孤独な雀は涙をこぼす

@muya_3726

第1話 白い雀

 森林の中を、一人の少年が駆ける。その手には、一本の槍がある。それはまさしく、獲物を追っている姿である。少年が追っているのは、一頭の鹿。角の大きな雄鹿である。その鹿は全力で走り、自分の命を刈り取られまいと少年から逃げている。全力で走る鹿など、捕まえるのは困難。普通ならば、鹿を仕留めるのは困難だろう。だが、少年にとってそんな事は容易いことであった。

 少年の足は速く、全速力で走る鹿を逃さない。少年は鹿の真後ろに移動した。


 ──今だ!


 少年は持っていた槍を前方に投げ、鹿に命中させた。鹿はうめき声を上げ、ドスンと倒れた。

 少年は鹿に刺さっている槍を抜き、血を布で拭った。死んでいるのを確認すると、持って来ていた紐で鹿の脚を縛った。


「ふう、今日も収穫あり、と」


 少年はそう言いながら前脚、後ろ脚を縛り終える。少年は鹿を担いで、村へ戻る。


 少年の名はギョウコウ。齢十五の子供である。彼は地元では有名人だった。ギョウコウは非常に可憐な顔立ちをしており、一目見てしまえば、忘れることなど出来やしない。そして美しい黒い髪を頭の後ろで結っていて、それが風になびく様は、まるで絵の中の麗人のよう。人懐っこい性格をしているため、村中の人から好かれているのだ。

 だが、それ以上に有名である理由がある。それは、その見た目に反して異常な身体能力を有していることだ。脚は鹿と同じくらいかそれより速く、大漢顔負けの怪力。視力もよく、体幹も優れている。ギョウコウは色々な狩りをするが、獲物がなんであれ、必ず仕留めると有名だった。鹿でも猪でも、鬼でも、だ。ギョウコウは自分の村だけでなく、その外にまで名を知られている──らしい。

 まあ、ギョウコウはそんなことはどうでも良かった。自分の兄弟達が潤えば、それで良い、と。


 ギョウコウは村へ着くと、真っ直ぐに家へ向かった。村は山の麓にあるのだが、ギョウコウの家は村の中心部から離れていて、最も山に近い。自分の家へ向かうだけでも、かなり時間がかかる。鹿を担いで、のんびり歩いていた。


「おや、ギョウコウではないか。これはまた、いいモノを獲ってきたね」


 よく話しかけてくるおじさんだ。ギョウコウはニコッと笑む。


「うん、この鹿、いいでしょ? 今日のご馳走にするの」


 ギョウコウは言う。


「ほう、羨ましいのう。ワシらも食いたいものじゃ」


 おじさんはしげしげと鹿を見ている。よっぽど羨ましいのだろう、羨望の眼差しがギョウコウを突き刺す。


「──おじさん、ごめんね。これは家のみんなで分け合うって決めたの。また今度、機会があったら一緒に食べましょう?」


 ギョウコウは優しく言う。それを聞いたおじさんは、嬉しそうに笑んだ。


「ほほ、楽しみにしているからな」


 それでは、また今度──と言ってどこかへ行ってしまった。


(まったく、大人気ない......)


 そうギョウコウは思いながら、再び自分の家へ向かった。



 家に着くと、中から子供達が出てくる。十歳前後の子供が三人と、ギョウコウよりもニ三歳年上の少年が一人。ギョウコウ含めて、六人で暮らしている。兄弟と言ったが、実際は違う。全員孤児で、協力しながら暮らしているから兄弟同然なのだ。前は一人の女性が面倒を見てくれていたのだが、一年前に病気で亡くなってしなった。それ以来、自分達で自給自足の生活をしている。

