第5話 黎明の光

「紬希さんや、落ち着いたかね?」

「…うん、ごめん、もう大丈夫…」


 ここしばらくの不安や悲しい気持ちが全部涙に出てきたんじゃないか、ってくらい泣いたおかげか、少し頭がスッキリした。


 葵と空き教室に来てから、どれくらいたったのだろう。

 自分の泣き声のせいでチャイムは聞こえなかったが、周りが静かなので多分昼休みは終わっている…


 でもここまで来たら、教室に戻るよりも先に、ちゃんと葵と話さなきゃいけない。 


「急に泣いちゃって、ごめん。あと、葵のこと、無視したのも…」

「いーよ、なんか理由があるんでしょ?」

「うん……長くなるけど、話していい?」

「もちろん」

 真剣な顔で向き合ってくれた葵を前に、私は息を一つ吐いてから話した。


 ずっと悪夢を見ていたこと。

 その夢は前世の記憶で、私は「ノル」という女性だったこと。

 そして、「ノル」の隣には「シア」という女性がいて、きっとそれが葵の前世であること。

 「ノル」と「シア」は恋仲で……結局二人は、死んでしまったこと。

 葵が血を流して倒れたとき、「シア」の最期と重なってしまい…もう一緒にいないほうがいいと思ったこと。

 ――全て話した。


 話し終わった後、葵はぽかんとした表情で私を見つめていた。

 その顔を見ていると、この後葵から何と言われてしまうのかが急に怖くなってしまい、慌てて言葉を重ねる。

「急に前世とか、恋人だったとか、信じられないよね、ごめん。しかも女同士で、って…」

 気持ち悪いよね、と続けることができず、唇をかんで自分の膝を見つめる。


 過去、恋人同士で、何なら私は今も葵が好きだ。そんな相手から拒絶されるのは結構キツイと思う。想像するだけで胃がひっくり返りそうだ。


 判決を言い渡される罪人のような気持ちで、葵からの言葉を待つ。

 待ってたのだけど――


「ひょ、ひょえ~……」

「え? 葵?」

「いや、紬希、それ、いやぁ…んふふ」

 予想と全く違う声色で気の抜けた返事をした葵は、なぜか顔を真っ赤にさせて、にまにまと笑っていた。


 今の話に何か面白い話があったっけ?というかまさか、そもそも話を真面目に聞いてなかったとか…?


「あ・お・い?」

「ひえええ怒らないで?! ちゃんと全部聞いてたから!」

「じゃあなんでそんなニヤケ顔してんの!」

 言い訳しながらも、依然として葵の口角は上がっている。腹いせに葵のほっぺをつまんでやろうと手を伸ばしたが、

「だって! 紬希と前世恋人で、しかも、今も両想いだったなんて…嬉しくって!!」

「…は?」

 私の手は空中で止まった。


 ……いま、なんていった?


「りょうおもい?」

「うん? そうだよね?」

「誰と誰が?」

「私と紬希でしょ?」

「ん?」

「ん?」

「………タイム!!!」

「却下!!!」

「何でよ!!!」


 笑顔でタイムを却下されて、頭を抱える。え?え?どうしてそんな話に?あれ、私葵のこと好きって言ったっけ?というかそもそも両想いって、ん?葵も私のこと好きだったの?!いつから?!まさか葵も「シア」の記憶が…?


「あ、私には前世の記憶?とかは特にないよー」

「頭の中を読まないでよ、エスパー?」

「んふー、エスパーじゃなくても、紬希のことはわかるもんねー、ずっと見てたもん!」

「ずっと、って…『私たち』が絡み始めたの最近でしょ?」

「んーん、ずーっと見てた。私、前から紬希のこと好きだったんだよ。入学式で話したときから、一目惚れ」

「入学式…?」


 入学式、と言われても、私にはその時期葵と話した記憶はないのだけど……ん?

「もしかして、絆創膏を渡した…?」

「そうそれ! 紬希やっと思い出してくれた!」

「あ、あれ葵だったの?!」


 確か、教室に行く途中、廊下の隅でうずくまっている子がいて。どうしたのって聞いたら、「新しいローファーで靴擦れしちゃって…」と泣きそうな顔をしていたもんだから、絆創膏を渡したっけ。そのあとは、一緒に1年生の教室のある階まで歩いて…でも、クラスが違うからその後特に仲良くなることもなくて…


「そっか、入学式なんて初めましての顔ばっかりだから、すっかり忘れてた…」

「もー、紬希ひどーい! 葵ちゃんの心は、あの時がっつりつかまれたというのにー! ま、でも、そこから仲良くなる機会を探してずっと紬希のこと見てたんだよ。でもなかなかチャンスがなくてー…で、同じクラスになった今が好機と思って、ガンガン攻めました!」

「ストーカー?」

「違うもん! 愛だもん!!」

 ぷぅ、とほほを膨らませる葵。とても可愛い。それに、葵が私のこと好きだったということに、嬉しさがこみあげてくる。でも、それで流されてはいけない。


 そもそも私は、葵から距離を取ろうとしてたんだから。ちゃんと説明して、それで、私たちは離れなきゃいけない。


「葵、さっきの話に戻すけど、『私たち』は、一緒にいてもきっと幸せになれない。だから、葵から距離を取ろうとしたの」

「なんで?」

「なんでっ、て…」

「前世は前世でしょ? でも、今は私も紬希も生きてるし、両想いじゃん! 私的には現状、ウルトラハッピーなんだけどー?」

「っ、いや、そもそも私、葵を好きだなんて一言も…!」

「…じゃあ、紬希は私のこと、きらい? 紬希が好きだったのは、『シア』?」

「~~~~~っ!」


 葵が眉を八の字にして聞いてくる。その質問はズルい。「ノル」が好きだったのは「シア」だが……「紬希わたし」が好きなのは、葵だ。というか、そんなにバレバレだったのかな、私の態度…


「ねぇ、紬希ぃ…?」

 うるうると見つめてくる葵に、心の中で白旗を上げる。勝てるかこんなの!


