。英雄とも呼ばれていて、ギョウコウ如きで想像できる存在ではない。庶民からすれば、仙人のような存在なのだ。


 その四星が一人では相手するのが精一杯、それが四神。


「それが四人もいるんだから、迂闊に手は出せない。だから今は放置するしかない状況。下手に四神を刺激してしまったら、街や村にどんな被害が出るのかわかったもんじゃないからね」


(そんなヤバいのに狙われてってことだよね、このまま死んじゃうの? 僕たち)


「もちろん、四神の手下の鬼共は四星や他の狩人が討伐するから今は大丈夫だけど、いずれはどうなるかわからないんだよね」

「手下って、四神は鬼を使役出来るんですか?」

「まあ、それはただの憶測なんだけどね。だけど、ほぼ確実なのさ。なんせ、四神が現れた直後に、鬼が大量発生したからね。関連付けない方が不自然なんだよ」

「なるほど……じゃあ、どうして四神は皇帝に歯向かってるのですか?」

「それが一切わからないんだよね。皇帝のものである国を汚してるから歯向かってるという認識なんだけど、真意は不明。これは四神たちに直接聞かないとわからないね」


 そうだよな……じゃないと、ナガルを殺そうとした理由にならないもの。ナガルは皇帝様とは無関係なんだし。


「四神って、『朱雀』のほかに誰がいるんですか?」

「北部の『玄武』、東部の『青龍』、西部の『白虎』。『朱雀』は南部だね」

「その四方に四神達が一人ずついるってことですよね」

「そう。四方から国の動きを警戒しているんだろうね、たぶん」


 『朱雀』は南。ギョウコウ達が今いる場所は南部だ。


(なるほど、だから『朱雀』が。もっとも、目的はわからないけど……)


「この矢は『朱雀』の武器だよ。四神の中で一番有名だね。この矢に貫かれた者は即死し、しかも放たれた矢の速さは目に見えぬほどだから避けようがない。凶悪極まりないんだ」


 キチョウは矢を手に持つ。


「この矢は『朱雀』本人しか扱えないと言われているから、これが見つかったら大変なんだよ。四星の私達でも倒せない相手が、攻撃してきたんだから」


 そりゃそうだ。そんなの、怖すぎるし──って、僕も今その状況なんだけど。

 つまり、ナガルを射たのは『朱雀』本人で、しかも即死。僕が見つけた時点では、すでに息絶えてたってことか。

 なるほど、許せない。

 貧しい村の子供を殺すなんて、許されるはずがない。


 今更ながら、ギョウコウの胸には怒りが沸々と湧いてきた。姉を殺した相手の正体を掴めた。どうにかして、その『朱雀』とやらに一泡吐かせてやりたいが……

 さて、これからどうしよう。


(私達でも倒せないってキチョウさんは言ってたし、僕は到底及ばな──)


 ん?

 ちょっと待てよ?


 ──四星の私達でも倒せない相手が、攻撃してきたんだから。


 四星の、私達?


 私達……⁉︎


 これから導かれること、そう、それは──。


「──キチョウさんは、四星……?」


 おそるおそる、キチョウさんの顔を見る。


 えっ、なんて顔をしているんだよ、ニッコニコじゃん。


「うふふ、正解」


 ニッコニコで言うキチョウさん。めっちゃ楽しそうだな。

 ソウカさんは呆れたようにため息を吐く。


(なるほど、キチョウさんの性格がわかった気がする……)


「じゃあ、ソウカさんも?」

「いや、我は四星ではない。もっとも、劣っているとは思っていないがな」


 な、なるほど。つまりは、ソウカさんも四星ほどの実力があるってことか。

 それとも、いや、無いと思うが、ただただ負けず嫌いなだけ?


(いやいや、流石に見栄を張ってるわけないし、四星と同等と豪語出来るってことはそれ相応の実力があるってことで……)


 つまり、強いってこと。以上!


「ふふ、少し驚かせちゃったかな」

「まあ少し……。でも最初から只者ではないと思ってたので、大丈夫です」

「そっか。それで、提案なんだけど」

「何でしょう」


 キチョウさんは真面目な顔つきになる。

 そして、言った。


「ギョウコウちゃん、私達の傘下に入る気はない?」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る