 ギョウコウを見るなり、子供達は駆け寄って来る。担いでいる鹿を見て、目を輝かせている。


「ギョウコウ、それ、今日の晩飯......⁉︎」


 十一歳のリンヤが問う。


「そ。みんな、今日はご馳走だ!」


 そう言うと、子供達は「やったー!」と大喜び。


「ギョウコウ、あまり無理しなくていいのに」


 ギョウコウよりも三歳年上のキウソが言う。


「何言ってるのさ、キウソは身体が弱いんだから、ちゃんと食べないと!」

「だけど......」


 キウソは申し訳なく思っているのだ。兄弟のなかで最年長に関わらず、病弱なせいで日常の家事もままならない。役に立てないのを悔やんでいるのだ。


「だいじょーぶ! 病気がちなのは仕方ないし、キウソがいなくなっちゃったら僕らが悲しむ! 居てくれるだけでいいんだ」


 ギョウコウは笑って見せる。


「......君がそう言うのなら、仕方ないな」


 キウソは苦笑する。その会話を聞いていた子供達は「僕たちに任せてよ!」「にーちゃんは身体を大切にしないとっ」などなど、口々に言っている。頼もしいものだ。


「さ、早くこれを捌こうなー。ナガルは?」


 ギョウコウは子供達に聞く。十七歳の女の子で、料理系のことは全て彼女が主体になってやっている。獲物を捌くのも、彼女にやってもらっているのだ。


「ねーちゃんは薬草を取りに行ったぜ? もうすぐ帰って来ると思う」


 リンヤが言う。キウソのためのものだろう。


「そっか。じゃあ家の中で待とう」


 そう言って、みんなで家に入って行った。



 家といっても、雨風を防げて、寝泊まり出来る程度の大きさしかない。それに、至るところが傷んでて、もう寿命も短いかもしれない。

 子供達三人ーーリンヤ、そしてコウヤとネイヤが台所へ向かい、何やら作るようだ。

 普段はナガルと一緒に料理を作っているから安心だが、子供達だけでは心配だ。一番年下のネイヤなんて、まだ六歳の女の子なのだ。

 だが、その心配は無用だったようだ。

 昼間採って来たらしい大根やほうれん草を包丁でさくさく切っていく。三人は楽しそうに調理していた。ナガルがしっかり指導していたんだろうな。


(僕が知らぬ間に成長してるなあ)


 そう、一人で感嘆していた。



 子供達は順番に汁物が入った茶碗を盆に乗せて運んで来る。ナガルが帰って来ないから肉がないので、とりあえず腹の足し用に作ったようだ。ギョウコウ達は貧しいため卓などはなく、盆を床に置いて食事をする。

 子供達はナガルが帰ってくる前にさっさと汁物を飲み干した。お腹が空いていたのだろう。見れば、キウソも静かに飲んでいる。それを見てギョウコウも飲んだ。

 

 全員飲み終わってしばらくしたが、ナガルが帰って来る気配はない。みんな心配し始めた。キウソは特にそうで、自分のための薬草を採りに行ってしまったばかりに......と思っているのだろう。


 ギョウコウが帰って来てから、二時間が経過した。もう日が暮れ始め、辺りは暗くなって来ている。この時間になっても戻って来ないなんて、何かあったに違いない。


「僕、ナガルを探してくる」


 ギョウコウはそう言う。


「でも、ギョウコウ......! 危険だよ、暗くなって来てるし、君まで帰って来られなくなるかも......」


 キウソは不安そうに言う。それは他の子供達も同じで、「ねーちゃんはきっと大丈夫だよっ」と不安気に言う。


「大丈夫だよ。ナガルがどこで薬草を取ってきてるかは知ってるし、僕の足なら、日が完全に沈む前に帰って来られる」


 ギョウコウは自信気に言う。それでも、キウソは不安そうだ。


「もし......もしも日が沈んでしまったら、すぐに帰って来てね。夜は危ないから......」


 そう心配しつつ、行くことを許してくれた。

 キウソは身体は弱いが、知識や知恵は豊富だ。だから、色々な判断はいつもキウソに任せている。そのキウソが許可したことで、子供達も納得した。

 ギョウコウは何かあった時のために槍を持って、家を出た。


 家は山に近いところにあったが、薬草がたくさん生えている場所は山の中にある。ギョウコウは真っ直ぐその場所へ向かった。自慢の俊足で、山の中を駆けていく。木々が生い茂る中では速度は落ちるものだろうが、ギョウコウはそんなことにはならない。視力の良さと反射神経、運動神経の良さから来るものだ。

 数分間駆けた後、速度を緩めた。目的地が近いのだ。

 薬草は川沿いに生えている。その川が見えて来るなり、ギョウコウは徒歩に変えて、慎重に進んだ。なにせ、その川は急で流れが速く、切り立った岩が多いのだ。走って滑ったりなんかしたら、後でどうなるかわからない。

 慎重に川沿いを歩いていく。少しすると、対岸に見慣れた色の布が目に入る。ナガルがいつも持ち歩いてる風呂敷だ。


(ナガルのだ! よかった、きっとこの近くにいるはず)


 ギョウコウはいい感じの足場を探し、川を渡った。川の幅はそれほど広くないので、容易に渡ることが出来た。

 風呂敷を見てみると、中に薬草が入っていた。


(薬草は取り終えていたのか……じゃあ、ナガルはどこに?)


