第2話 若紫の貴女

 穏やかな昼下がり。

 ――今日は天気もいいし、お昼を食べに行こう

 って、貴女は笑って言った。

 お気に入りのワンピースに身を包む貴女はとても可愛いい。

 私も気合を入れてメイクしなきゃ。


 ――せっかくのデートなんだから、待ち合わせしてみようよ

 貴女は身支度をすますと、小走りで駆けていった。

 私も少し遅れて家を出て、町へ向かった。


 いつもの風景、幸せそうな人々。

 行きつけのお店の前にいる、私の最愛。早く行かなきゃ。

 彼女の元へ一歩踏み出した瞬間、


 爆音が鳴り響いた。




「―――――-っ!」

 ひゅっと息をのみ、「私」は目を覚ました。呼吸は浅く、心臓もまだバクバク言ってる。


 スマホを見ると3時半。

「またこんな時間に起きちゃったよ…」

 とりあえず水でも飲んで落ち着こうと、寝てる家族を起こさないようにそっとベッドからおりた。


 冷蔵庫の水を飲みながら、先ほどの夢のことを考える。

(今日のは、今までのヤツとちょっと違ったな…)


 いつもの悪夢は、大体火と血で覆われた街の中で、手をつないでいる「最愛の人」と一緒に逃げているところから始まる。でも「最愛の人」は目の前で…というところで目が覚めるのだった。


 多分、今日の夢は、いつもよりちょっと前の時間なんだろうな。きっと、最後に聞こえた爆音のせいで、街はあんなことに…

 でもなんであそこまでひどいことに?流石に唐突すぎない?


「いや夢なんだから辻褄は合ってなくて当然なんだけどさ。ダメだなー、夢と現実がごっちゃになりそう…」

 頭を振りながら呟く。なんだか、ちゃんと口に出さないと本当に夢と現実が混じってしまいそうな気がしたから。


(あ、でも……「最愛の人」の顔、初めて見たんだった。可愛かったなぁ…)

 薄紫色のワンピースを着て笑う「最愛の人」を思い出して、ちょっとドキドキする。

 夢から覚めた後とは違って、このドキドキはちっとも嫌なものじゃなかった。




 キーンコーンカーンコーン、と今日もまたチャイムが鳴る。昼ご飯くらいは食べれるけど、教室でわいわい話す気分じゃないから、中庭にでも行って食べようかな。

 お弁当をもって席を立ったとき私の後ろから、がばっ!と葵が抱き着いてきた。


「つむぴぃぃぃぃ!私を置いてどこに行くというの?!」

「重い!暑い!離れなさい!…たまには中庭で食べようと思っただけだよ」

「ふーん、じゃあつむたそと一緒に中庭行くー!」

「いいけど…今日もちょっと調子悪いから、あんまり楽しい話できないよ?」

「じゃあ余計一緒にいなきゃ!いざってときは、つむちょんを保健室に放り込まなきゃだからね!」

「えっ、もうちょっと丁寧に扱ってくんない?」

 笑いながら葵をつついていると、気持ちがちょっと浮上してくる気がした。



 中庭は珍しく人が少なく、目の付く範囲では私と葵以外には誰もいなさそうだった。

 ベンチで並んで座って、黙々とお弁当を食べる。とりあえず3分の2は食べれたが、残りはきつそうなのでまたお弁当箱を包みなおす。すまん母上…


 葵も自分のお弁当を食べ終わったようで、ごちそうさまでしたー、と手を合わせながら片付けていた。


「して、つむ氏よ」

「なんでしょ葵氏」

「悪夢とやらは落ち着いたの?」

「…まだ継続中ですねぇー、おかげで寝不足よ…ふぁ~…」

 おなかが膨れたこともあって、思わず欠伸がでてしまう。すると、葵がぺちぺちと自分の太ももを叩いて主張する。


「…え、なに?」

「眠いんでしょ?葵ちゃんのお膝を貸してやろう!」

「いや流石に膝枕はちょっと…!」

「いいからいいから!意外に寝心地いいかもよ~? そいや!」

「ちょっ…!」


 頭をつかまれて、葵の膝に強制招待された。痛くはないけどそこそこの力で肩を抑えられてるから、無理やり起き上がるのもしんどい…

「ほれ、諦めてちょっとひと眠りしなさいなー、昼休み終わる前には起こしてあげるからさ」

「はぁ…じゃあ、おことばにあまえてー…」


 諦めて力を抜くと、だんだん眠気が襲ってきた。いつの間にか肩を抑えてた葵の手は、私の頭をポンポンと優しくなでていた。

(なんか……すごい安心する、なんでだろ…)

 もっと撫でてほしい、なんて恥ずかしい我儘が頭に浮かんでしまうし、何故か涙もでてきた。

 私の情緒ぐちゃぐちゃだなぁ、なんて自嘲しているうちに、意識が溶けるように眠りに落ちていった。


「おやすみ、紬希。良い夢を」

 葵の優しい声が聞こえた気がした。

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