雷天神 Ⅰ

第2話 邂逅 1

  それは日本海海上に造られた新たな土地。

 神々との契約によって契約者テスターとなった者たちが集う学園――――〈天神学園〉。

 面積はおよそ北海道の半分、約四万二千平米。どの大陸にも類をみないであろう正方形の島。ある意味で歪な形をしたこの島は、かつてそのほとんどが人によって造られたというのだから、凄まじいものである

 その広さに加えて人口は約五百万人ほどで、そのうち十万人が日本列島から〈天神学園〉へスカウトされた神と契約した者――――契約者テスターと呼ばれる者たちであった。

 当然、大半が〈天神学園〉を運営するために貿易や商売をしている者たち。

 そのためと一般市民が暮らす〈天神学園〉は四つの区分で地域を分断している。

〈貿易地域〉

〈商業地域〉

〈生活地域〉

〈学園地域〉

 

 日が昇り始める直後の早朝の空気は植物が作り出す新鮮で吸い込むとよく体が動くジョギングには最適だった。人目もなく、少し薄暗いが集中できる空間でもある。


「はっ、はっ」


 軽快にそして一定にリズムを刻みながら〈学園地域〉から〈商業地域〉への距離を走る。人の気配すらもしない旧学生寮を出て、そこから本来学生たちが住む〈生活地域〉まで十キロ、目的地である〈商業地域〉の街中まで十キロ、景色が変わるのを楽しむ暇もなく一定の速度で横切って行く。すると、昔学生たちが使用していた既に取り壊しが決まっている旧訓練場でその息遣いは止まった。


「すぅ……ふぅ」


 まるで観光名所のようになっている旧訓練所と呼ばれる建物は、イタリアにあるコロッセオとほぼ同じ作りになっている。それに取り壊しが決まっているが、訓練のせいで本来のコロッセオ以上に建物は破壊されいてた。もはや観客席などあってないようなものだった。


「お、飛行機。こんな時間に珍しい」


 現在時刻は朝の四時、その空は太陽の姿はないが少しだけ明るく変化し始めている。まだ夜のような空をフライトしているのが珍しいのではなく、毎日の日課として行っている鍛錬中に飛行機が飛んでいることなど見たことがなかったため、そんな言葉を呟いた。

 少し見ているとその飛行機は空港の方へ向かって飛んでいることが分かった。

 きっとお忍びでどこぞの有名人がこの国に遊びに来たんだろう、はそんな簡単に出入り出来る場所ではない。


「もしかしたら、有名人だったりして」


 そう呟いて、一人――――旧訓練所へと姿を消した。





「ただいまー……」


 時刻は七時。日課を終わらせ部屋に戻ると古い本の香りが漂った。

 既に解明されている魔力に関する古書、古くから存在する戦闘術の古書、少し突飛なもので言えば魔力と動物を融合させるとどうなってしまうのかという古書もある。

 現代ではまず読まれることがないような、歴史を感じさせる分厚い本が至るところに積み重なっていた。

 台所以外の場所には本が積み重なっている、そんな綺麗とは呼べない部屋へと戻ってきた神代悠太かみしろゆうたは絞れるくらいに汗が染み込んだ上着を脱ぎ上裸になった。


「あ、まずはお風呂入る前に……〝カーテン開けて〟」


 青年と呼ぶにはまだ少し若い、年齢で言えば十七歳くらいの好青年。

 そのに反応するように勝手にカーテンが開き、太陽の光が彼を照らすと姿が露わになっていった。

 黄色人種である日本人では珍しいと思えるほど白く美しい肌、それに相反するように漆黒に染まり尽くした日本人らしい髪。表情や顔のパーツは少し女性らしさが残っており女装なんてしたら美人と呼ばれるような顔つきである。だがそれに似合わず、体の方は毎日の鍛錬の成果か体に傷が所々浮き上がっているものの薄皮も抓めないほど体が鍛え抜かれていた。

 