「あ~~!そうよ、私は葵が好き!! はぁ、言うつもりなかったのに…」

「だよねー! やっぱ両想い!」

「……でも、それなら余計に、私たちは一緒にいちゃいけない。また、葵が…あんな目にあったら、もう、耐えられない」

 どうしても、目の前で倒れる「シア」の姿が脳裏から離れないのだ。葵も今回は後遺症もなく済んだけど、次同じことがあったら…


 私がぐるぐると考え込んでいると、葵はスッと真面目な顔になり、手を握ってきた。


「ね、紬希。さっきも言ったでしょ? 前世まえ前世まえ今世いま今世いま。私たちは、これからを生きていくんだよ」

「でも、今だって女同士で結婚もできないし、きっと変な目で見られちゃう、葵のこと、また、私が好きになったせいで不幸に…っ」

「うーむ、手ごわいのぅ…私だって紬希のこと好きだから気にしなくていいのに」

「だって…っ」

 

 ダメだ、どうしても悪い想像しかできなくて、泣きそうになる。

 葵もなんだか悩んでいる様子で、しばらく黙って考え込んでいた。すると、突然パッと顔を明るくし、より力強く私の手を握ってきた。


「うん! 紬希、前世まえのこと、というか『シア』のことは忘れよう!」

「忘れ…っいやいや無理! そんな簡単には忘れられないし、そもそも私が『シア』を忘れちゃったら、もうこの世に彼女のことを知ってる人がいなくなる……そんな、『シア』をまた殺すようなこと…」

「それでいい! 葵ちゃんが許そう!殺っちゃえ!!」

「自分の前世に対してなんてこと言うのよ?! なんでそんな当たり強いの!」

「嫉妬!! ジェラシー!!」

「自分に対して?!」

「だーって、私は『シア』じゃないもーん!」


 その言葉を聞いて、ハッとする。確かに、葵の前世は「シア」でも、今の葵は、葵だ。

 同じように、私も前世が「ノル」でも、今は「紬希」。自分でも気付かないうちに、その境目がぐちゃぐちゃになっていた。


 ……じゃあ、いいんだろうか。


「ノル」と「シア」では幸せにはなれなかった。でも、「紬希」と「葵」なら、何か変わると、信じていいのだろうか。


「いいんだよ、紬希」

「…やっぱりエスパー?」

「紬希の考えてることなら、まるっとお見通しだもんねー」


 葵は手を握ったまま、もう片方の腕でぎゅっと私の身体を引き寄せてきた。抱きしめられながら、葵の声に耳を傾ける。

「『私たち』は、今から始まるんだよ……『シア』のこと、忘れちゃうのが、殺しちゃうみたいで嫌なんだったら、私のせいにして。私のために、『シア』を殺して、わたしだけを見て。お願い…」

「葵…」

「それで、二人でずっと一緒に生きていこ? しわくちゃのおばあちゃんになるまで、ずっと。一緒なら何があっても楽しいでしょ、どう?」

「……うん」


 葵の背中に腕を回す。不思議なことに、あんなに鮮明に焼き付いていた記憶が、だんだん薄れていくのを感じる。

 葵と一緒にいたい。その想いで胸がいっぱいになる。


「私も、葵とずっと一緒がいい……大好きだよ、葵」

「っ!紬希、大好き!!」







 キーンコーンカーンコーン

 しばらく抱き合っていた私たちだったが、5時間目の終わりのチャイムで我に返った。


「さ、流石に教室もどろっか…」

「そうだねぇー、まだ紬希をぎゅってしてたかったけど…」

「……べつに、放課後にまたしたらいい、し」

「ほぁ~~~!!紬希可愛い! そうだね、学校終わったらいーっぱい!抱きしめさせてね!!」

「ううう…恥ずかしい、言わなきゃよかった…」

 スキップしそうな勢いで、葵が先に部屋から出た。私も自分の発言をちょっと後悔しつつ、足早に扉へ向かう。



 そして扉の前で、誰かに肩を優しくたたかれた気がした。

「――あ、」


 ふと振り返ると、そこには「ノル」と「シア」の姿があった。

 二人ともぴったりと寄り添いながら笑っている。なんだ、ちゃんと幸せそうじゃないか。


 ……そっか、『彼女たち』は、ちゃんと、幸せだったんだ。


「シア」の口が動く。 さ・よ・な――



「紬希? どしたー?」

「あ、ううん…」

 葵に声をかけられて思わず前を向く。もう一度後ろを見たが、そこには誰もいなかった。


 部屋の中を見つめていた私に、葵が手を差し伸べる。

「いこ、紬希」

「――うん」


 その手を取り、私たちは歩く。

 ぴったりと寄り添いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

限りの旅路 草葉野 社畜 @kusaba_no_syatiku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画