 そう思って、辺りを見てみるが、まるで見つからない。大きな声で呼びかけてもみたが、返答はなし。

 そこからしばらく探してみたが、見つかるはずもなく。日はほとんど沈み、辺りは暗くなっている。川からも、かなり離れてしまった。

 そろそろ帰らなきゃならないのに......そうギョウコウは心の中で呟いた。


 ──その時である。


 目の前の地面がポワァと光った。発光している感じだ。円のような形で、片足が収まるくらいの大きさ。

 あまりにも唐突すぎてギョウコウは驚きで固まってしまった。


(地面が光ってる......⁉︎)


 原因がわからずウロウロしていると、ギョウコウの目の前を白い物体が横切った。


(何⁉︎)


  ギョウコウはその白い物体を目で追う。思わず手を伸ばして触れようとするも、まあ無理であった。

 しかし、その伸ばした手の先に、それは着地した。

 なぜ着地という表現を使ったかというと、それは鳥だったのだ。両手で包み込めるかどうか、という大きさだ。

 よく見ると、その鳥は雀のようだ。だが、通常と違い、色は白い。部分的に薄い緑色でもある。

 こんな色の雀は見たことがなかったが、その形は雀以外の何でもなかった。あまりにも不思議なその見た目に見惚れていると、雀は手の先から離れ、前方の発光している円の方へ行く。

 その円の上をくるくる回っている雀を見て、ギョウコウは思った。


(あそこへ行けってこと......?)


 少し不気味ではあったが、迷わずにその円の方へ向かう。

 その円を踏むと、さらに新しく円が出来る。雀はそれを確認したのか、どんどん進んでいき、円を残していく。


(この雀は、僕を案内してくれているんだ……!)


 雀の正体はわからないが、ナガルがいる場所へと案内されているのだと、直感的に悟る。


 円を追っていると、先ほどの川沿いまで戻って来た。


(さっき見た時はいなかったけど、見落としてたのかな……)


 そう思い、最後に残っていた円を踏む。しかし、新しい円は出て来ない。雀は川の上でくるくるしている。


(なんで進まない? そこは川の上──)


 ギョウコウは嫌な予感がした。


 ──まさか。


 ギョウコウは川の中へ入った。恐ろしく速い流れに岩を掴まりながら耐え、雀が回っているところへ向かう。ギョウコウじゃなければ、とっくに流されていたかもしれない。

 雀のところへ辿り着く。川の中にある大きな岩と岩の間に、何かが挟まっていた。

 見えるのは、薄い桃色の、布。


 ──嘘だ。


 ギョウコウは急いでその布のところへ行く。

 その挟まっている何かは、人だった。

 綺麗な黒髪の、少女。薄い桃色の衣服に、腰に短刀を提げている。

 間違いなく、ナガルだ。


 しかも、その胸を、金色の矢が貫いている。


 ──金色の、矢。


 その矢の羽部分は赤色で塗られているようだ。だが、そんなことはどうでも良かった。

 ギョウコウはナガルを背負い、岸へ向かう。気が付かなかったが、川の流れがおかしくなっている。まるで正面から風を受けているような感じで減速していて──いや、そうであった。


 川の流れが風によって減速している。雀を見ると、なんと雀本体が発光していた。ギョウコウは根拠なしに、川の流れを変えているのはこの雀だと、結論付けた。

 

 雀が川を制御している間に、急いで岸へと上がる。全身びしょ濡れになったが、そんなことに構っている暇はない。


 ギョウコウは胸に刺さっていた金色の矢を抜き、ナガルを横にした。


「ナガル、ナガル!」


 ギョウコウは呼びかける。だが、反応はない。だが、それでもギョウコウは諦めない。


「ナガル! ねえ、お願い……起きてよぉ……」


 そう、泣きながら言う。勿論、反応はない。


 ギョウコウは蘇生の方法を知らない。ギョウコウの生活環境では、そのようなことを学ぶのは到底無理なので仕方ないことなのだ。だが、それでもギョウコウは自分の無力さを呪った。

 悔しさと、悲しさと……。

 ギョウコウは静かに泣いた。ナガルを抱き抱えて、顔を胸に埋めて──。


 辺りはすっかり暗くなっている。ギョウコウはナガルをおんぶし、手には自分の槍とナガルが集めた薬草、そしてナガルの胸を貫いていた金の矢を腰に挿した。


(まだ、希望はある)


 そう、ギョウコウは信じていた。医者であれば、まだ蘇生は間に合うのではないか、と。

 そんな希望を胸に掲げ、家へ戻る。キウソ、そして子供達を待たせていることを思い出し、急いで家に帰る。


 雀はまたも先導してくれるらしく、地面に円を出現させてくるくる回っている。ギョウコウはそれに従い、急いで家へ戻る。

 どうやって子供達に伝えよう……そう考えながら山を下って行った。


 ──これから、さらなる災難が降りかかるとも知らずに。

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