「よし、今日は当たりそうかな」


 自らが開発し行ってみた〝天気予報の魔法〟に期待を抱きながら晴天の空を見つめて、風呂に入る準備を始めた。


「〝服〟と〝タオル〟……後は〝枕カバー〟〝シーツ〟〝布団カバー〟も」


 すると、彼の手には言葉通りのものが集まり始める。

 服は畳んでまとめていたものが、タオルは敷く方と体を拭くようの二枚。

 だが枕カバーもシーツも布団カバーも一向に手元に来なかった。

 仕方ないと呟いて、少し荒れたベットに目を向ける。

 すると、


「ん?」


 真っ暗で何も見えなかった部屋はカーテンを開けたことによって朝日に照らされ、電気をつけなくとも全体が見えるようになっていた。

 妙に膨らんだベット、そのベットからはみ出してている衣類は脱ぎ捨てられた女性ものの下着類。


――――その時、少しだけ時が止まったかのような錯覚に陥った。


 掛け布団が小さく上下し、ベットからは綺麗な寝息と共に人の気配がする。

 というより、もう既に視界に映ってしまっている。


「金髪…?」


 その色は日本ではあまり見ない綺麗な金髪であった。

 それはまるで黄金のような髪一本一本に価値が付きそうなほどで、太陽の光に反射し輝きを放っていた。

 しかし、悠太にとってこれは物凄い緊張を生むものであった。

 何故なら……この寮、いやこの部屋には悠太一人以外に人が存在しない。

 あまりの緊張感に息を呑んだものの、その黄金に無意識に手を伸ばしていた。


「だれ……?」


 恐る恐る布団を捲るとそこには……生まれたままの姿の一人の少女が眠っていた。


「……」


 まるで時が止まってしまったのかと疑ってしまうくらいには静寂の間があった。

 そして自分でもよく分からず布団を戻す。


「今のは……幻覚?ありえなくはないな、最近夜更かしし過ぎたし」


 意味の分からな言い訳を自分にしてしまうほど混乱してしまっていることに気が付かないまま、何も見なかったという選択肢を取り一度踵を返す。悠太は、まるで何かを思い出したかのように風呂場へと足先を向けた。


「…ん……うぅん」


「……ッ!?」


 驚きのあまり振り向いてしまった。

 やはり、どう見ても金髪の美女がベットで眠っている。

 しかも、ではないことが分かってしまった。


「アメリカ代表「殲滅者アナイエル」イリーガル・アルバドフ……」


 つい先日、世界を揺るがすような大事件を解決した話題の人物。

 それから頭角を現し、アメリカ代表を決める戦いでは連戦連勝。それも一撃も食らわず、一撃で相手を倒すという形でアメリカ代表まで上り詰めた。

 世界最高峰の攻撃力を持った「契約者テスター」――――〈聖剣 ゼウス〉に選ばれた現在生きている人間で最強の攻撃力を誇る存在。

 その力は現在――――とまで言われている。

 加えて、その強さ故にアメリカでは皇女プリンセスとすら呼ばれていたはずだ。むしろ、そっちの方が有名になりつつある。

 どうしてか理由は分からないが〝二つ名〟があまり好きではないらしい。


「……何でここに? というよりもどうやってここに?」


 考えて分かるわけがない。

 ただ、分かっていることというのは目の前で日本だけではなく世界的に超有名な人物がほぼ生まれたままの姿で眠っている……ということだけである。

 その事実に頭が追い付いていけなくなり考えることを放棄してしまった故か、彼女に布団を再度頭が隠れるまでかけ直し、風呂場に向かう。

 ヤケクソ気味に手元にあった衣類を全て洗濯機へ放り投げ、洗濯機のスイッチを押し洗濯開始した。

 そして服を脱ぎ捨てて風呂場に入った瞬間――――


「…………学園長?」


 百パーセントの閃きが発動した。

 ショートしていた思考回路に稲妻が走り、自然と導き出した回答……。

 しかし、あのヘラヘラした笑顔が脳裏に浮かび上がるとそれと同時にため息が漏れた。


「あの人ならあり得るな……どうせ仕事に追われているだろうからもう起きてるでしょ。話しを聞きにいかないとな」


 彼女は容疑者ではない。確信犯に近しい存在……いや、確信犯である。彼女がこのことを知らないわけがない。

 あの人は、僕に迷惑をかけることに微塵も申し訳無さを感じない性格だし。

 そうと決めつければ話は早い。

 少し冷ためのシャワーで汗を一気に洗い流し、五分もかからずにシャワーを終わらせて風呂場を出る。


「〝乾け〟」


 髪や体の表明にある水分だけを浮かせて取り除く。その浮かんだ水は風呂場にそのまま払った。

 せっかくタオルなどを運んでいたが、もういい。早速学生服に着替える。


「よし、行こう」


「どこへ?」


「学園長のところだよ。自分の部屋にいきなり女の子、しかも今話題の、イリーガル・アル…バドフ……?」


 今、どこから女性の声が聞こえた?


「はい、私がイリーガル・アルバドフですよ?」


声がした方に恐る恐る振り向いてみるとほぼ全裸の状態で、目を擦っている世界最強が立っていた。

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