第2話 炎上

 ギョウコウは雀を追って、全速力で家へ戻る。

 もちろん、ナガルを背負って、だ。

 かなり急いでたから途中で躓いたりしたけど、ギョウコウなら大丈夫である。転けない。

 

 あの川岸から数分たたずで、家に着く。ギョウコウの息は上がっておらず、身体的な負担はない。

 だが──それよりも、精神的な負担が大きかった。

 なんせ、兄弟の中でも頼れる存在であったナガルが虫の息なのだから。

 いや、もう既に──

 ギョウコウにはそんなことなど考えたくなかった。まだ助かると、心から信じているのだ。


 ナガルの身体をそっと地面に置く。すると家の戸が開いて、コウヤが顔を出す。物音を聞いて出て来たのだろう。


「コウ、ヤ......今帰った」


 ギョウコウが言うと、コウヤはパアッと笑みを浮かべる。


「ギョウコウ! じゃあ、ねーちゃんも帰って来たんだね!」


 そう言うと、家の中に「ギョウコウが帰って来たっ!」と叫ぶ。

 そしてその後一番に出て来たのは、キウソだった。よほど心配だったのだろう、顔色が悪くなっていた。


「ギョウコウ......よかった、無事で。それで、ナガルは?」

 

 キウソは外に出てくる。相当具合が悪いのだろう、足元がおぼつかないようだ。


「キウソ、具合悪いんじゃない......? 身体に障るよ......」


 ギョウコウはそう声をかけるが、キウソは首を振った。


「僕のために薬草を取りに行ってもらってたわけだから、頼んだ僕にも責任があると思うんだ。で、ナガルは?」


 キウソはキョロキョロと辺りを見回す。子供達も、ナガルを探しているようだ。

 辺りが暗くなっているから見えてないのだろうが、ナガルの身体は、ギョウコウの足元にある。


「みんな、実はね、その──」

 

 ギョウコウはしゃがむ。そして、ナガルの身体を手で指した。


「実は、誰かがナガルを射たみたいで......僕は簡単な蘇生方法もわからないからどうしようも出来なくて......」


 キウソがギョウコウの側までやって来る。そして、ナガルの姿をしっかりと確認する。


「うそ......」


 キウソは泣きそうな顔になってる。当然だ。身内が死にそうなのだから──


「ねえ、にーちゃん、どういうこと? ナガルおねーちゃんは、どうして寝たままなの?」


 幼いネイヤが、そう聞いてくる。状況が理解出来ないのだろう。ネイヤよりも年上のコウヤとリンヤは状況がわかったようで、キウソと同様、いや、既に泣いていた。

 

「......家の中に運ぼう。ギョウコウ、手伝って」


 キウソが言う。こういう時、一番頼りになるのはキウソなのだ。思いがけぬ状況になったとしても、冷静に対応出来る。三歳の差とは、とてつもなく大きい。そう、ギョウコウは感じたのだった。

 

 ギョウコウはキウソと一緒に、ナガルの身体を中へ運ぶ。

 キウソの身体の調子は大丈夫なのか......そう思ったが、当の本人はそれどころではない様子。

 子供達が布団を敷き、そこにナガルを寝かす。布団と言っても、かなり薄いのでただの布と同等だ。

 ナガルが横になると、キウソが首筋に指を当てた。


「......脈はある、微かだけど。僕がお医者様を呼んでくるから、ギョウコウはナガルと子供達の面倒をお願い」

「でも、お医者様がいるところはかなり離れてるよ? 僕が行った方がいいんじゃない?」

「いや、僕の方が顔が利くから、僕が行く。ちゃんと診てあげるんだよ」


 そう言って、キウソは出て行った。

 速度的にはギョウコウがいいのは間違いない。ただ、今は日が沈んで、眠りにつく者が出てきている時間帯だ。そこをいきなり訪問されるのは、迷惑極まりない。まして、村の外れに住んでいるギョウコウ達を気にかけてくれる大人なんて極少数なのだ。ギョウコウが鹿を持って帰って来た時にねだってたおじさんも、結局は鹿に目が眩んだだけ。ギョウコウ達のことなど欠片も気にしていない。

 キウソには仲が良くて、よく世話になっている医者がいた。その医者なら、急なお願いでも対応してくれると、そう踏んだのだろう。

 ギョウコウが行くのも良いが、やはりキウソの方がいいだろう。幸い、その医者はギョウコウ達の家からそんなに遠くないので、キウソの身体的にも問題ない。少し時間がかかる程度だ。

 ギョウコウはキウソ信じることにした。

 

 それにしても......

