第3話 虚ろな『私』たち

 ――今日はどこに行こうか?

 ――このアクセサリー、あなたにピッタリよ!ねぇ、着けてみてよ、『ノル』!

 ――ふふ、大好きよ、『ノル』!


『私』も大好き、愛してるわ。


 クルクルと場面が入れ替わる。

『あなた』が笑っている顔、ほほを膨らまして拗ねている顔、サプライズに驚いている顔…


 暗転


 ――『ノル』、こっち!


 二人で必死に走る。生きるために走る。

 それなのに、


 何故貴女はウゴカナイノ?





「―――っ!………え、あれ?」

 心臓がぐちゃぐちゃに潰されたような気持ち悪さで、思わず跳ね起きた…はずだったのに、私は何故か真っ白な空間にいた。


 ぐるっと見渡してみたが、ただ白い光景が広がるだけで、何もない。自分が立っているところが床なのかさえわからない、不思議な場所だった。


「私の部屋…じゃない。まだ夢の中?」

「そう、ここは『あなた』の夢の中」

「っ、誰?!」

 知らない人の声に、バッと振り向いた。そこには、白いワンピースを着た女性が立っていた。首元には青い小さな石が光っている…そのネックレスには見覚えがあった。


「もしかして、あなたが『ノル』なの?」

「ふーん、よくわかったわね」

「…さっき、『あの人』が『ノル』に似合うって、そのネックレスを渡しているところを、夢で見て…」

「そう…夢、で…」


 唇をグッとかみしめて、今にも泣きだしそうに顔をゆがめた『ノル』は、私をキッと睨みつけて、

「後悔したくなければ、『シア』から離れなさい。今すぐに」

 と固い声で告げた。


「『シア』? 誰の事?」

「『シア』、『私』たちの最愛。…今度こそ、間違えちゃダメ」

「最愛…」

 その言葉は、その感情は、悪夢の中で何度も脳裏に叩きつけられてきた。

 大好きな、これからもずっと一緒だと誓ってくれた……そして、目の前で血だまりに沈んでいった、『あの人』。


「『あの人』が、『シア』なの…? でも、の、ってどういうこと? 離れろって…? これは夢なんでしょ?」

「―――――『私』たちは、もう、間違えちゃダメなのよ」

『ノル』は繰り返しそう言い、暗い目で見つめてくる。肩は震えていて、何かを耐えている様子だった。


「ねぇ、いったいどういう――」

 もう一度尋ねようとしたその瞬間、



「―――――えっ?」

 私は目を覚ました。





「―――はい、今日のHRは以上。じゃあ気を付けて帰れよー、号令」

「きりーつ、礼ー」

 ありがとうございましたー、という挨拶で、教室は一気に騒がしくなる。


「つーーむ!!一緒に帰ろっ!」

「いたたた!わかってるから!背中に張り付くのやめなさい!!」

 今日も今日とて、葵は楽しそうに私に絡んでくる。仲良くなったばっかなのに、距離の詰め方早くない?精神的にも物理的にも…まぁ、イヤじゃないけど。


「ねーねー、帰りにカフェ行こー? 今日はなんと、私が奢って差し上げるので!」

「えっ、いいの?! というかなんで…?」

「いやー、つむさんがまだ夢見が悪いっていうから、気分転換的な? お茶飲んで甘いものでも食べたら、きっと今日はよく寝れるかなって!」

「葵…!最高か…!!」


 最近オープンしたカフェがあるからそこへ行こうとか、お互いコーヒーより紅茶派だとか、とりとめのないことを喋りながら、私たちは駅へ向かって、並んで歩く。




 もう少しで駅前というところで、異変を感じた。


 何故か駅からこちらに向かって、大勢の人たちが走ってくる。走る、というより、逃げてる…?

「ね、ねぇ、葵。なんか、変じゃない…?」

 隣にいる葵の袖を引きながらそう聞くと、葵も顔色を悪くしてうなずいた。

「とりあえず、ここから離れ――」

 ――――どけええぇぇぇえ!!!


 突然聞こえた怒声に、肩が跳ね上がった。声の方向を見ると、男の人が何かを振り回して叫んでいた。


 その男は突然こちらを向くと、私を見てニタァと粘着質な笑みを浮かべた。

 男が走ってくる、その手には、ナイフが。


「紬希っ!!!!」



 一瞬だった。

 葵は、私をかばって―――刺された。


 ぐらりと葵の身体が傾き、倒れる。お腹にはナイフが刺さったままで、地面には血が広がっていく。

「あお、い…? …っ、葵!!いや、しっかりして!!」

「ぁ…つ、む…ぎ、へい、き? けが…は…?」

「私のことはいいっ、葵!! ねぇ、ちゃんと目を開けて!!」

「つむぎ、が、ぶじ…なら、わたしは、それで…」

「いや、いやだ、そんなこと言わないで! ねぇ、葵!!」


 葵の瞼がだんだんと閉じていく。いやだ、私を「また」おいていくの、いやだ、そんなのダメ、葵、あおい!!


 血の気を失っていく葵の顔と、悪夢の中に出てきた『動かなくなったシア』の顔が重なる。


「あおい…? ね、あおい、聞こえてるでしょ? 返事して…?」


 葵は、返事をしなかった。




「あ、ああああ、いやああぁああああああああ!!!!!」

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