 なぜこんな事が起こってしまったのか、未だに理解出来てない。なぜナガルが狙われたのか、ギョウコウには全くわからなかった。

 それに、あの雀の正体も気になる。白色で光っている幻想的な雀。あんなものは初めて見たわけで──。


 そうだ、雀は⁉︎


 ギョウコウはそう思い、雀を探して視線を回す。


 あ、いるじゃん......


 戸口のとこにちょこんと立っていた。相変わらず発光している。

 子供達は気付いてないか、一人もこの雀に反応しない。ずっとあそこにいたのかは分からないが、そういえばキウソも無反応だった。

 

(そんなに存在感ないかな、あの雀......)


 そう思いながら、雀の方へ行ってみる。

 正体がまるで分からないこの雀は、自分に懐いているのか、一向にここから離れる気配がない。


(うーん、それになんであの時僕の前に現れたんだ......?)


 そういう疑問もあった。ギョウコウはしゃがんで、雀に触れた。

 サラサラとした毛感触で、なんというか、すごい──

 そう雑な感想を心の中で述べたそのとき、雀が消えた。


 文字通り、消えた、のだ。


 パッと、一瞬強く光ったと思ったら、消えてしまった。


(え、えっ? 急になにが──)


 そう思った束の間。ギョウコウの身体が燃えた。

 ゴオオっと音をたてて、全身を炎が包み込んだのだ。

 ギョウコウの視界の端々に、激しく燃える炎が見える。目が痛くなるほど、明るい炎。


 だが、まるで熱さを感じない。


 気付けば、身につけている衣服も燃えてない。熱に耐えられるような代物ではないので、本当は燃えるはず。


(じゃあ、どうして──)


 ギョウコウは考えようとしたが、その前に目の前の柱が燃えているの気が付く。

 当たり前だ。自分とその服が燃えないからと言って、木造であるこの家が燃えないなどと、普通であるなら考えられない。


(しまった! 僕が余計なこと考えている間に、火がこんなに広がって──って、子供達は⁉︎)


 ギョウコウは子供達の方を見る。

 子供達は三人で固まって、ギョウコウを見ている。

 泣きそうな顔で。


「ねえどうしよう......キウソにーちゃんもいないし、何にも出来ないよぉ」

「何が起こったんだよお......」

「あつい、あついよぉ......」


 三人は泣きながらそう言う。

 そして座り込んだまま、動かない。炎からの恐怖か、家族を失う怖さか。そういうものによって動けなくなってしまったようだ。


 ギョウコウは三人を落ち着かせようと、手を伸ばした。だが、その手は炎を纏っている。


(これじゃあ、子供達に触れられない──!)


 

 家の中を火が覆っていくのが見える。

 ギョウコウには何も出来ない。子供達を助けることさえも──


 絶望だ。


 そう、ギョウコウは思った。自分以外、みんな死んで行く。子供達は、自らの手によって。

 ギョウコウは炎を纏ったまま、地面に崩れ落ちる。


 もう、ダメだ──


 ギョウコウがそう思った時、声が聞こえた。


「ギョウコウ、退いて!」


 そう言って、家に大量の水がかかった。見ると、キウソと一人の大人だ。おそらく、もう一人は医者だろう。


「キウソさん、これはもう手遅れですよ......。火が回りすぎてる」


 医者が言った。それでも、キウソはやめない。


「ダメです! 中には子供達と、ナガルがいるんだから!」


 そう言って、桶に入っている水をかける。

 家が燃えてるのを見て、急いで川から汲んで来たのだろう。

 

 「でも、水はもうなくなりますよ......」


 医者が言う。桶は全部で三つあり、二つはもうない。最後の一つはキウソが持っていた。

 この桶はかなり大きいので、二つ以上持つのは大変だ。キウソには二つなんて持てないだろうから、合計で三つしか持ってこれなかったのだろう。一つでも、かなりの重量だろうが。


「いいえ、いいえ! ダメです、諦めては!」

「待ちなさい!」


 そう言って、医者はキウソの手から桶をひったくる。珍しく、キウソにしては冷静を欠いている。そして力ずくで桶を盗られたせいで、水の半分が溢れてしまったようだ。


「あ、水が......」

「もう、ダメですよ、残念だけど......」


 医者がそう言う。

 二人はわからないのだ、ギョウコウは無事だということを。

 ギョウコウはキウソの方へ手を伸ばした。気付いてくれるかどうかわからなかったが、キウソはそれを見逃さなかった。


「ギョウコウ......? 生きてるの?」


 ギョウコウは頷く。


「水をください! あの子はまだ生きています」

「そうみたいですね。大丈夫、私がかけますよ」


 そう言って、医者はギョウコウに水をかける。

 これでようやく炎の中から脱せる......そう思ったのだが。


 炎は、消えない。


「ウソでしょ......?」

「なんでだ......」


 そう、二人が呟く。


 今更だが、ギョウコウは、声を発することを忘れていた。全ての事態が自分のせいであることに絶望していたのだ。自分が兄弟達を死なせてしまったことに、とんでもない罪悪感を抱いていたのだ。

 だが、それではダメだと、今思った。


 ギョウコウは立ち上がった。そして、言った。


「......僕を殺して!」


 ギョウコウは、この火事の元凶である自分がいなくなれば、全て収まると思ったのだ。だが、キウソが納得するはずがない。


「何を言ってるの! 待ってて、なんとかしてギョウコウの火を消すから......!」


 キウソはそう言い放つも、方法は思いつかないようだ。顔を顰めてる。

 そして、何を思ったか、ギョウコウの方へ走って来て、勢いよく抱きついた。ギョウコウは反応できず、思わず地面に倒れた。

 これにはギョウコウも医者も驚く。


「ちょっ、キウソ!」

「お前さん、何してるんだよ!」


 キウソの身体が燃える。当然だ。


「お願い......離れて......」


 ギョウコウはキウソに訴えかける。だが、キウソはどかない。


(これじゃあキウソまで......!)


 そう、ギョウコウは思った。

 だが、不思議なことに、ギョウコウを纏っていた炎は徐々に減っている。

 数分すると、完全に炎は消滅した。ギョウコウには火傷一つない。


 だが、キウソはそうもいかなかった。


 身体の前面のほとんどを、火傷しているのだ。


「あ......止まった......? よかった」


 そう言って、キウソは立ち上がる。いや、立ち上がって、すぐに倒れてしまった。


「はは、ちょっと頑張りすぎたかも......でも、キミを救えて良かった......」


 キウソは言う。


「それと、新しい髪色、とても似合っているよ。ああ、悪いけど......僕ちょっと、休、む......」


 そう言って意識が途絶えた。


「なんでよ、キウソ! 無茶すぎるよ、こんな......」


 ギョウコウが嘆くと、そばにいた医者が言った。


「いや、まだ間に合うかもしれん。すぐに診療所に連れて行くぞ。手伝ってくれるか?」


 医者は言う。ギョウコウは手で涙を拭った。


「もちろんです。あ、家の中の子達は......」


 そう言って、家を見る。いつの間にか火事は収まっていた。ギョウコウの炎が消えたと同時に、家を燃やしていた炎も消えたのだろう。


「すまないけど、あの子達はもう無理だと思うよ......」


 医者はそう言う。

 ギョウコウはそんなに落ちこまなかった。心のどこかで、もうダメだ、と思っていたのだ。


「ええ、そうでしょうね。それよりも、早くにーさんを......」

「うん、もちろんだ」


 そう言って、二人はキウソを抱えて病院の方へ歩いていった。ギョウコウは燃えてしまった家を一瞥し、そのまま進む。


(ああ、僕はなんて、無情なんだろう......。兄弟達は死んでしまったのに、涙すら出ない......)


 そう思いながら、進んだ。最後の希望である、たった一人の家族を救うために。

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